太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

ハワイのバリ化

2015-08-23 16:55:25 | 日記
会う人、会う人が口をそろえて言う。

「こんな暑いのは今年が初めて」


気温は、それほどでもないと思う。

トロピカルストームがいくつもやってきていて、

湿度が高いために、ものすごく暑く、不快なのだ。

ハワイの人は湿度に慣れていないから、それがとてもこたえる。

日本の夏を知っている私としては、暑いことは暑いけれど

あの夏に比べたら文句は言えない、と思う。

しかし日本では、家にクーラーがあって、それさえつければ快適になることができた。

ここにはクーラーがないから、家の中でも蒸し暑い。

家中の天井ファンは、ほぼ24時間まわりっぱなし。

猫が暑さでバテるから、留守の間もつけたままだ。



この暑さ、まるでバリ島のようだ。



ハワイはバリ化しているのか。

職場は、館内にエアコンは効いているものの、8時間動き回る上に

人が増えてくると熱気も加わって、背中を汗が伝わるほど暑い。

昨日など、持参した水筒の氷水を飲み干してしまい、まだのどが渇くので

近くのパティスリーに、アイスゆずティを買いに行った。


「アイスゆずティ。スーパーコールドにして」

「そっちも暑いの」

「暑いよ、すごく」

「こっちもよ」

見ると、ケーキを焼く大型オーブンがいくつも並んでいる。

「お互いミストサウナでがんばろう」





「ハワイは涼しいと思って来たのに、あんまり変わらなかった」

と言った、日本から来た旅行者に同情。







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エゴ

2015-08-23 12:18:06 | 日記
こうして欲しいと思うことを相手がしてくれないとき

私はガッカリし、怒り、気が利かぬ相手をなじる。

スルーできる人もいるだろう。私もできればそうでありたいと思う。

スルーできるまでには至らないが、スルーできない自分を認めることはできるようになった。

結果は同じに見えて、そうでもない。



何年も前、まだ日本にいた頃のことだ。

私は2回目だか3回目の流産の手術をして、家で安静にしていた。

その日は、埼玉アリーナでロックフェスティバルがあり、チケットを買ってあった。

夫が行きたいのは知っていたが、私がこんな状態だから、行くのをやめると思っていた。

しかし夫は行く、と言う。

自宅療養中の私を置いて、よくも行けるもんだ、とガッカリし、怒り、

思いやりのない夫を心でなじり、ここにいてほしいと思う、と言葉で伝えた。

すると夫は、悲しそうな目をして

「僕は行くよ、行きたいんだよ、ゴメンね」

と言った。

紙に、新幹線を降りてから埼玉アリーナまでの電車の乗り継ぎを書いて渡した。

新幹線の中で食べるのだと言って、リンゴとバナナを入れたビニール袋を持った夫は、

精一杯の嫌味をこめて見送る私に、満面の笑みで出掛けた。


さて、一人になって、考えてみた。

療養とはいっても、どこが痛いわけでもなし、夫がいなくても

何がどうということもない。

私はただ、私が払った犠牲に対しての償いのようなものを夫に求めているのだろうか。

大切にされていないと思ったけれど、本当にそうなんだろうか。



本も読み飽き、お腹がすいたので、身支度をして近所のオーガニックカフェに行き、

デザート付きの豪華なランチをのんびりと食べた。

時間がたってみると、ぜんぜんたいしたことなんかじゃなかったと思えてきた。



帰ってくると、夫から電話がきた。

「すごーいよ!たーのしーーーよー!」

電話の向こうは大音響で、それに負けじと声を張り上げる。

1時間おきぐらいに電話をかけてきて、あのバンドはどうだったの、

私の分のチケットは誰かにあげただの、子供のようにはしゃいでいる。



これでよかったんだな。嫌味も我慢もなしに、素直にそう思った。

私は、私の気持ちを伝えたし。



行きたいのを我慢して、一日一緒にいてくれたとしても、

それは私のエゴを満足させるだけでなく、私はますますそういうやりかた、

つまり、私の期待を押し付けるだとか、恩着せがましい態度で相手を威圧している自分に

