椿の木陰に置いた月下美人の蕾の傍らに、小さなアマガエルが蹲っていた。今日も、眩しく晴れ上がった朝である。
雨が降らない。梅雨入りの日に終日おざなりの雨粒を落とし、夜半ひとしきり降ったあと、雨マークが予報から消えた。4月以来の降雨量は、例年の半分にも満たないという。大地が乾ききって、またぞろ野菜の値段が気になる日差しである。程よい日差しは作物を大きくする。しかし、度を過ぎた日照りは萎えさせてしまう。
今朝の気温は15.4度、昼間の最高気温は30.9度.蛇行する偏西風で冷たい空気が流れ込み、朝晩は5月のように肌寒く、昼間は真夏の暑さが老体を叩く。温度変化に対応力が弱くなったのか、カミさんも私も寝冷え風邪気味である。
水を撒く度に蘇ったようにキコキコと鳴きたてるアマガエルも、そろそろ水が恋しくなったのだろう。キロっと開いた眼差しに焦りの色を感じるのは気のせいだろうか。
水辺に住むと思われがちな蛙の中で、このニホンアマガエルは木々の間で生息する。可愛い顔しているが、これでけっこう曲者。体表を覆う粘膜には毒があって、触るだけなら何という事もないが、その手で目や口を触ったり、手に傷があったりすると、激しい痛みに襲われたり、時に失明することもあるという。周囲の環境で背中の色を替えるという保護色の裏技も持つ、忍者のような曲者なのだ。
前足4本、後ろ脚5本の指には吸盤があり、時に我が家の勝手口の蛍光灯の下でガラスに貼りつき、灯に寄ってくる虫を待っていることもある。我が家のこの場所は、ヤモリとのシェアハウスである。ある程度の乾きには強く、人里の生活に順応しているから、さしあたり絶滅の心配はないようだ。
ネットに、こう書いてあった。
……普通のカエルは繁殖期の夜に鳴くが(広告音)、ニホンアマガエルは「雨蛙」の和名の通り、雨が降りそうになると繁殖期でなくとも、昼間でも鳴くのが大きな特徴である。この時の鳴き声は「雨鳴き(あまなき)」「レインコール(Raincall)」などとよばれ、繁殖期の広告音と区別される。その他、春先の暖かい日に冬眠から覚めた際や稲刈の際にも、また晩秋には雨と関わりなく、レインコールに似た「クワックワックワッ」という甲高い鳴き方をする……
こんな昔話も書いてあった。
……むかしむかしある所にアマガエルの親子がすんでいた。しかし子ガエルは大変なヘソ曲がりで、親ガエルの言いつけと反対のことばかりやっていた。
いよいよ死ぬという時に、親ガエルは(墓が流されないように、山の上に墓を作ってもらいたい。しかしこいつは言いつけと反対のことをするから…)と考え、「墓は川のそばに建ててくれ。」と言い残し死んだ。
ところが子ガエルはこの時になって反省し、「遺言は守らなければならん」と、本当に川のそばに墓を建ててしまった。そのため雨が降りそうになると「親の墓が流される」と泣くのだという。……
4鉢の月下美人に30輪近い蕾が着いた。春先から葉に茶褐色の斑点が拡がり、何枚かの葉を切り落とした。何かの病気だろう。なんせ、40年以上も代を重ねてきた古木である。そろそろ寿命かなと、今年の開花は半ばあきらめていたところに、かつてない数の蕾である。幾つかは自然摘花で赤く染まって落ちるのだろうが、思いがけない楽しみが芽生えた。
日が差し始めると、アマガエルは近くの葉陰に飛び移って姿を消すが、夕方になるとまたお気に入りのこの葉先に帰ってくる。今夕も冷たい井戸水をホースで撒いて、焦りの色を消してやろう。
私にとっての雨鳴きは、やはり「キコキコ♪」と聞こえる。曲者ながら可愛いやつである。
雨が降らない。向こう1週間の予報に、雨マークは全く見当たらない。
(2017年6月:写真:葉先に憩うニホンアマガエル)