蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

秋を舞う

2020年09月28日 | 季節の便り・虫篇

 ささやかなGo Toピクニックだった。秋空があまりに爽やかで、家籠りには勿体ないほどの青さだった。

 カミさんが、「外を歩こうよ!」と誘う。まだかすかに違和感がある身体だが、家に燻っているよりは、自然の風に身を委ねた方がいいかもしれない……ショルダーに冷えたお茶を1本放り込んで車を出した。

 途中、いつものようにコンビニに寄り、お握りを2個ずつに白菜の浅漬け、焼き鳥4本、デザートを2品仕込み、観世音寺駐車場まで車を走らせた。非常事態宣言の時には閉鎖されていた駐車場だが、月曜日というのにそこそこの車の数である。
 戒壇院前の畦道に、真っ赤な彼岸花が白い花と並んで最盛期である。花もいい。しかし、その花に戯れるキアゲハとモンキアゲハが、さらにいい!エンジンがいかれて放棄してしまった一眼レフの後継はまだいないから、スマホ片手にそっと迫っていく。
 この季節、もう多くの蝶が翅をボロボロに傷め、見るからに痛々しい。越年の営みは既に果たした時期である。やがて姿を見せなくなる蝶を、こんな哀れな姿で見送るのは切ないが、せめて傷んだ翅が隠れるアングルを見定めながら、素早くシャッターを落とす。健気に生きた小さな命にサヨナラの拍手を送りながら、辛うじて撮った貴重な1枚だった。

 垣根越しに真っ盛りの萩の花を見ながら戒壇院の脇を抜け、観世音寺の裏に出た。いつも野菜をいただくY農園のコスモスを確かめに寄る。秋の農繁期、冬野菜の種蒔きも終わり、延び上がった里芋の葉の向こうに、丈を伸ばしつつあるコスモスが一面に拡がっていた。里芋の手前にはサツマイモの蔓も延びている。楽しみに待っている芋掘りも、もう間もなくだろう。
 
 猪除けの柵を廻らせた田圃には、刈り入れ間近の稲穂が頭を垂れていた。実りの秋である。柵の根元まで、猪がくまなく掘り起こしている。猪にとっても、冬場に向けた大事な実りの季節なのだ。かつて人間に奪われた生活圏を、徐々に猪が取り戻し始めている。猿や狸、ハクビシン、アナグマ……近頃、宅地の中でも見かけることが多くなった。生きるための鬩ぎあい、時には人が負けるのもいい。

 市民の森・秋の森に抜けた。道端の萩の葉蔭のベンチに座り、コンビニお握りランチである。暑くなく、寒くなく、捲り上げた腕を吹きすぎる風が何とも心地よかった。
 南高梅と日高昆布の何でもないお握りなのに、こんな自然の風の中で食べると、フレンチのフルコースに負けないほど美味しく感じられる。青空と日差しと風と緑と花と……コロナも、ここまで攻め込むことは出来ない。
 古より歌に詠まれることの多い萩の花だが、写真に撮るとあまり絵にならない。もう稀になったツクツクボウシが懸命に鳴き立てるが、「ツクツク♪」が風に紛れて聞こえず「オーシ、オーシ♪」だけが耳に届いて、何とも滑稽である。

 心身ともに癒され満たされて帰る田圃道、電線に数十羽の雀が群れて並んでいた。これほどの雀の群れを見るのは何年振りだろう?ここにも、実りの秋を舞う命があった。
 大事にしたい、たけなわの秋である。
                     (2020年9月:写真:彼岸花にキアゲハ舞う)