太平洋のまんなかで

南の島ハワイの、のほほんな日々

一気に年取ったかんじ

2019-10-20 16:52:52 | 日記
先日、歯の定期健診に行ったとき
「最近ガード、使ってないでしょう」
と言われ、ドキリとした。
半年近く前、奥歯が痛いような気がして歯医者に行ったら
歯ぎしりをしていることが判明し、睡眠中に歯にかぶせるガードを作った。
自分の上あごの歯の型をとった透明の樹脂を、口の中に入れて寝る。
しかし、この違和感といったら半端ない。
数日はつけていたが、そのうち使わなくなってしまった。

私の歯ぎしりが発覚したあと、
実は夫も歯ぎしりをしていると言われ、夫は前歯4本をガードするだけのガードを作った。

私の歯は再び自分の歯によってすり減りつつあるというので
その日からガードを付け始めた。
が、これを口に入れると、うまくしゃべれない。
毎晩律儀にガードをしている夫も同じ。

私「ふーヒュー わんと ヒーふー ふりんぐ はいふひろー?(Do you want me to bring ice pillow?アイスノンを持ってこようか?)」

夫「え?」

私「(同じことを繰り返す)」

夫「は?」

私「(同じことを繰り返す)」

夫「はいほんあんはーふはんほ はっひゅーへい(I don't understand what you say なに言ってんだかわかんないよ)」

私「え?」

まるで年取った夫婦になったような気がする。
朝、ポリデントの液にガードを浸けるとき、それが入れ歯のようでもあって、
老いた気分はなおさらである。









敗因

2019-10-19 19:33:00 | 食べ物とか
きっと過去にこんなタイトルの記事をいくつも書いた気がする。
それも料理で。
美味しそうな料理を記事にする気は満々だが、結局こんなタイトルの記事になる。

キーマカレーを作った。
七面鳥のひき肉を使って、カレールウではなく、スパイスだけのカレーだ。
コリアンダーとターメリック、カイエンペッパーという三種のスパイスだけで
美味しいカレーができる、という本を買ってきて、
実際にそれで美味しいカレーを何度も作った。
嘘じゃない。
玉ねぎをねっとりするまで炒めて作る、本格的ぽいカレーは、カレールウを使ったカレーとはまた別の美味しさがある。

スパイスカレーを作るのは久しぶりだ。
分量では、4人分で玉ねぎが1個だが、ひき肉がけっこう量があるので
きっと4皿よりもたくさんできるはずで、1個半を使った。
生姜とニンニクの量も、多いほどおいしいと思っているので、多め。
玉ねぎを炒め、生姜とニンニクを加え、カットトマトを加える。
分量では、トマトは100グラム。
トマト缶には430グラムと書いてある。
4皿よりも多めに作るから、目分量で缶の半分ぐらいのトマトを鍋に入れ、
ふと缶に残ったトマトを見て、思う。

(トマト缶半分だけあってもなァ)

料理上手な人なら、半分のトマト缶をじょうずにほかの料理にするだろう。
しかし私はなにも使い道など浮かんではこない。
かすかに、何かと合わせてオムレツのソースに使えるかもしれないと思うが、
そんなめんどくさいことを私がするとは思えない。
半分残ったトマトをタッパーに移して冷蔵庫に入れても、
結局使うことがないままカビがはえて捨てるに決まっている。

そこで、残りのトマトも全部入れた。

いくらなんでも、分量の4倍以上のトマトは、まずかったんじゃないかと思わないこともないが、時すでに遅し。



味見をしたら、不思議な味がした。
まずくはないが、少なくともカレーではない。
コリアンダーの香りもしないし、ターメリックもどこかに消えた。
そこで、さらにスパイスを足す。
塩辛いので水も足した。
木べらで鍋の中をかきまわすと、七面鳥のひき肉が恨めしそうに煮られている。
「おいしいキーマカレーになりたかったのにィ・・・・」
じっくり寝かせて美味しくなったところを夕食に食べようと、
仕事に行く前に作ったので、あれこれ考える時間もなく、そのまま仕事にでかけた。


じっくり寝かせたら、なんとキーマカレーに変身していた!!!















などということがあるはずもなく。
なんだかよくわからないスープ風の七面鳥のひき肉の煮物は、
夜になってもやっぱり、よくわからないスープ風の煮物であった。
夫は、思いやりなのか、単に味覚のハードルが低いのか、
「おいしいよ、好きだよ、これ」
と言って平らげた。
私はスプーン山盛り3杯も食べればじゅうぶん。


一応、敗因を考えてみた。
書いてあった材料を使ったが、分量は何ひとつ正しくない。
それか、やっぱり(てか、それしかないだろう)
スパイス類は、それでも計量スプーンなどを使ったけれど、
あとになって適当に足しているのだから、意味がない。
私はいつだってそうだ。
予習もせずに作り方を読みながら作り、途中で家にない材料が出てきたとかいうのはしょっちゅうで、
あるときは、水を足して焼くだけの、失敗しようがないマフィンの箱書きを見ながら作っていて、
やけに生地がシャバシャバだなと思ったら、それはマフィンではなくパンケーキの作り方だったことが判明したということもあった。

