太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

話題

2015-08-15 23:27:55 | 日記
社会人になりたての頃、同じ部の先輩が結婚をした。

先輩は35歳前後だったと思う。

今の時代ならともかく、当時は適齢期という言葉が生きていて、

25歳になると売れ残るという意味から、クリスマスケーキなどという比喩まであった。

アホなハタチそこそこの私は、なぜあの人達は結婚しないのだろう、と社内の年上女子に対して

真面目に不思議に思っていた。その後、我が身に起こることも知らずに、だ。



先輩はすごい美人というわけではないが、背がスラリと高く、くっきりとした顔立ちはインパクトがあり

見るからに姉御肌な感じの人だった。

結婚相手は5歳年下で、私は何度か新居に遊びに行った。

旦那さんといる時の先輩は、すごく嬉しそうで楽しそうで、

仕事バリバリ男勝りの職場の顔とは全く違っていた。


「ねえ、何かいい話題、ない?」

先輩がそう聞き始めたのは、結婚して半年もしない頃だった。

夕食のときの話題がないのだという。

聞かれれば、思いついた話題を提供し、翌日、

「ちょっとぉ、昨日の、ぜーんぜんダメだったわよう」

とダメ出しされたり、感謝されたりするのだった。

その時は、先輩は軽い気持ちで、半ば冗談のつもりなのだと思っていた。



ある時、新居に行って夕飯をご馳走になったあとで、旦那さんが

「シロちゃん、チーフに休暇を変更する申し出なんか自分でやらなくちゃだめだよ?」

と言った。私は何のことなのかわからず、ボケっとしていたが、

その時の先輩の慌てようといったらなかった。

私は適当に話を合わせて乗り切った。その時、私はわかったのだ。

先輩は本当に悩んでいたのだということに。

私がチーフに出す休暇変更を先輩に頼んだことなどないが、

世間知らずの私は数々のことでチーフと揉めていたし、

そんな私は先輩と旦那さんの夕食の話題にちょうどよかったのだろう。

私が先輩だったとしても、そんな新人がいたら家で話題にするに違いない。

いよいよ話題に詰まり、実際にはないことまで、何となく話が膨れていった。

そのことに気付いたことが、先輩に申し訳ないような気がして、いたたまれなかった。

一回り以上も年上の彼女が、いじらしく、私まで切なくなった。


前もって話題を用意しておかなければ気詰まりな相手。

それは、あるいは食事の時だけのことかもしれない。

けれど、先輩は結婚して幸せだったんだろうか。

結婚して1年目のお祝いにホテルで食事をし、そのあとで食べたものを吐き、

2年目を迎えることなく、あっという間に先輩は逝ってしまった。





釜揚げウドンに凝っていた先輩は、生姜をたくさんおろして冷凍しておくと便利だよ、

と得意気に生姜のコンテナを見せてくれた。

それから10年後に結婚した私は、生姜をたくさんおろして冷凍した。

ハワイにきた今も、私は同じように生姜を冷凍している。


前も今も、結婚相手に対して話題に詰まって辛いということはないけれど、

特定の誰かだとか、シュートメと二人きりで車に乗る時だとか

ギクシャクが止まらない、あの感じは、私にもわかる。


居心地のいい関係とは、話題が尽きないことではなく、

黙ったままでいても気にならないことかもしれないと思うようになったのは、

いい加減、いい年になってからだ。

私は、あの頃の先輩の年をとっくに超えた。

今ならもっと気の利いたことを話せたのにと思う。


生姜をおろすとき、先輩のことを思う。

そして、心の中の同じところが、少しだけ痛む。


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