蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

秋、無情

2008年10月28日 | つれづれに

 ヒロオビウルワシオドリバエ……何とワクワクする名前だろう!「広帯麗し踊り蝿」と漢字にしてしまうと、なんだかつまらない。やはり虫の名前はカタカナが似つかわしい。この蝿、実は結構ロマンティックな奴で、交尾期になると高い木のそばなどで雌雄群れなして飛翔する。健気にも雄は糸で紡いだ餌を雌にプレゼントして、交尾の資格を得る。中にはずる賢い奴がいて、何にもはいってない糸玉で雌を欺くというから、どこかで聞いたような話である。人は決して、ヒロオビウルワシオドリバエを笑えやしない。
 誰が名付けたのだろう?コクロオナガトガリヒメバチ、ニセセマルヒョウホンムシ、ムナビロヒメマキムシ、ナギナタハバチ、タカチホヒメベッコウ……虫の名前を並べて、改めてしみじみと名前の由来を考える。秋の夜長、有閑の昆虫老人が悩んでいる姿は、あまり絵にはならないが……(呵呵)。
 半世紀振りで蝶類図鑑と昆虫図鑑を買い換えた。中学生の頃から使い続けた図鑑はまだ沖縄復帰以前であり、日本の蝶は199種しかいなかった時代の図鑑である。新しい図鑑には世界17,600種のうち、日本で見られる246種が掲載されていた。昆虫少年が成れの果てとなるまでの半世紀の間に、世界は変わっていた。何だか、宝物にめぐり合ったようなときめきがある。

 10月末というのに、先週まで扇風機を回して汗を拭いていた。つい数日前には、太宰府市役所の欅でクマゼミが鳴いていた。28度前後の季節外れの残暑が続いた後、1日雨が奔った。7年目の遅刻だったのか、それともまだ6年目の慌て者だったのか、その後訪れた気温の低下に、彼は切ない余生を送ったのだろう。異常気象も罪なことをする。
 サザンカがホロホロと淡いピンクを掃いた白い花びらを散らす。ツワブキが黄色い花を眩しく立てる。シュウメイギクが秋風に揺れる。ツシマイトラッキョウが、車輪のように花を広げた。庭の木立の下では、ホトトギスが今真っ盛りである。ハナミズキは落葉しきりで、朝夕の掃き掃除が私の日課となった。土の道にこそ落ち葉は似つかわしいのに、アスファルトの道を風に舞いながら、ご近所中にカサカサと散り広がっていく。掃き終わった肩に早くも次の落ち葉がハラリと散り落ちる。……いたちごっこの秋の風情である。

 クビレヒメマキムシ、アリガタバチ、ヒメマルカツオブシムシ、フルホンシバンムシ、アオバアリガタハネカクシ……虫の名前とのにらめっこは、今夜も続くのだろう。虫ばかりではない。植物の名前にも、ママコノシリヌグイ(継子の尻拭い)などという、とんでもない名前がある。触れるのも恐ろしい、刺に覆われた植物である。全く、誰が名付けたのだろう?
 夕暮れ近い帰り道、白壁の残照に一匹のオンブバッタがとまっていた。ぐんと冷え込んできた秋の夕風に動きを失い、心細げにしがみ付いていた。暦通りの季節感が崩れていく中に、たくさんの生き物たちが不本意な最後を迎えようとしている。

 カサコソと風に吹かれる落ち葉に、無情な秋が冬への歩みを急がせ始めていた。
         (2008年十月:写真:ホトトギス)