まったくもって料理本の意味がない。
料理の作り方を書いた人に申し訳ない。
書いてあることを、そのとおりに計って料理するだけなのに、
それができない私は、きっと何か欠陥があるのに違いない。


最初の結婚時代、どうして私は自分が料理上手だとか思っていたんだろう。
友人たちも、私のことを料理が好きで、マメな人間だと言っていたではないか。
確かに私は手作りにこだわって、何かにとりつかれたように毎日、
手をかえ品をかえ、熱心に料理を作っていた。
精進料理で食べた、山芋をすりおろして野菜を入れて、お椀に浮かべる料理も
思い出しながら作ったりしたし、
パンだって発酵器まで買って焼いていた。
あれは本当に私だったのだろうか。


手料理で人をもてなす人が心底羨ましい。
冷蔵庫の残り物でちゃちゃっとおいしいものが作れる人を尊敬する。
料理本のとおりに料理ができちゃう人に憧れる。
私はいったいいつからこんなふうになったんだろう。
それとも、あの料理三昧していた時代がおかしかったのであって、
これが私の元々であったのか。
普段はほんとうにシンプルなものしか作らない。
生姜焼きとか、てんぷらとか、カツとか、酢豚とか。
そんな、考えても仕方のないことを思いつつ、残りの変な七面鳥のひき肉の煮物を、
どっさり夫のランチに入れた。
おいしかったよう、と言うだろうと思う(実際、そうだった)。
もう私は料理好きのマメな自分には戻れないだろうと思う。













ウィリー・Kを聴きにいく

2019-10-19 07:55:11 | 日記
BLUE NOTEに、ウィリー・Kを聴きに行った。
ウィリー・Kはハワイ生まれで、ハワイアンからロック、オペラまでこなす多才なミュージシャンだ。
癌の闘病中であるのに、何か月か1度、マウイ島からブルーノートまできてステージをやる。




声はもう、それは気持ちのいい声で、生で聴くとなおさら良い。
歌の間のおしゃべりもおもしろくて、観客は大喜び。

テーブルのキャンドルの灯が、水の入ったグラスを通して見えるのが素敵。
3か月ぐらい行かないうちに、食事のメニューが一新していた。
ブルーノートは食事もおいしい。

ウィリー・Kが、病気に打ち勝って、ずっと歌い続けてくれますように。
この場にいた人みんなが、そう願ったに違いない。


午後6時半のワイキキ。
こんな景色でも、私にはずいぶんな都会にみえる。
ステージが終わって外に出てきたのが8時ちょっとすぎで、
私が住む地域は、その時間ならほとんどの店も閉まって、歩く人もまばらなゴーストタウンになっているのに、
ワイキキは昼間と変わらないぐらいの人が行きかっているのだ。

月下美人

家に帰ると、玄関先の月下美人が咲いていた。
高貴な香りが夜の闇の中で、妙に存在感をもって香っている。
満月から二日目。
満月の夜だけ咲く、というわけではないのだなあ。



空を見上げれば、浮世絵みたいな雲に縁どられた月が
こうこうと光っていた。





「オッケイ♡」でチャドになる

2019-10-17 08:26:24 | 日記
SNL(サタデイ ナイト ライブ)は、土曜日の夜11時から始まる、
コメディの生放送長寿番組だ。
ここから、多くのコメディアンが世に出た。

今日、仕事から帰ると夫がSNLをYouTubeで見て笑っていた。

主人公の青年チャドは、お気楽呑気オトコ。
リビングのソファに座って、TVを見ながら誰かと電話で話している。
相手はなにかの理由で、チャドに恨みをもつ男。
電話でどんなに脅しをかけても、チャドは一向に恐れる気配がない。

男「今に恐ろしいことがおまえに起こる」
チャド「オッケイ♡」
男「お前は死ぬかもしれない」
チャド「オッケイ♡」

仕方がないので男は家に侵入し、チャドの目の前に立ち、恨みつらみを並べ立てる。

男「(話の途中で)おまえ、俺の話を聞かないでテレビ見てるだろう」
チャド「ちょっと今いいところ。横にどいて」
男「おれはお前を殺す!ってんだよ!」
チャド「ノー サンキュー♡」

フォークを食べ物と一緒に電子レンジに入れ、爆発して死んだチャドは天国に行く。
天使が出てきて「残念なお知らせなんだけど、あんたは死にました」
チャド「オッケイ♡」

そんな具合で、チャドは何があっても、とぼけた調子で「オッケイ♡」


ああ、これなのか。そう、これだった。


海の波に逆らって向かってゆくと、ものすごい水の抵抗に合う。
押し寄せてくる力は、それを押し返そうとしても止まるものではなく、
いっそ、その力に乗っかってみたほうがずっと楽。
夫と結婚してこのかた、私は何度もそうやってきたはずなのだ。