気がつくことはなかっただろう。



夫は、とてもわかりやすい。

夫がやることは、彼がやりたいと思うことであり、

やりたくないことは、やらない。仕事はともかく、私生活においてはそうだ。

それは私にも同じで、私がやること、やらないことについて不満を言うこともない。

だから、夫がやることに、必要以上に申し訳ながったりすることはないのだ。

日本人の友人は、ことあるごとに世話好きな夫に申し訳ながる。夫を知る前の私も

そうだったと思う。これは日本人の癖なんだろうか。



私は今でも、勝手な期待を押し付けたり、恩着せがましい態度をしてしまう。

しかし、そうしている自分にすぐに気づく。

それでも私は、こうして欲しかった、こうして欲しい、とやっぱり伝えるし、

私の威圧に負けるような夫でもないので、また同じことをやってンだなあ、

と笑えてくる。




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ソーラー

2015-08-21 22:26:50 | 日記
いよいよ我が家にもソーラーがつくことになった。

昨年、私達の住まいを建て増ししたときに、夫が両親に勧めたのだが

その時は気乗りがしなかったようで、スルーされた。

それが先月になって、いきなりその気になったらしく、

まず調査する人達がやってきて、日照時間や強さを計算し、

ソーラーをつける意味があるかどうかをコンピュータではじき出す。

何しろこの辺りはオアフ島の飲み水を賄っているような地域。

せっかくつけても電気が作られなかったら意味がない。

近所のジェイソンちでは昨年つけて、今や電気代が月に17ドルだというから

屋根の向きと、乗せるパネルの数によってはイケるのは知っていた。



あっという間に話が進んで、契約をかわした。

値段を聞いて、目玉が飛び出した。

ピカピカのポルシェが余裕で買えるんじゃないか(ポルシェがいくらかしらないけど)

政府が2割負担するというのだが、それでも余裕でメルセデスが買える。

今、電気代を月に5~6万円払っている。ながーーーーーい目で見れば、

いつの日か元がとれるはずなのだが、差し当たって月々両親に返している建築費に

ソーラー代が加わることになる。

まだまだ仕事は辞められんな。


先日、朝から9人の作業員がやって来て、パネルを取り付けた。

それにしても、ハワイの働く人達の陽気さにはいつも感心する。

レゲエやハワイアンをばんばんかけながら、実に楽しそうに働く。

ジョークが飛び交い、笑いが絶えない。まるで遠足だ。



遠足気分でも、やることはやっていたとみえて、3時には完了し、

わさわさと帰って行った。

電気のメーターの横に、瞬間湯沸かし器みたいな装置がついていて、

早くも電気のメーターは、ほぼ止まりそうなぐらいゆっくりと回っている。

さっき着けて、もう太陽光を使って電気に変えているのか。

この夏は暑いので、昼間も猫たちのためにシーリングファンを付けたままにしている。

電気代が気になっていたけれど、これでもう安心して付けたままでいられるわけだ。

太陽さまさま。

さて電気代はおいくら?





これには後日談がある。

パネルを着けた数日後、雨が降り、取り付けたところから雨漏りがした。

両親側の屋根に付けたので、私達は無事だった。

やっぱな。

遠足気分だったもんな。

手を動かすより口の方が忙しかったもんな。

その日、私は休みで、みんな知ってんだからな。

さすがハワイ。




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最近のびっくり話

2015-08-20 21:24:05 | 日記
土曜日、私はランチバッグを職場に置いてきてしまったことに気づいた。

翌日曜は、夫と友人と海に行くことになっていた。

朝、始業時間をみはからって車の中から職場に電話をかけた。

電話にはSが出た。


「あ、シロだけど、私のランチバッグそこにある?」

「青いのだよね、あるよ」

「ああやっぱり。午後に取りに行くよ」


電話を切ろうとした私に、Sがおずおずと言った。



「あの・・・シロさん、今日仕事ですけど」



はぁ?????

今なんて言いました?

SUPPOSE TO WORK  って言った??


