2021年5月15日の朝日新聞beの「はじまりを歩く」が、「お伊勢参り」を取り上げ、「御師」についても触れていた。
御師とは、日本中世においては神職(権禰宜層)であり、信仰の布教者であった。しかし、近世では、民衆の寺社参りが盛んとなるにつれ、「神人」の性格を失い「商人」化する。伊勢では、神宮との組織的関係を断ち、独立した「口入れ神主」と化した。御師の数は江戸中期頃には600家以上あったようだ。また、それぞれの御師は縄張り「カスミ」を定めていた。
御師の主な商業活動は、毎年一度、縄張り内の「檀家」に「大神宮」と書かれた「神札」(神宮大麻)を配布する事で、大麻は檀家が神宮に参って、祈願すべきところを、御師が代行して祈願したものとする、証印であった。
神宮大麻に次ぐ「商品」は「音物」といわれた伊勢みやげの類であった。また、御師の大きな収入源は、伊勢神宮に参る檀家に宿を提供する事であった。御師の家に宿する檀家は、神饌料(御供料)・神楽料・神馬料を奉納という名目で支払う慣習であったが、いずれも御師の収入(諸々の祈祷はすべて御師の家で行われた)となった。ちなみに御師の商業活動を今日の旅行業務に照らしてあげると、
縄張り「カスミ」の管理(顧客管理)、伊勢講の組織化(ツアーの企画)、「講」金の管理(旅行積立金の運用)、道中手代の派遣(ツアーコンダクターの添乗)、出迎え(送迎)、祈祷、参宮の案内(ガイドの手配)、宴会のもてなし(宴会のセッティング)、宿泊の世話(宿泊の手配)、みやげの手配(土産の斡旋、記念品の贈呈)、古市への案内(歓楽街へのガイド)などである。
以上の事から、御師とは現在のように分業化する前の総合的な旅行業者、元祖旅行業者といってよい存在だったのである。
(2021年5月16日投稿)
追記:神聖天皇主権大日本帝国政府は神道国教化のため、1871年、寺社領の上知令、神社の社格制定、氏子調べ制度の新設など、重要措置を相次いで実施した。5月14日には神社はすべて国家の祭祀であるとの太政官達を出し、全神社の公的性格を確定した。全神社の本宗と定めた伊勢神宮に対しては、7月、近衛忠房を神宮祭主とし、神祇官の直接の指揮下で、改正を行った。内外宮の別を明確にし、内宮を上位に置き、祠官の職掌を改め、伝統的に「御師」が持っていた「大麻」(神札)や「神宮歴」の製作配布権も取り上げ、本宗にふさわしく作り変えられたのである。