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あなたに「ぬくもり」を届けたくてブログをつくっています

伴走者 「絆」

2019-08-26 19:02:28 | 日記

湿度が50%台だった。さわやかな1日が始まる。昨夜は綿毛布を出して寝た。明け方はひんやりしてくる。起きると、なにかが見守ってくれているような気がした。今日は、ずっと行きたかった竹生島へ出かけることにした。うれしい。少し寝坊したので、予定より1便遅く出かけることにした。長浜港より舟で約30分。3時間もあれば往復できる。

天気は最高!湖も波も無く静かできれいだ。ツアー客がいるので、予想よりも混んでいた。お遍路さんの姿の方もいる。昨夜のNHKのテレビで「ふたりならもっと強くなれる、「絆」で目指す世界の頂点」という番組を見た。100メートルで10秒台を目指すアメリカの選手とマラソンで3時間台を目指す日本の女子の選手だ。ふたりとも全盲である。アイマスクで闇の世界を体験したが、恐くて歩けない。それを走るなんて!それぞれの競技に「伴走者」がついていた。これはすごい仕事だなぁ と思った。まず、選手と同じ種目ができて、同じレベルでなくてはならない。それだけでなく、選手が信頼して任せられる人でなくてはならない。相性もあるだろう。この二人が「絆」という10センチほどの紐で結ばれている。伴走者は技術面だけでなく、心理面で選手をリードしていかなくてはならない。当然、壁にぶつかるときがあるからだ。

でも、伴走者は「自分も助けられ、成長していける」と話している。100メートル走では、二人が走っている姿はきれいに重なる。マラソンでは相手の動きに合わせるため、伴走者は腕を振らない。いつも二人は一緒にいられるわけではない。それでも信頼しあい、目標に向かい走り続ける。もしかしたら、私もひとりでないかもしれない。琵琶湖上のさわやかな風で感じた。ちゃんと見ていてくれるまなざしがあることを。(写真は琵琶湖より見える伊吹山)

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怪談よりもこわい嫉妬の話

2019-08-25 18:29:35 | 日記

夕方、郵便局へ行くとせみ時雨がすごい。そして、赤とんぼも飛んでいた。空も高く少しずつ秋の足音が聞こえてくる。今日はミサに出かけ、聖歌を大きな声で歌い、神父様のお話を聞いてきたので、心に神さまが戻ってこられた。父なる神 というように時々試練をお与えになる。たいしたことではないのはわかっていたが、すっきりしなかった。

少し前の事件で、児童虐待の話があった。あまりにも悲惨で言葉が出なかった。幼子になんとむごいことを と思った。生物の雄の持つ宿命というのか、自分の子孫を残すのいうことが何よりも大事になる。当然強い雄が多くのメスに子供を産ませることができる。自分の子供が産まれれば、他の雄の子供は群れから追いやられたり、殺されたりする。確か、昆虫で自分の子孫を残すために、メスの体内から前のおすの精液を掻きだすことをすると学んだことがある。それが「オス」の世界らしい。これは私的な感想だが、理性では理解していても、どうしても他の男性の子供は受け入れられないのではないだろうか。離婚していてすでに縁が無くても、子供の父親の遺伝子は許せないのだろうか。その嫉妬の部分もわからなくはないが。

最近のわけのわからないは出来事は、話はそんな難しい大変なことではない「嫉妬」が原因という理屈では押していけないことだったようだ。「男の嫉妬はすごいから恐いよ。」と言われたことがあった。聞き流してはいたが、「これが若い女の子だったらもっとたいへんだったよ」と同じ話題で言われた。えっ!若いひとでなくてよかった!?若くない人は私のこと?ということの次第だ。まぁ、話してくれた人が、諸々卒業したと言える大人なので、笑い話で聞いたが・・・。だれの恋人でもないのに・・・。こんな年寄りの公平で私的な気持ちがないことに妙な嫉妬など感じないでほしいなぁ と思うが。なにをいわれているのかわからずすっきりしなかったわけだ。でも、これ以上の気持ちがある!というくらい伝えても、理性的な男性でも嫉妬はあるようだ。夏の怪談話よりも恐いのは、「男の嫉妬」らしい。

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さびしいのはお前だけじゃない

2019-08-24 18:39:02 | 日記

さわやかな1日だった。それ!洗濯、と1日が始まった。でも、これを夜はアイロンがけになる・・・。11時ごろに4つの荷物出しが終了。また、肩の荷が下りた。いよいよ、難関の書類整理に入れる。ともかく、大事な書類がきちんと整理されていない。気が滅入りながら始めた。30分も経つと一階に下りて、お茶になる。やはり早めの整理しないと、どんどんできなくなるだろう。

