夕方、郵便局へ行くとせみ時雨がすごい。そして、赤とんぼも飛んでいた。空も高く少しずつ秋の足音が聞こえてくる。今日はミサに出かけ、聖歌を大きな声で歌い、神父様のお話を聞いてきたので、心に神さまが戻ってこられた。父なる神 というように時々試練をお与えになる。たいしたことではないのはわかっていたが、すっきりしなかった。
少し前の事件で、児童虐待の話があった。あまりにも悲惨で言葉が出なかった。幼子になんとむごいことを と思った。生物の雄の持つ宿命というのか、自分の子孫を残すのいうことが何よりも大事になる。当然強い雄が多くのメスに子供を産ませることができる。自分の子供が産まれれば、他の雄の子供は群れから追いやられたり、殺されたりする。確か、昆虫で自分の子孫を残すために、メスの体内から前のおすの精液を掻きだすことをすると学んだことがある。それが「オス」の世界らしい。これは私的な感想だが、理性では理解していても、どうしても他の男性の子供は受け入れられないのではないだろうか。離婚していてすでに縁が無くても、子供の父親の遺伝子は許せないのだろうか。その嫉妬の部分もわからなくはないが。
最近のわけのわからないは出来事は、話はそんな難しい大変なことではない「嫉妬」が原因という理屈では押していけないことだったようだ。「男の嫉妬はすごいから恐いよ。」と言われたことがあった。聞き流してはいたが、「これが若い女の子だったらもっとたいへんだったよ」と同じ話題で言われた。えっ!若いひとでなくてよかった!?若くない人は私のこと?ということの次第だ。まぁ、話してくれた人が、諸々卒業したと言える大人なので、笑い話で聞いたが・・・。だれの恋人でもないのに・・・。こんな年寄りの公平で私的な気持ちがないことに妙な嫉妬など感じないでほしいなぁ と思うが。なにをいわれているのかわからずすっきりしなかったわけだ。でも、これ以上の気持ちがある!というくらい伝えても、理性的な男性でも嫉妬はあるようだ。夏の怪談話よりも恐いのは、「男の嫉妬」らしい。