年齢に応じて、私のダイビングは1日1本と決めていた。娘達は2日目2本、3日目3本と数をこなし、ベテラン向きの……その分ダイビングの条件が厳しいだけに、珊瑚豊かな海を記憶に焼き付けていく。連れて来てよかった……それが親としての満足だった。
「今日は、海底洞窟に潜ります。地形を楽しむダイビングです。」というブリーフィングに心が弾む。阿真の港を出て座間味島を西から回りこみ、北西の断崖の下に向かってボートを走らせる。ややうねる外洋の波間から飛び立つトビウオの背が、美しく緑に輝いていた。
水深4メートルから12メートルの、比較的浅いスポットである。崩れ落ちた岩盤が作る複雑な岩場の間隙を縫って洞窟の中に沈み込んでいくと、岩肌全面を色とりどりの小さな珊瑚がびっしりと覆っていた。その中を幾種類もの魚の群れが泳ぎ抜けていく。名付けて「マーメイド・ルーム」。洞窟の中にぽっかりと頭を浮かべると、岸壁の隙間から外洋が見える……初めての洞窟ダイブだった。毎回趣を変えてスポットを用意してくれる一明さんのガイドが優しい。
日を追って楽しさを増す私の座間味島初ダイブは、目に焼き付く美しい珊瑚の洞窟で幕を閉じた。
夕刻、6本目のダイブに満ち足りた娘達も伴って、友人の奥さんが島の西の「神の浜展望台」に夕日を見に連れて行ってくれた。車の中に、いつも通り冷えたビールとサンピン茶のボトルが用意してある。遠くに霞む久米島の影を見ながら、沈みゆく夕日を送る……それは限りなく贅沢な夕べだった。冬場には、この目の下を鯨が泳いでいくという。座間味はホエール・ウォッチングのメッカでもあるのだ。夕映えに、雲の影が美しい。夕焼けは少し雲があるほうがいい。南国特有の、今生まれつつあるような不思議な雲の造形がある。
沈み切った太陽の残照に染まりながら宿に帰ると、その夜は豪華なバーベキュー・ディナーが待っていた。新鮮なカツオの刺身に舌鼓を打ち、焼肉を頬張り、焼きそばをすすり込みながら泡盛・久米泉に酔い、座間味最後の夜が更けていった。
しかし、まだまだ座間味の饗宴は終わっていなかった。その夜も「ゆんたく」が待っていた。
「ゆんたく」のあと、酔いを醒ましながら阿真ビーチに出た。明かりの少ない島の夜は闇が深い。その闇を覆うように、満天の星空が広がっていた。水平線までドーム状に広がる豪華な天蓋である。天の川が手に取るように輝く。厚みを感じる星の煌きに、さそり座や北斗七星の柄杓さえ目立たないほどに透明な夜空だった。
都会でこの星空を見ることは、もう決してないだろう。太宰府でさえ、比較的空気が澄む冬場のオリオンや大三角はまだ仰ぐことが出来るけれども、昨年の夏はとうとう一度もさそり座を見ることなく終わった。
夜道を宿に帰りながら、これで我が家の夏は終わったという感慨があった。寂しいけれども、明後日、娘達は那覇空港からマサ君の郷里・名古屋に向かい、6日後には又アメリカに帰っていく。ジジババ2人の日常が還って来る。存分に燃え尽きて、この夏にもう未練はない。
帰り着いた太宰府に、突然の梅雨明けの猛暑が待っていた。海風に吹かれる33度の沖縄の夏が恋しくなるほどしたたかに汗にまみれて、「ゆんたく三昧」で増えた体重は、僅か3日で汗になって消えていった。しかし、瞼に焼きついた美しい珊瑚礁の海は、決して消えることはない。
(2008年7月:写真:座間味夕景)