生え始めた雑草を屈みこんで毟りながら、軽やかに空を弾くシジュウカラの囀りを聴いていた。メジロの訪れも間遠になり、ヒヨドリだけが姦しく二つ割りの八朔を啄みに来る。
通りがかりのご夫婦が塀際のキブシの花房を見上げて立ち止まり、「もうすぐですね。楽しみにしています。ロウバイの香りも楽しませていただきました」と声掛けてくれた。
枯れ落ちる蝋梅、今を盛りの紅梅、その傍らで今年も葡萄のような花房をびっしりとつけたキブシは、やがて一斉に花開く頃を迎えた。乱高下する気温に振り回されながら、「三寒四温」という四字熟語の響きを楽しみながら、啓蟄を過ぎた春日に浸っていた。
気功を始めて、もう10年の余になる。講師を招いて始めた同好会だったが、やがて講師が介護の仕事に転じて一旦沙汰やみになっていたのを、先輩と二人で習い覚えた幾つかの功法を継承し、それぞれが持ち寄ったストレッチを絡ませながら、毎週土曜日に同好会を続けている。
1時間半の最後は「香功(シャンゴン)」で仕上げる。14種の動作をそれぞれ36回ずつ繰り返す15分足らずの功法だが、お喋りを交えながら8人の仲間と過ごす時間の締め括りとして、心地よく心身を和ませてくれる。
肌の艶、うるおい、肩凝り、背中痛、胃腸を整え、呼吸器系を鍛え、鼻の疾患にも効くという効能書きがある。「香功(シャンゴン)」という名前の由来は、この功をしているとよい香りがしてくるという不思議な現象による。「気のせい?勿論気功ですから、気のせいです」という解説も楽しい。基本的に腕だけを動かす功法だから、誰にでも出来るし、それだけで全身に気血が巡り、自然に入静して雑念が消えていき、心身のバランスが整えられていく。ポイントは笑顔、穏やかに微笑み、お喋りしながらでもいいというおおらかな気功である。
①自然体で立ち、遠くを見る感じで始まる14種とは、②拉気(ラーチー:気を引っ張る)③金龍擺尾(キンリュウハイビ:龍が尾を振る)④玉鳳点頭(ギョクホウテントウ:鳳凰のおじぎ)⑤仏塔瓢香:ブットウヒョウコウ:広がる香り)⑥菩薩撫琴:ボサツブキン:菩薩が琴を弾く)⑦鉢魚双分:ハツギョソウブン:両手鉢を持つ)⑧風擺荷葉(フウハイカヨウ:風に揺れる蓮の葉)⑨左転乾坤(サテンケンコン:天地が左に回る)⑩右転乾坤(ウテンケンコン:天地が右に回る)⑪揺櫓渡海(ヨウロトカイ:櫓を漕いで海を渡る)⑫法輪常転(ホウリンジョウテン:時は流れる)⑬達磨蕩舟(ダルマトウシュウ:達磨の舟が揺れる)⑭仏風貫耳(ブップウカンジ:風の音を聴く)⑮燿眼仏光(ヨウガンブッポウ:仏の光を見る)⑯普渡衆生(フドシュジョウ:みんなで向こう岸へ渡る)⑰童子拝仏(ドウジハイブツ:子供の心で手を合わせる)⑱収功(シュウコウ:両手を降ろし、ゆっくり鼻から息を吸いながら空拳を肩の高さまで上げ、口から息を吐きながらゆっくり空拳を降ろして指を伸ばす。数回繰り返して、両や顔をマッサージし、軽く顔や頭、腕、脚を叩いて終わる)
四字の漢字で並べると、それぞれの功の動きに意味づけが見えてくる。
多分、気功の合間にちりばめられるメンバーの他愛無い会話や笑いが、この会の一番の効用だろう。月1000円の会費は、公民館の空調費を賄って余りあり、時たま皆でお食事会に遠出する。「春になったら、玄海の活き作りを食べに行こう」と話がまとまって、この日の会を閉じた。
野うさぎの広場、竜胆の小道、芽吹きの自然探究路、桜並木の川沿い……心と身体が待ち受けるだけでなく、胃袋までが待ちわびる春である。
庭の鉢の中で、いつの間にか一輪のミスミソウが開いていた。キンポウゲ科の多年草であり、雪の下でも常緑であることからユキワリソウ(雪割草)の名でも知られる花である。日が昇ると開き、暮れると花弁を閉じて眠る。自然のメカニズムが与えた、優しい佇まいである。
(2015年3月:写真:ミスミソウ)