私は水曜日と日曜日が固定の休日で、私が特に申請しない限り、それは不動のはずだ。

もしもその日に出る必要があるときには、予定を組むときにマネージャーから確認がある。

だから、シフト表を確認することはほとんどなく、今回も同じだった。


「今どこにいます?」

「どこって、もう海に向かってるよぅ」

私は運転席の夫にゼスチャーで「Uターン、Uターン!」と急かした。

夫は「仕事になっちゃってごめんね」と繰り返しながらUターンし、家に戻った。

友人には遅れると連絡し、夫は友人を迎えに出かけ、私は超特急で着替えて職場に行った。

この話は職場内で大笑いのネタになった。



3年近く働いていて、こんなことは初めてだ。


後日、そのことを日本人同僚のMに話したら、Mは言った。

「よく仕事に行ったねえー。私だったら絶対に行かない」

「だって、シフト表を見なかったのは私の落ち度だし、私が行かなかったら3人しかいないんだし」

「日曜仕事になるけどいいかって聞かれなかったんだよね」

「それはそうだけど」

「家にいたら行くかもしれないけど、出かける途中だったらやめる。夫にも悪いし、

夫も行かなくていいっていうと思う」


そうか。

Mはそういう価値観なんだな。いかにもMらしいけれども。


「夫に悪い」という感覚は、何年も忘れていたことだ。

夫に気を遣いまくって過ごしていた、前の結婚時代だったら、私もMのようにしたかもしれない。

今は、夫に気を遣っていないわけではないが、どんなことも許してくれるという安心感があるから

私は私の意志で、私が思うことを言い、行動することができる。



仮に、そのまま海に行ったとしても、私は1日中、心にものがつかえたような気持ちだったろう。

もし私の夫が、仕事を選んだことで怒る人であったら、仕事に行ったとしても

やはり心にものがつかえたような気持ちでいたことだろう。

それでも私の性分からいえば、仕事に行ったと思う。



昼休み、夫に電話をした。夫は移動中で、音声をスピーカー状態にしている。



「海はどうだった?」

「すごくよかったよ・・」

と言いかける夫の背後で友人が

「テリブル、テリブル!(ひどい、ひどい)」と叫ぶ。

「あ、そうそう、混んでて波もなくてひどかったよ、来なくて正解」

「ふーん、ランチは何食べたの」

「メキシカン」

「美味しかった?」

「うん・・・」

するとまた背後で友人が「まずいまずい、すごいまずい」と叫ぶ。

「そうそう、まずくて高くてひどかった、シロは仕事でよかったよ」

大笑いしながら電話が切れた。


ま、いろいろあるけども、こんな人でよかったな、と思う。









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前世のはなし オマケ

2015-08-19 09:06:57 | 不思議なはなし
前世のはなし 1

前世のはなし 2


やはりこれも相当古い。

人々の服装も町並みも、映画でみるローマ帝国時代に似ている。

私は男性で、子供たちに道徳のような何かを教える仕事をしている。

私は生涯独身で、仕事を終えて誰もいない家に帰り、一人で過ごす。

子供たちはかわいかったし、仕事も好きだった。

寂しかったかどうかはわからないが、穏やかで幸せな人生だったと思う。



また、ある時は、夢の中に過去世の自分が出てきて説教されたこともあった。

何かを決めかねているときだった。

私は魔女で、寝ているところを窓から入ってきた仲間の魔女に殺される。

白いシーツに、おびただしい血液が広がっていき、おぞましい限りだ。

そこに過去世の私が登場。(殺されたのも、夢を見ているのも私なんだけど)

「ね?こーんなひどいことがあったって、だーいじょうぶなんだよ。

最悪の状況をシュミレーションしている時間がもったいないと思わない?」




私たちが、ほんとうにいくつもの人生を生きているのかどうか、証拠はない。

でも私は、そうだったらいいなと思うことを信じることにしているから、

それは私にとっては真実である。



それぞれの人生の中で、私は悩み、おびえ、心配し、喜び、落胆し

怒り、楽しみ、泣き、終末を迎えてきた。

としたら、私は本来なら人生の達人であるはずである。

たいていのことは体験済みで、すべての答えを私は自分の中に持っている。

それなのに、私はまたそれを忘れて、

最悪の状況のシュミレーションに時間を費やして、右往左往するのだ。



ビル マーリー主演の映画に、毎朝同じ日の同じ時間に目が覚めて、延々と同じ日を繰り返す

という話がある。

死んでも、また同じ朝に目が覚め、同じ日が始まる。

記憶はすべて残っているので、もう死ぬことが怖くなくなる。



もしも私が、孤独だった人生のことや、魔女まがいのものだったときのことや

酋長の妻だったときのことをすべて覚えていたら、

記憶に振り回されて、この人生は楽しくなかったかもしれない。

わたしたちの人生は、記憶をリセットして、はじめから「思い出しっこ」をするようなもの。



エンジェルリーディングのセッションを受けていたとき、

過去世や未来の自分に手紙を書くという宿題があった。

今になってそれは、単なる心の作業ではなく、ほんとうにそのときの自分に届いているのだとわかった。

なぜなら、魔女まがいの自分も、孤独な男性の自分も、酋長の妻である自分も、

まさに今、別の次元でそれぞれの人生を生きている最中で、

たくさんの「わたしチーム」が互いに励ましあっていると実感するからである。








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