A新聞報道によると、大阪市教育委員会は2015年8月5日、来年度から中学校で使用する「歴史」と「公民」教科書に「育鵬社」版を採択した。大阪市では初採択。教育委員による多数決で決定。2社に絞って多数決となり、いずれも4対2で「育鵬社」が多数に。ただ、採択後、大森不二雄委員長が「採択された教科書がすべての生徒、保護者に納得のいくものであると信ずべき根拠はない」として次点で採択されなかった教科書の副教材化を提案。公費負担を前提に検討する事になった。大森委員長は「それぞれを知る事によって、より深い社会認識につながる」と語った、とある。
育鵬社は07年に設立され、「新しい歴史教科書をつくる会」元会長の八木秀次・麗澤大教授らが編集した。内容は、歴史ではアジア太平洋戦争の記述で「植民地支配されたアジアの解放」を強調。東京裁判については「戦勝国の一方的な裁判」という視点から特設ページを設けている。公民では「個人が家族より優先されるようになると、家族の一体感は失われていくおそれがあります」と記述するなど、敗戦までの大日本帝国憲法下の家族観を重視する内容も盛り込む。
さて、採択の真相はどのようなものだったのか、「グループZAZA」の傍聴報告をもとに簡潔に紹介しよう。
1、密室で採択……7月31日の時点で、場所も傍聴人数も決まっていなかった。市教委は場所の公表は早くても8月3日になるとしていた。当日、傍聴者を採択会議場に入れず、別会場で音声映像の生中継を視聴させた。発言は聞き取りにくい上に中継は頻繁に中断した。高尾委員は、育鵬社と同じフジサンケイグループの重職を歴任し、育鵬社教科書の共同事業者である日本教育再生機構の機関紙『教育再生』に何度も寄稿し、育鵬社の利害関係者にあたるとの指摘に対して、市教委は誠意ある回答をしてこなかっただけでなく、寄稿について「軽率とは思わない」と回答。
2、論議なしの採択
「歴史」……内容についての審議はほとんどなし。高尾委員と大森委員長が教育観や歴史観についての持論を演説したあと、育鵬社と帝国書院に絞り、それぞれどれを一位にするかを表明したあと、挙手で採択決定。結果は育鵬社4名(高尾、帯野、林、山本)、帝国書院2名(大森、西村)。山本教育長は一切意見表明しなかったが育鵬社に挙手。
「公民」……高尾委員が育鵬社を強く推薦。「育鵬社が人権記述が最も充実している。なかでも異文化理解が良い」と称賛。大森委員長は、各社の採点表を出した。育鵬社と日本文教出版がともに14点で最高、東京書籍はマイナス19点で最低。これは安保、防衛に重点をおいて採点したもので極めて恣意的なもの。大森委員長は歴史とのつながりを理由に育鵬社を第一位に挙げた。挙手による採択結果は育鵬社4名(高尾、大森、帯野、山本)、日本文教出版2名(林、西村)。「公民」でも山本教育長は一切意見表明しなかったが育鵬社に挙手。
3、大森委員長が複数教科書使用の提案
最後に突然大森委員長は多面的な学習を理由に、教科書の複数使用を提案。八重山教科書採択事件の時、下村文科相と朝日新聞社説が、竹富町に東京書籍と育鵬社の複数使用を提案した事がある事、熊本県では中高一貫中学校で副教材として育鵬社を使用している例を挙げ、歴史は帝国書院、公民は日本文教出版を補助教材として採用するという付帯決議を提案。帯野委員以外が賛成し、複数使用が決定。費用は2倍かかる。提案は、傍聴者にも印刷されて配布された事から、大森委員長の思い付きではなく、橋下市長の了解を得ていると考えられる。
4、教科書展示会の市民アンケート
市教委事務局によると、育鵬社に肯定的な意見が67.6%(779件)、否定的な意見が32.4%(374件)との事。今年の特徴は、日本教育再生会議だけでなく、ヘイトスピーチ集団も市民アンケートを呼びかけていた。
以上
「歴史」「公民」で育鵬社採択に至った原因は何か。そこにはここ数年間かけての橋下ワールドによる小中高校採択制度を改悪するための周到な準備が着々となされてきた事があった。
1、採択地区を全市1地区へ……2013年の市立高校の教科書採択で、次年度から各学校の「選定」を事実上認めず、教育委員会の独断採択を制度化する事を決めていたが、13年12月3日、市立小中学校の採択地区をこれまでの8地区から全市統一1地区へ方針転換。大阪市教委はその理由として、
➀採択地区がなくなる事で、市内での転出入を行った児童・生徒が必ず同一の教科書を使用する事が可能となるため。②市内全体を校区とする小中一貫校へ進学や編入した場合にも、すべての児童や生徒が同一の教科書を使用する事が可能となるため。③教材研究の成果を共有する事が容易となり教員の資質向上が期待できるため。④採択地区を1区に設定する事で、採択権者が1つの地区の採択を適切に行う事が可能となるとともに、業務の効率化も期待できるため。
としている。しかし、ここに見られる考え方は、教科書が「同一」である事は最良という短絡したものである。「無償措置法」第16条と閣議決定「将来的には学校単位の採択の実現に向けて検討していく必要があるとの観点に立ち、当面の措置として、教科書研究により多くの教員の意向が反映されるよう、現行の採択地区の小規模化や採択方法の工夫改善についての都道府県の取り組みを促す」(「規制緩和推進計画の再改定について」1997年3月28日)に意図的に反するものであり、育鵬社の採択数の大量増加を狙ったとしか思えない。
