太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ラッキー

2021-09-04 08:25:58 | 日記
今日が母の通夜で、明日が葬儀だそうだ。
昨日は湯灌で、父の時には式場の専用の部屋でやったのだけれど、
その時に母が、「私の時には家でやってほしい」と妹に言ったという。
父を送るとき、そのすべての行程において母は自分を重ねていたのだろうか。
仕事の休憩時間がちょうど湯灌の最中で、妹がそれを中継してくれるのを見ながら、初めてボロボロ泣けてきた。

「肌がとてもきれいだから、薄化粧でじゅうぶんですね」

担当の人がそう言って、眉を整えてほんのり薄化粧をしたそうだ。
85歳の母は、本当に肌がきれいだった。
しわくちゃでなく、白くてふっくらしていた。
髪を染めるのをやめてからは、白い髪と肌がよく似合っていた。

母はアイシャドウもマスカラも持っていなかった。
眉と、薄くおしろいと、口紅だけなのに、とても上品な女性だった。
父とお見合いをしたとき、一緒に行ったレストランで父が何かを書きとめようとして、
「マユズミ、持ってます?」
と母に聞いたが、母はマユズミなど使ったことがなく、恥ずかしかったそうだ。


「お母さん、きれいなおばあさんだったよね」
「うん、やはりソーマ化粧品の1本8000円の美容液か!」

妹とやり取りしながらボロボロ泣いていたら、マネージャーが肩をたたいた。
「いくらでも休んでいていいからね」
15分の休憩時間は過ぎていたが、私はしばらく仕事に戻れなかった。

ゼネラルマネージャー達が、すごくきれいな花束とカードをくれた。
オーナー夫妻が、お悔やみの電話をくれた。
同僚が夕方、家まで来て、お花と果物をわんさか置いていった。
ジュディスが毎日、電話をくれる。
日本にいる友人たちが、そっと寄り添ってくれる。
日本人の友人が、月曜日にランチに誘ってきた。

なんだかんだ、私はとてもラッキーな星の下にいるのではないか。
仲のいい姉妹がいて、自分の家族もあり、友人たちもいる。
父も母も、生ききって、思い残すことなく次の世界に行った。

「僕たちが死ぬまで、お母さんには会えないね」

夫が泣いた。

10年前、両親がハワイを訪れたとき