騙し騙し,お昼をはさんでなんとか整理が付いた。あとは引き出しにラベルを貼って、大事なことはメモを作ればいい。あとは、パスワードの整理や不要のメールを止めなくてはならない。もう、これ以上ネット通販も増やさないことが大事だと思う。しかし、紙の書類は多い。また、暮れにでも整理しよう。すっきりはするが、だんだんさびしくなる。

100歳になるお母さまを見ている高校の先輩の男性。認知症が進んで、さらにベッドから落ちて大腿骨骨折という。手術はできないので、痛くなくなるまで入院できるというので、ラッキーを思ったがその後の受け入れ施設がないという。都内の特別老人ホームは100人待ちとか。そのうちに介護認定で要介護5になり、特老に入れたとか。毎日行っても「久しぶりだね」といわれるという。本当に介護は大変だ。

あとはきちんと老後のお願いを書類にして、お墓を購入すればいいのだろう。そこまでできれば、安心して好きなことができる(だろう)大好きな町,長浜で暮らせてよかった!おそらく、お金は足りなくなるだろうが、あとは・・・。周りの独り者の女性は「ケセラ セラよ」とMy Way のようだ。でも、みんなさびしいんだよね。

 

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こころがたのしめるもの

2019-08-23 18:33:49 | 日記

一晩中、雨が降っていた。特に明け方は激しい雨だった。外に出ると、空気がひんやりする。出かけるのには上着が必要だ。木々もほっとしているようだ。「恵みの雨」だ。

心がざらざらしている。いつもなら、流してしまえるようなことがよどんでいる。朝から、「自律神経を安静させる心が安らぐ音楽」などを聞いている。(仕事をしながらだが)どこかの国とどこかの国のような気もした。理屈が通らない相手は困る。悪い言葉で言えば「みそくそ」は困るのだが・・・・。おそらく、疲れているので休みたいのだろう。

町内会のお祭りの打合せや当日のお当番のお願いがあったが、全部NPOのボランティアでいない日だった。お世話役の方は、毎日ご家庭におられる方なので。「まぁ、そんなにお出かけなのですか?!」とびっくり。説明もできないので、ひたすら謝った。

あさドラではないが、女性が働く時代でなかったので、外に出て働くのは大変だった。でも、家にいても外で働いても大変は同じだと思う。それぞれのストレスがある。だから、今の女性のように,職場のストレスと家庭のストレスがあると大変だろうなと思う。まぁ、男性はずっとそうなのだろうが。お互いに理解と協力が必要なのだろうな と思う。私は勘のいい旦那さまがいいなぁと思う。敵は?怒っている、これはやばい というような危機管理?能力も必要な気がする。

この頃は特に家にいたいと思う。掃除も料理もどうしても中途半端になる。それもストレスのようだ。「からだが休めと言っている」鶴ちゃんのCMのようなのかもしれない。無心にろくろでも廻したらいいのかもしれない。

心が楽しめるもの。 体力も事務能力も落ちてくるなかで、そんなものが必要なのだろうな。あなたはいかがですか?

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三日間のうつつ 風の盆恋歌

2019-08-22 19:12:55 | 日記

実家の売買が無事終わり、今日はそのお礼で終わりそうだ。不動産屋さん、司法書士さん、弁護士さん、ご近所の方たち、母のお世話になった介護施設へなどやっとご報告ができる。そのほか、教会のお友だち、お茶の先生、教え子のお母さまなどお手紙も書かなくてはならない。大事な方への連絡が遅くなっているので,心が痛む。事務的な連絡でないので、ゆっくりと思うと、なかなかできない。

今日は写真は撮れなかったが、酔芙蓉を昼間見ることができた。ピンク色をしていた。風の盆恋歌は富山市の八尾(はつお)の町の「おわら風の盆」祭りを舞台にしていた。ストーリーが好きでなかったのは、最後に病気でなくなった男性のあと追って心中してしまうことだ。9/1から3日間の祭りを、この地に一軒家を借りた男性とともに過ごす。その3日間が「現(現実)」で、のこりの362日は「ゆめのなか」という。

同級生だった二人が同窓会で出会い、当時の誤解がとけて逢うようになる。若くはない二人だ。年に1回3日間だけ、二人で風の盆祭りで過ごす。ロマンチックな話のような気もする。今で言う、ダブル不倫と言うのか。男性には弁護士の妻が、女性には医者の夫がいたと思う。

「不倫は文化だ」と石田純一は言ったが、風の盆恋歌のような悲恋は好まない。神様はこんな3日間を許さない。でも、出逢って愛し合ってしまったら・・・。修道士と修道女の恋みたいなのだろうか。比叡の坊さまと大原の尼との出逢いみたいなのだろうか。不倫にハッピーエンドはないだろう。(ごく稀にあるが)不倫にしないことだと思う。そうなれば「文化」かもしれない。

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