蟋蟀庵便り

山野草、旅、昆虫、日常のつれづれなどに関するミニエッセイ。

奇岩怪石の峡谷美(夏旅・その7)

2006年08月21日 | 季節の便り・旅篇

 Bryce Canyon。20万年前の三畳紀の岩層で出来たグランド・キャニオン、16万年前のジュラ紀の岩層を含むザイオン・キャニオン、それに対しブライス・キャニオンは13万年前の白亜紀から7万年前の第三紀という比較的若く、脆い古代岩層で出来ているという。風と雨と霜が長い年月をかけて途方もない侵食を重ね、今日の奇岩怪石の偉容を谷に刻んだ。その脆さゆえに、いずれは土と化す運命にあるが、大自然が長い長い時間をかけて刻み続けた鑿の痕は、凄惨なまでの峡谷美となって私達を魅了した。
 5時起床。外気10度の冷たい風の中を、朝日に染まるブライスを見るためにホテルを出た。公園入り口のゲートに登録して、2,380メートルのSunrise Pointに立った。広大な谷底に林立する岩峰の偉容、原始地球の姿に声もなかった。日の出と共に刻々と影が動き、赤茶けた、あるいは白い岩の塔がダイナミックに浮かび上がってくる。圧倒されて声もない私達に、娘は「まだまだ!歩いて下から見上げてみないと、ここの凄さは分からないよ!」という。
 一旦ロッジに戻って朝食を摂り、8時50分、今度はSunset Pointから、今日のひとつ目のTrail・Navajo Loop(ナヴァホ・ループ)に3人で取り付いた。屈曲する急坂を谷底に下る。大きくループを描いて元のSunset Pointに登り上がる比較的短いトレッキング・コースなのだが、終点近くで落石のためにTrailが閉鎖され、再び元の道を戻ることになった。脆い岩層が絶えずこのようにルートを閉ざすのだろう、見えない岩陰には小型のブルドーザーと補修用の岩の板が隠されている。この大地は今も時々刻々侵食が進んでいるのだ。往復およそ4キロ。途中、寄ってくるリスと戯れ、2時間半後Sunset Pointに帰り着いた。下から見上げる奇岩の林は、もう言葉の表現の域を超えていた。
 Bryce Lodge で昼食を摂る頃、激しい雷雨が来た。のんびり宿の近くの散策を楽しみたい家内を残し、娘と二人で午後のTrail に出発した。14時、峡谷を縁取る長い弧状のリムの最も高い位置にある標高2,530メートルのBryce Point に車を置いて、再び急坂を巻きながら下っていく。小雨と時折轟く雷鳴が心なし不安を呼ぶ。しかし、これだけ避雷針代わりの岩塔があれば大丈夫だろう、と娘と話しながらTrailを巻き続けた。
 Peakaboo Loop (ピカブー・ループ)のトレッキングは驚異の景色に包まれた感動の連続だった。ひとつカーブを曲がる度に、ひとつ岩のトンネルをくぐる度に、姿を変えて迫ってくる岩塔の奇観。言葉でも写真でも決して表現し尽くせない大自然の鑿の痕は、ここに来て自らの目と足で確かめるしかないと思った。
 16時、朝歩いたNavajo Loop の底に辿り着いた。いつしか空は晴れ上がり、強い日差しが汗を噴き出させる。リズムに乗った足が欲を出させ、もうひとつQueens Garden Loopに踏み込んだ。やがてTrailは一気に登りとなり、息喘がせながら朝日を見たSunrise Pointに登り上がった。17時10分、ここは出発したBryce Point から最も遠い位置にある。連なるLim Trail の向こうに、ため息が出るほど遠くBryce Pointが霞んでいた。
 ひと息入れて気を取り直し、斜めに差す夕暮れ近い光の中を風に吹かれながら、広大なキャニオンの周辺部を大きく巡る4.4キロのLim Trailを歩き始めた。Sunrise PointからSunset Point 、Inspiration Point を経て、Bryce Pointに帰り着いたのは、もう19時近い頃だった。
 この日歩いた16キロ、8時間のTrailは、圧倒的な感動と心地よい疲れに包まれる貴重な体験だった。驚異の大自然の中での達成感と共に、異郷の地ユタ州で、こうして娘と二人だけで語り合いながら数十年ぶりに山道を歩いた感慨に、無量の思いがあった。
 ロッジに戻り、途中のガス・ステーションで買ってきたキンキンに冷えたビールで乾杯!甘露、ここに極まった。
     (2006年夏:写真:ブライス・キャニオン俯瞰)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