太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

テレビ

2012-03-06 08:56:59 | 日記
私が育った家は、いつもテレビが付いていたような気がする。

誰も見ていないのに、テレビだけが喋っていることも多かった。

朝は時計代わりにして、学校に出かけるまでずっとテレビがついていたし、夕方には母が食事の支度をするそばで、相撲中継などをやっていた。


夕食を食べる時には、ニュースを見ながらと決まっていた。

子供にはチャンネル権はなく、たぶん祖父の意見だったと思う。

いまだに実家の夕飯の思い出といえば、NHKの古谷綱正さんというアナウンサーの顔と、マグロの刺身がセットで思い浮かぶ。

食事の時にはテレビ禁止だった、という友人の話を聞くと、そういう育ちの良い家庭もあるのだなあと思った。




日曜日の夕食作りのBGMは「笑点」で、私は「サザエさん」を別の部屋で見たいが為に、ご飯をかきこむように食べては注意されていた。

日曜の夜は、見たい番組が目白押しで、宿題をやっていない私のような子供には拷問であった。

手をつけていない宿題にヤキモキしながら、見たい番組はしっかり見る。

怠け者のくせに、小心者のゆえ、宿題をやらないで学校に行く、という選択肢はなかったから、

番組のエンディングが流れると、一瞬のうちに、これから戦場に向かう気分になって落ち込んだ。

土曜にやっておけばいいだけの話だが、土曜は土曜で、「8時だョ、全員集合!」があるので宿題どころじゃない。これをちゃんと見ないと、月曜に学校で皆と話が合わなくてつまらない。

年齢が上がってきても、「全員集合!」が「オレたち ひょうきん族」に変わっただけで、嫌なことは後回しという性格はずっと続く。




そんなふうに育ったから、実家を出てからも、私は習慣のようにテレビをつけて暮らしていた。


最初に就職したところは、ローカルのテレビ局で、各局の番組が24時間、同時に放映されているという、テレビっ子にとっては最高の環境だった。




こんな私が、夫と結婚したのを機に、すっかりテレビと縁がなくなってしまった。

1番の理由は、日本語がわからない夫と一緒にテレビを楽しめなくなったからで、

我が家では、テレビは DVD再生マシン と化し、電波に乗せて放映されるものは一切見ることはなくなった。


ところが、テレビをみなくなっても、テレビをみたいと思わなかったことに自分で驚いた。


子供部屋にテレビを置くと不良になる。という私の両親の信仰(?)のおかげで、子供部屋にはテレビがなかったから、どうしても見たかった深夜の番組は、納戸の奥にあった小さなテレビを引っ張り出してまで見たというほどテレビ好きだったのに・・


そしてそのままハワイに来て、夫の両親もほとんどテレビを見ない人たちだったために、ずっとテレビなしの生活が続いている。


テレビって単なる習慣のものなのかなあ。



今、滞在している叔母宅には、それは立派な薄型の壁掛けテレビがあり、

これなら映画もさぞや楽しめるだろうと思いきや、リモコンだけで4つあって(それだけで混乱)、出てくる画面がまるでコンピューターのようで、

なんとかDVDを見始めたのはいいものの、何かの拍子にリモコンのどこかを押してしまったら、それっきり映像が出てこなくなってしまった。

それだけならまだしも、DVDのディスクまで出てこない・・・

私がテレビをみないでいた間に、テレビはすっかり進化してしまった模様。








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