蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

命、漲る

2015年09月10日 | 季節の便り・花篇

 台風18号と秋雨前線が、関東甲信越・東北を激しい豪雨禍に巻き込んだ。既に避難指示は9万5千人を越え、濁流がほしいままに荒れ狂う画面に、「観測史上初めて」「記録的大雨」というアナウンサーの声が被さる。
 官房長官がしたり顔で注意を促す姿が白々しい。国民の反対の声が高まる亡国の安保法案を、数の暴力で強行採決しようとしている宰相の片棒を担ぐ腰巾着のお前さんに言われたくない!
 最早蟷螂の斧という諦めの気持ちが拭えなくなった自分にも腹を立てながら、土砂崩れ現場の画像に見入っていた。
 腹立ちを煽るように、川内原発再稼働が本格化し、営業運転に入るというニュースが流れる。いまだ見通しの立たない福島の惨禍にも懲りず、利権と営利に走る政財界は、最早救いようがない。

 たったひと晩の油断から霜に当てて、ほとんどの葉を落としてしまった月下美人が奇跡の復活を遂げ、秋風の中にようやく3輪の花を開いた。例年であれば、7月から絢爛の花を見せてくれる筈だった。枯死寸前から蘇った逞しい生命力は、夏の疲れを秋風が加速し、少し弱気になりがちな私たちの世代には、力強い励ましだった。

 長い葉のくびれから粟粒のような花芽を出し、やがて棘とげの姿になって次第に花茎を長く伸ばしながら筆のような蕾に育って行く。うな垂れるように伸びた蕾が徐々に頭を擡げ45度ほど持ち上がって天を差すと、やがて数日で開花の時を迎える。
 夕刻から穂先が膨らみ始め、8時過ぎに5分ほど開いた頃から突然一気に馥郁とした甘い芳香が拡がる。10時頃には漲るように満開となって開花の絶頂期を迎え、部屋中を甘い香りで満たし包み込んだまま、ひと夜限りの豪華絢爛の艶やかな姿を惜しみなく見せてくれる。花の中には、先端を妖しく星状に割った雌蕊が伸び、黄色い絨毯とも襞とも見える雄蕊が敷き詰められている。
 決して清楚な花ではない。絢爛にして豪華かつ妖艶な花の姿は、命の漲りを感じさせて心ときめくものがある。
 一夜明けると、昨夜の漲りが嘘のように、ぐったりとうな垂れて萎んでしまう。

 多くの人の月下美人鑑賞はここで終わる。
 しかし、実はここから第二の楽しみが始まる。萎んだ花を切り取り、熱湯を潜らせて刻み、鰹節を振りかけ、甘酢を垂らしてすする。とろみにしゃきしゃき感が絡み、絶妙の箸休めになることを多くの人は知らない。冷凍保存して冬の鍋物に入れて食感を楽しむのもいい。
 目で楽しみ、香りに酔い、舌で味わう……月下美人三昧に浸る、我が家の至福の秋である。
 庭に置いた別の鉢に、4つ目の小さな芽生えがあった。およそ2週間後、多分今年最後の艶姿を見せてくれることだろう。また一つ、命をもらう。

 少し熱っぽく、しぶとい頭の痛みに苛まれながら、家屋を破壊して押し流す濁流の画像から目が離せなかった。自然は優しいばかりではない。想定外の猛威を奮う自然の破壊力、今にも流されそうな家のベランダや屋根の上で、ヘリからの救助のロープを待っている何人もの人の姿がある。茨城県常総市、既に地上からの救助はままならず、自衛隊のヘリによる時間との闘いである。
 これこそが、「人を殺さない平和な自衛隊」の姿である。愚かな宰相よ、「平和」とはこんな時に使う言葉であることを思い知るがいい。 
                    (2015年9月:写真:蘇った月下美人)