『戦争を善行と考えるか、悪行と考えるかで、戦争後の対応は異なる。それは、心を痛める事なく再び行えるか、それとも二度と行わないよう教訓を学びとり、継承するかにある』
1月27日はナチス・ドイツによるホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)を象徴するアウシュビッツ強制収容所(ポーランド南部オシフィエンチム。最大の収容所。約110万人を虐殺)がソ連軍によって解放された日(生存者約7500人)である。国連総会では05年11月、この日を「ホロコースト・インターナショナル・メモリアルデー」と決定した。今年2020年1月23日にはイスラエル・エルサレムの「ホロコースト記念館」で、アウシュビッツ強制収容所解放75年を前に、犠牲者追悼式典が開かれた。ちなみにアンネ・フランク一家の足跡は、1944年9月3日に一家全員がアウシュビッツ強制収容所へ連行された。同年10月28日にはアンネ姉妹はベルゲン・ベルゼン強制収容所へ移され、両親と別離。1945年1月6日アンネの母が死亡。同年1月27日アンネの父が解放された。同年3月始めアンネの姉が死亡。その数日後アンネが死亡(15歳9カ月。連行7カ月後)した。同年4月15日英軍によってベルゲン・ベルゼン強制収容所が解放された。
式典冒頭でイスラエル・リブリン大統領は「反ユダヤ主義や人種主義に対して、国際社会が団結して闘う事が重要だ。ホロコーストと第2次世界大戦の記憶は薄れつつある。私たちは記憶しなければいけないのだ」と訴えた。
ドイツ・シュタインマイヤー大統領は「ユダヤ人600万人の産業的大量殺人という、人間の歴史の中で最悪の犯罪は我が国の人々によって行われた。私は歴史的な罪の重荷を背負ってここに立っている。邪悪な精神は、反ユダヤ主義、人種主義、独裁主義といった新たな症状で表れている。ドイツ人は歴史から学んだと言えたら良かったが、憎悪が広がる中、そう語る事はできない」と述べた。
ドイツと三国同盟という軍事同盟を結んでアジア侵略戦争という悪業に邁進した神聖天皇主権大日本帝国の負の遺産を、戦後の自民党政権はもちろん、今日の安倍自公政権も引き受けて当然であろう。そう考えれば安倍首相もこの式典に参加し自己の考えを述べるべきだと思うがどうであろう。この点について今日までの日本のすべてのマス・メディアはまったく触れた事がないがこのような姿勢は如何なものであろうか。
1月27日のアウシュビッツ強制収容所解放75年式典では、収容所生還者、ポーランドのマリアン・トゥルスキ氏が語った。「最も経験を伝えたいのは若者たちだ。しかし、彼らが自分の苦労話を聞くのはつまらないと思うのは理解できる。私たちが1930年代のベルリンにいると想像してみよう。ある日『このベンチにユダヤ人は座るな』と言われる。『このプールに入るな』『この声楽隊には入るな』『ユダヤ人には17時以降しかパンを売らない』。差別は徐々にエスカレートする。だが、疎外される事に当のユダヤ人も、周りの人も、少しずつ慣れてしまう。気がつくと隔離され、収容所ができていた。」「アウシュビッツは急に空から降って来たものではない。憲法を守り、人権を守り、少数者の権利を守れば、悪に打ち勝てる。民主主義は少数者の権利を保護する事にかかっている。権力を握っている政府の行動に無関心になってはいけない。無関心になればアウシュビッツは空から降って来る」と。
また、別の収容所生還者レッサー氏は語った。「自分と異なる人も、同じ人間だ。憎しみを止め、理解し、一緒に生きていく。それを若い人たちに教えていかなければならない」と。
主権者国民の権利は、権力を握る安倍自公政権の行動に無関心になれば奪い取られていくものだ、という意味として理解しよう。諦めるのはまだ早い。権利を守るための闘い、民主主義を守るための闘い、共存共生を守るための闘いはこれからでもまだ間に合う。
(2020年1月31日投稿)