NPOの仕事が一つけりがついたので、駅まで出かけた。街には観光客がいる。そろそろ台風が近づいてきているのに、だいじょうぶなのだろうか。帰り道で雨に降られた。ほこりのにおいがする。久しぶりのにおいだ。帰宅してしばらくすると、ザァーと雨が降り出した。風もでてきた。空に青色がなくなり、どんよりした灰色になった。少し涼しくなった。窓の外では、せみが鳴いている。
八日目の蝉を思い出した。もう10年以上前のNHKのドラマだった。全会は見られなかったが、印象的なドラマだった。不倫相手の妻の子供を(赤ん坊)誘拐し、逃走しながら子供(女の子)育てる女性。そして、逮捕されて娘は実の親のところへ戻される。実の家庭になじめぬまま成人になり、家を出た娘も不倫で子供を宿していた。そんなストリーだったような気がする。
この八日目の蝉というのが謎だった。蝉は七日しか生きられないが、八日生きた蝉は、七日しか生きなかった蝉では体験できない世界を見ることができる ということらしい。七日という運命で懸命に鳴く蝉の声はいつも心に「あはれ」を感じさせる。でも、もう一日生きてしまったら・・・。
たしか、親子として誘拐犯と子供が生きたのは瀬戸内海の島ではなかったろうか。うつくしい景色だった。どろどろとしそうな話だが、八日生きることの意味を考えさせられた。もしかしたら、私も八日生きさせられているのではないだろうか。(もちろん、不倫の子供などの話ではないが)八日生きた故に見ることができるのは幸せな風景なのではないかとも思う。
灰色の空と揺れる木々の中で、せみはまだ鳴いている。