2、選定委員の人選に橋下市長が介入できる根拠を制度化……小学校教科書採択前の2014年5月の教育委員会議において「選定委員会規則」を定め、その第2条2項で「次に掲げる者のうちから教育委員会が市長の意見を聴いて任命」と規定し、市長の支持者を選ぶ事を可能にした。「次に掲げる者」には「「区担当理事」「教育に関し学識経験を有する者」「学校協議会の委員」「その他教育委員会が適当と認める者」などを挙げている。「区担当理事」は橋下市長が選んだ公募区長も含まれるが高野西区区長がどのようして選ばれたのかは不明。「学識経験者」3名の中に、神戸大学経済経営研究所所長と関西生産性本部事務局長が入っているが、どのようにして選んだのかも不明。
3、教科書の調査研究の観点(調査の観点)が、14年の小学校教科書採択時から、橋下ワールドの作った大阪市教育行政基本条例、大阪市教育振興基本計画に示された基本的な目標に基づいたものとされた。「愛国心」が追加されたのに対して、前回まで入っていた「人間尊重の精神に基づいて作成されているか」という項目は削除された。
4、14年の小学校教科書採択時から、学校調査会を完全に空洞化……前回まで学校調査は採択資料の中でも重視されてきたが、その方法を改悪し、今回からは学校調査会を設置するが全教員が参加する必要がなく、全教科について調査する必要もなくなった(学校調査会の人数は示されていない)。しかも、各教科書会社ごとに文章で「特に優れている点」「特に工夫・配慮を要する点」を報告するだけで優劣をつけず、学校としての採択希望が分からない報告となった。学校調査会の空洞化は、ILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」に反している。
※ILO・ユネスコの勧告「教育職は専門職としての職務の遂行にあたって学問上の自由を享受すべきである。教員は生徒に最も適した教材および方法を判断するための格別な資格を認められたものであるから、承認された枠内で、教育当局の援助を受けて教材の選択と採用、教科書の選択、教育方法の適用などについて不可欠な役割を与えられるべきである」
5、14年の小学校教科書採択時から、選定委員会「答申」も、候補の教科書を絞ったり推薦順位付けする事をやめた。15年の中学校教科書採択に際しては、4月7日付けで文科省が通知を出し、「採択教科書の決定に当たっては、教職員の投票によって決定されるような事はもとより、十分な審議や調査研究を経ずこれまでの慣例のみによって決定されるなどにより、採択権者の責任が不明確になる事がないよう、採択手続きの適正化に強める事」「調査員等が作成する資料においても、その資料及び評定について十分な審議を行う事が必要であり、必ず首位の教科書を採択・選定、又は上位の教科書の中から採択・選定する事とするなど、採択権者の責任が不明確になる事がないよう、当該評定に拘束力があるかのような取扱いはしない事」を要求していた。このようにさまざまな改悪を着々とすすめ教育委員会に権限を実質的に集中させ恣意的な独断採択への道を開いたのである。
6、橋下市長支持者で占められる教育委員会
○大森不二雄(委員長):元文部官僚で『「ゆとり教育」亡国論』の著者、教育政策ネットワークの代表幹事
○西村和雄:2000年当初から学力低下批判の急先鋒、『分数ができない大学生』の著者、教育政策ネットワークの代表幹事
○林園美:株式会社Z会で勤務経験、現在、日本公文教育研究会勤務
○山本晋次(教育長):市政改革室理事などを歴任
○帯野久美子:株式会社インターアクト・ジャパン代表取締役(大阪府とも取引のある英語教材作成、翻訳・通訳の会社)、教育委員会制度改悪に関わる中央教育審議会の委員
○高尾元久」産経新聞社大阪本社嘱託業務アドバイザー、日本教育再生機構機関紙『教育再生』に何度も寄稿
※前回の中学校教科書採択でも、大阪維新の会は育鵬社を採択するように大阪市教委に要請をしていた。
※今年の採択では、東証1部上場の不動産大手・フジ住宅で、会長が社員に、育鵬社の採択運動に協力させていた事が新聞報道された。社内では、会長名で育鵬社の教科書を称賛する文書が配布されたり、また社員には各地の教育委員会が採択するよう社員の住所地の市長や教育長らに手紙を書かせたり、各教委の教科書展示会でアンケートに答えるよう促し、「勤務時間中にしていただいて結構です」と書き添えていた、という。社員が実際に手紙を送ったとみられる自治体は関西に40以上あるという。
※自民党も安倍首相に近い議員でつくる「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」が、育鵬社を採択してもらうために、パンフレット「より良い教科書を子どもたちに届けるために」を作成し、地方議員が採択権限を持つ市町村教委に働きかけたようだ。
このような行為は今年4月7日付けの文科省通知に抵触する。……通知抜粋「円滑な採択事務に支障をきたすような事態が生じた場合や違法な働きかけがあった場合には、各採択権者が警察等の関係機関と連携を図りながら」とか「外部からの働きかけについて…過当な宣伝行為その他外部から不当な影響等により採択の適正、公正の確保に関し問題があると考えられる場合には、……文科省教科書課宛てに報告する事」
国民は、自民党や公明党や大阪維新の党や「つくる会」などの体質をハッキリと知る必要がある。彼らは紳士面をして国民に法治主義の尊重を主張しながら、自らは狡猾で法やルールに反した手段をとり、自己の地位や権力、富を守ろうとしているだけである。無法者の集団である。彼らが政治行政の権力を掌握し続ければ国民は彼らに都合よく利用された揚句に使い捨てられ、生活は破壊され、立憲主義、国民主権、民主主義、基本的人権尊重の日本国は崩壊する。(2016年2月24日投稿)