実家の母に、夫が仕事を辞めそうだと愚痴をこぼしたら、
「それが〇〇(夫)の病気なんだよね。私の脳細胞の病気みたいにサ」
と言った。
そうか、病気なんだ。病気だったら仕方がない。
『職を転々として』という言葉も文化もないアメリカでよかった。
働きたくないわけじゃなく、むしろ働き者なのだからよかった。
ウツは心の病気だけれど、体が健康で働けるのだからよかった。


私はひとりで心の中で「オッケイ♡」と言ってみる。

仕事辞めようとおもう。
「オッケイ♡」
いくつか仕事を申し込んだら、今度の月曜日に面接になったよ。
「オッケイ♡」


ああなったら困る、こうなってほしい、という思いが強いほどつらく生きにくい。
人は、たとえそれが自分の子供であっても、思い通りになどいくものではない。
そんなことは、わかりすぎるぐらいわかっているのに。

「オッケイ♡」と声に出して言ってみる。
人生は、劇だ。
私の本質であるものは、この劇を他人事のように眺めている。
深刻なドラマより、コメディを見たいから、「オッケイ♡」と言ってチャドになる。


















ウォーターピック

2019-10-16 18:53:39 | 日記
半年に1度の、歯のクリーニングと検診に行った。
夫の父が歯科医をリタイアしたあと、
顧客も従業員も機械もオフィスまるごと売ったので、行き慣れた場所だ。
3人の歯科医が後を継いでいて、
私の担当は、まだ30代前半のクリス。
さわやかを絵に描いたような、1点の曇りもない好青年だ。

医療費がバカ高いアメリカに住みはじめてから、
私は本気でまじめに歯をケアするようになった。
ちょちょいと虫歯を治したり、クラウンを作ったりすれば、十万円単位のお金が飛ぶ。
電動歯ブラシと、念入りなデンタルフロスを毎日欠かさず使っているのは、
飽きっぽい私には考えられないことである。
お金の威力、あなどるなかれ。

今日の検診で、ウォーターピックを勧められた。
私は2本連結のブリッジがあって、
ブリッジと、その下の歯茎の間は特別なデンタルフロスできれいにすることができるけれど、
ブリッジを支えている2本の歯とブリッジの間は、虫歯になりやすく、
まだ虫歯にはなっていないが、かなり怪しくなりつつあると判断。
そこでウォーターピックだ。
電動歯ブラシは、義父に言われてから、かれこれ10年以上使っているが、
ウォーターピックは使ったことがない。

「ウォーターピックって知ってる?」とクリス。
「知ってるけど、タンクがあって、置き場所に困るやつでしょう。あれほんとに効くの」
「昔のやつはタンクがあったけど、今はすごいコンパクトになったんだよ。
見せてあげるから待ってて」
そういって持ってきたのは、電動歯ブラシと変わらないぐらいのスマートなもの。



胴体の蓋をあけて、そこに水を入れる。
まるでアイロンみたい。
充電式で、小さいから旅行にも持ってゆける。

「昔の大きなのは、僕も好きじゃなかったんだけど、これはおすすめ。
水圧でフロスが届かない場所もきれいになるんだよ」

なるほど。
お値段は7000円ぐらい。
これを買わずにおられようか。

かくして、今日からウォーターピックの愛好者となることになった。
夫も一緒に使いたい、と言うので二人でウォーターピック入門である。
さっそく使うと、大変具合はいいのだけれど
洗面所の鏡も、自分の手も顔もびしょ濡れになる。
それを見た夫。
「使うとき、口を閉じて使うんだよ。説明書に書いてあるよ」
ナルホド!!
説明書を読まないのが私だ。
たとえそれが日本語であっても。(自慢か)

電動歯ブラシと、念入りなデンタルフロス、さらにウォーターピックで
私の歯磨き時間はたっぷり5分以上かかることになるが、
日々のこういう積み重ねだけが、健康な歯を維持できるのだ。


私は毎朝コーヒーを飲み、職場では緑茶を飲むので、
うっすらと歯に色がついているという。
飲み物は、できればストローを使うか、
色の濃いものを飲んだら、できるだけ水で口をすすぐだけで
歯の変色はかなり防げるらしい。
見た目に美しく、歯並びのいい歯がステイタスのアメリカ。
日本の昭和の時代に育った私は、歯並びを矯正することもなく、大人になった。
八重歯がチャームポイントだなんて言われた時代だ。
日本人が矯正や、歯の美しさを気にするようになったのは、ごく最近のことじゃないかと思う。
ここにいると、40代でも歯の矯正を勧められる。
気を付けて見ていると、歯並びがきれいな人が本当に多くて、
口をあけて笑うのをはばかられることがある。

今更矯正をしようとは思わないけれど、
できる限り健康な歯と歯茎を維持しようと、かたく心に誓っている。