Gomaler's~神社仏閣巡り~癒しを求めてⅢ

主に関西の神社仏閣巡りと御朱印が趣味です。
生きた証として好き勝手に書いております。(笑)

花園神社(2022年4月10日参拝)

2022年07月23日 | 神社
続いて新宿では規模の大きい花園神社へ向かう。



途中で日清食品ホールディングスの東京本社発見。
私は日清U.F.O.派です。(笑)

ほどなくして花園神社に到着。


所在地:東京都新宿区新宿5丁目17番3号
御祭神:倉稲魂命・日本武尊・受持神
創建:不明
社格:郷社


【由緒】
徳川家康の江戸開府(1603)以前から新宿の総鎮守として重要な位置を占めていました。
徳川氏が武蔵野国に入った1590年より前に、大和吉野山より勧請されたとされています。

寛政年代に朝倉筑後守という旗本がこの周辺に下屋敷を拝領した為、
社地は朝倉氏の下屋敷の中に囲い込まれ、そこで幕府に訴えたところ、
現在の場所を拝領することになりました。

その場所は徳川御三家筆頭の尾張藩下屋敷の庭の一部で、
たくさんの花が咲き乱れていたそうです。

この美しい花園の跡に移転したので花園稲荷神社と呼ばれたのが社名の由来とされています。
花園という名称が正式なものになるのは後代のことで、稲荷神社または三光院稲荷とも呼ばれ、
さらに江戸時代には地名にちなんで四谷追分稲荷とも呼ばれていたようです。

三光院稲荷と呼ばれたのは明治維新以前には神仏習合により、
神社と仏教寺院が同時に祀られることが多く、
花園神社も真義真言宗豊山派愛染院の別院である三光院が合祀され、
住職が別当を兼ねる慣わしだったためであるといわれています。

しかし、その三光院は明治元年 (1868)に維新政府が祭政一致の方針に基づき神仏分離令を発布し、
廃仏毀釈が進む中で花園神社と分離され、本尊は愛染院に納めて廃絶となりました。

昭和3年(1928)雷電稲荷神社を合祀、郷社に昇格した。昭和40年(1965)本殿に建て替えられ、
その際に末社・大鳥神社(祭神:日本武尊)を本殿に合祀し、社名を花園神社に改めた。


【大鳥居】


平成8年に建立された若い鳥居です。


【参道】



【拝殿】




昭和40年(1965)建立されたもの。

立派な拝殿でまずはお参り。


【宝物殿】




本社神輿と雷電神輿の二基と獅子頭が納められているそうです。


【桜】



【威徳稲荷神社】





【狛狐】





【威徳稲荷神社】




富士塚のようなものを上に祠と見慣れたブツが。
わざわざタマ金も置いてあるとはやりますな。(笑)


【芸能浅間神社】







【藤圭子歌碑】



【御朱印】


これにて本日の参拝終了。

その後、所用を終わらせ帰宅の途へ。


【牛タン弁当】




東京駅の利休で牛タンを食べたかったが時間がなくて弁当。
普通に美味しかったです。