大胆に筆で叩いたように、深い緑が輝いていた。ハンドルから軽やかに伝わる舗装道路の振動が心地よい。久し振りのドライブだった。
毎日「何か」を見付けて身体を動かしてきたが、さすがに逼塞感が鬱陶しくなり始めていた。梅雨入り前の貴重な晴れ間、爽やかな日差しに誘われて、少し遠出することにした。
目指すは、大分県!「県を跨ぐ不要不急の外出は自粛」と要請されているが、「不要不急」ではない生活必需品=食品の買い出しという言い訳がある。福岡県ナンバーで大分県を走る後ろめたさを、ドライブの楽しさが押しひしぐ。煽られることも、傷つけられることもなく、大分県が迎え入れてくれた。わずかな距離の越境である。マスクと手洗いで、迷惑を掛けないようにしよう。
筑紫野ICから九州道に乗り、鳥栖JCTで大分道に曲がり込む。異様なほどに車は少なく、大分道では前後全く車の姿を見ない状況が何度もあった。日田ICで降りると、若いバイカーが何台も連なって追い越して行く。この先には、私の好きな「ファームロードWAITA」という、アップダウンとカーブが連なる広域農道がある。完全舗装された車の少ない山道を、ギア操作とエンジンブレーキを駆使しながらドライビングを楽しめる道である。バイカーたちも、日ごろの鬱積を晴らしに走りに来たのだろう。
日田ICから10分ほどで目的地大山町の「木の花(このはな)ガルテン」に着いた。
我が家から1時間余り。この道を上り詰めると、小国町から阿蘇外輪山の大観峰へと繋がる。上り詰めたい欲求は抑え難いが、今は自粛の時。ガルテン名物の田舎料理バイキングの店は閉じていたが、物産店は開かれていた。
我が家の生活圏内のスーパーに比べ、とにかく新鮮!そして、安い!!久し振りのドライブに解放されて喜んだカミさんは、あれこれ物色しながら豪快にカートに放り込んでいく。昔から、ご近所や友人への「お裾分け」が大好きな性分だから、旅先での買い物はついつい大胆になる。カートに溢れるほどの野菜などを積み込み、それでも1万円を少し超える程度の買い物だった。
レジに並んでいた、お洒落な農家手作りマスクを一つ買って、自粛破りへのささやかな申し訳にした。
この辺り独特のファーストフード(?)、「蒟蒻稲荷」(薄揚げの代わりに、蒟蒻で包んである稲荷寿司)のお弁当を買い、店の前のオープンテーブルで木漏れ日を浴びながらランチを摂った。人影も少なく、吹く風の爽やかさは、「コロナなんて、何処にあるの?」というほど長閑だった。
帰路は小郡ICで降り、麦秋の畑を見ながら走り戻ってきた。
夕方、撒水の折りに、漸く探していたものを発見!
昨夕、東の庭に立つ八朔で育ったアゲハチョウの終齢幼虫が、枝から壁に這い移り、蛹になる場所を探して遥々南に回り込んで、壁面を2階に向かってヨジヨジと這い上っていた。多分、春に度々八朔の周りを舞っていたクロアゲハの幼虫だろう。今朝、南の壁を探したがどこにも姿が見えず、案じながらドライブに出かけたのだった。
何と、昨日の場所から更に東、北と我が家を半周して、北面の裏口の横の壁に前蛹となってしがみ付いていた。4度の変態の第3ステップの前の姿である。明日の朝には、頭に角を乗せた蛹に脱皮していることだろう。
僅か3センチほどの幼虫が辿った20メートル余りの距離は、人の身長に置き換えると、700メートルほどになるだろうか?命のステップを踏み重ねる小さな虫の頑張りに、少し元気をもらった気がした。
可燃ゴミを出す序でに確かめると、ソーラーセンサーライトの光に包まれて、前蛹は静かに明日に備えていた。命を繋ぐ静止の期間が過ぎれば、やがて美しい蝶に羽化していくことだろう。その一瞬に立ち会う奇跡を楽しみにしている、昆虫少年の成れの果ての昆虫老人がいた。
130キロのドライブの余韻が心地よかった。
(2020年6月:写真:クロアゲハ前蛹)
《追記》 今朝6時半、早朝散歩に出る前に見に行ったら、ツンと2本の角を立てた綺麗な緑の蛹になって、誇らしげにそっくり返っていた。犬走りから80センチ、トカゲの行動範囲である。いつかのように、蛹になったばかりの時に喰われることがないように祈りたい。厳しい生存競争に打ち勝って、美しく大空に舞い上がって欲しいと思う。