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オオルリシジミという貴重な蝶がいる。大瑠璃小灰蝶と書く。ネットによれば、長野県の一部と九州の阿蘇地方にのみ生息し、環境庁レッドデータブックの「絶滅危惧I類」、熊本県では「特定希少野生動物」に指定され、条例により捕獲が禁止されている。
5月になると阿蘇山の裾野の草原に姿を現し、阿蘇郡南阿蘇村では村民のチョウ「村蝶」として大切に保護されている。
唯一の食草のクララは、かつては本州、四国、九州に幅広く自生しており、オオルリシジミも各地に分布していた。しかし、河川の護岸工事や田圃の減少、農薬等の影響を受け、クララの自生地が喪われるとともに、オオルリシジミも次第に姿を消していった。
心無い者たちがいる。高松市の会社役員など70代の男3人が、南阿蘇村の牧草地でオオルリシジミを56匹も捕獲したとして、熊本県警高森署により送検された。「趣味で採集した」と容疑を認めているというが、果たしてそうだろうか?希少種として高額で標本が売買されていないという保証はない。
2年前にも、オオルリシジミの幼虫を捕獲したとして男女4人が書類送検されている。数年前、売買目的にカブトムシなど輸入される昆虫の数が年間100万匹を超えたという記事を読んだことがある。そんな大人たちの思惑が、子供たちの純粋な好奇心を毒していく。そして、無責任に野に放たれた外来種が繁殖して生態系を破壊していくのは、決して昆虫ばかりでないことは既に周知の事実である。此処は、そういう国なのだ。
いい年をして常識を欠くにもほどがある。同じ70代の「昆虫少年のなれの果て」として、情けなく腹立たしい。確かに昆虫の個体数は無尽蔵ではある。人間一人当たり3億とも5億ともいう個体数からすれば、少々捕獲しても昆虫が滅びることはない。しかし、絶滅危惧種と知って(嘘にしろ「趣味」というからには、当然その程度の知識はある筈なのに)56匹も捕獲することは許せない。
以前から、研究者や同好者の標本に、同じ種類の蝶や甲虫が何十匹も得意気に並べられているのを見て強い抵抗感を抱いていた。個体差、地域差を見るという大義名分はあるのだろうが、やっぱり不快感は拭えなかった。その延長線上に、今日の新聞記事を見ての怒りがある。
梅雨入りの午後、時折奔る小雨の中を、勝手口の壁に1頭のアゲハチョウの幼虫が胎児のように身を丸めてしがみついていた。尻尾をしっかりと壁に固定し、背中に細い糸を巻いて動かない。蛹になる前の前蛹という状態である。
近くにある食草は八朔と山椒、そこからはるばる地面を這ってここまで辿り着いたのだろう。4センチほどの身体にとっては、けっこう長い道のりである。卵から孵って鳥の糞に模した1齢幼虫からから、脱皮を繰り返して緑色の5齢(終齢)までの長い長い変態を重ねて、ようやく蛹になろうとする段階である。その間、鳥やスズメバチなどの天敵に遭遇することもある。小さな命の営みは決して平坦ではないのだ。
翌日、吹き募る風の中で綺麗な蛹に変わっていた。ネットには、身をよじり悶えるように懸命に脱皮して角を立て、背中に突起を伸ばすプロセスを克明に捉えた動画もあった。そのひたむきな動きは感動的だった。こんな姿を見たら、人は安易に捕獲して売買したり標本にしたりする気にはならないだろう。
しかし、蛹になっても先日のクロアゲハの蛹のように、まだ寄生蜂という天敵がいる。体内に卵が産み付けられていないことを信じ、無事に羽化の日を迎えるまで、祈るような思いで見守る日々がしばらく続く。
南九州と四国で、記録的な豪雨が降り続いている。雨の季節が、今年も波乱含みでのしかかろうとしていた。
(2014年6月:写真:アゲハチョウの前蛹と蛹化)
<追記>翌早朝、緑色の蛹は暗い褐色に変わり、やがて訪れる羽化に備えて最後の静止に入っていた。殻の中では、あの美しい蝶の姿に育つ成長が静かに進んでいることだろう。
嬉しいことに、八朔の近くの外壁で、もう1頭の幼虫が前蛹に変わる準備を始めていた。
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