太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

3つの関所破り

2021-05-06 07:51:52 | 日記
半生を振り返り、しみじみ思うことがある。

『それは無理でしょう、悪いけど。』

人が口をそろえて言うことを、私はやってきた。

最初の関所は、高校3年の夏休み直前になって、思い付きで普通大学から美大に進路変更したときだ。
教師は青ざめ、職員会議にまでなった。
「美大に行く人は中学生の頃からデッサンを習っているのよ、あなたデッサンできるの?」
猫なで声でそう問うた教師は、
「デッサンって何ですかー」
という私のアホな質問に、文字通り言葉を失った。

絵の塾がやっている夏期講習に申し込み、生まれて初めて描いたデッサンを
全員の前でこき下ろされて火がついた私は、ちゃぶだいひっくり返す勢いで1日でそこを辞め、
父の遠い知り合いの絵描きの家に、夏休み中に通ってデッサンを習い、
希望大学に通っている先輩を名簿で探して、教えを請い、
そして合格してしまった。


二つ目の関所は、就職。
美大を出たあと私は東京に残りたかったのだが、地元に戻ってきてほしい親が奔走し、
どこからか開局5年のテレビ局で、美術部の社員を探している、というコネを掴んできた。
地元に戻りたくなかった私は、自分の作品の中でも出来の悪いのを見繕って面接に臨んだが、あっさり採用されてしまった。
他の部署の同僚たちは、筆記試験を受け、何回かの面接を経て入社したというのをあとで聞いて、
たった1度の面接だけで入ったとは言えなくなった。
見るものすべてが新鮮で、自由で、テレビ局時代は楽しかった。


三つめは、この結婚だろう。
40で離婚、42で若い恋人に振られ、もうこのまま老後かと真剣に思った。
が、こんなみじめな人生を私が計画してくる訳がないと奮起し、失恋から2か月以内に出会ったのが今の夫で、
英語も話せないのに結婚してしまった。



今、私は4つ目の関所の前にいるのだろうか、ふと思う。
夫が仕事を辞めてそろそろ2週間。
仕事は探しているし、面接もひとつ受けたけれど、いまだ決まっていない。
夫が無職でも、半年ぐらいは生活できる。
でも、半年できるなら、1年だってできるんじゃない?と思い、
そう思ったとたんに恐ろしくなる。

もしかしたら、このままリタイア、なんてことに・・・???

いやいや、この関所は破りたくない。
働かなくてもけっこう楽しく生きてるよーん、という人を見たら勇気づけられるけど、
勇気づける側になるのは嫌だ。
せめてあと10年、60歳までは、いや55歳でもいいから働いていてほしいと思う。

関所破りは3回やったらじゅうぶんである。