南京大虐殺紀念館(侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館)の前館長である朱成山氏(3代目、1992年~2015年)が2016年12月2日に3度目(1996年、2003年)の来日をした。日本各地で講演されたあと、13日には石川県金沢市で講演(主催:南京大虐殺・金沢講演実行委員会)された。その際、彼は「南京大虐殺の記録」が「記憶遺産」に登録されるまでにどのような経緯があったのか、また、その記録を管理する「紀念館」がどのような展示理念や目的のもとに活動してきたのかを語っているので要約して紹介しよう。それは、
「南京大虐殺の案件の世界記憶遺産への登録は中国人が初めにやろうとしたわけではない。当時、私たちはそれを世界記憶遺産に登録しようとは思っていなかった。実は、ユネスコの文化教育委員会の主席であったフィリピンの方で、カモン・パウラという女史が私たちの紀念館を訪れた時に、「マギー・フィルム」と「映写機」を見て非常に驚いた。その他の資料も見て、これは完全に世界記憶遺産に登録するに値する内容だ、これはぜひとも登録申請すべきではないかと言ってくれたのです。
そして、私たちは当初、広島原爆ドームやアウシュビッツ強制収容所と同じ「世界遺産」に登録しようかと思ったが、その後、フィリピンの女史の提案に基づいて記憶遺産の方を考慮するようになった。そして8年かけて資料を精査して申請するわけです。その中で特に注目すべきものは、「マギー・フィルム」と「映写機」、そして「当時の埋葬記録」と「戦犯裁判の記録」、そして、中国の別の都市の資料館にあった、「日本軍が後ほど南京で埋葬に関わった、その時の埋葬記録」などです。すべて原本で、一級資料のみを選定した。「ラーベの日記」とか「ヴォートリンの手紙」とか、非常に重要な物があるけれど、現物は私たちの館にはないので一級資料ではないという事で登録から外した。一級資料のみによる登録です」というものです。
そして朱成山氏はまた言う。「登録の審査には、世界各国から24人の委員が選ばれ、基準に基づいて判定する。その基準は、資料の真実性、世界的な意義、無二の非代替性などです」と。
ところで、ユネスコによる「南京大虐殺の記録」の登録決定(2015年)に対しては当時、安倍政権は強く反発した。また2016年には韓中日の市民団体が「慰安婦の記録」を同じ「記憶遺産」に申請したことから、安倍政権はユネスコに審査の透明性や関係国からの意見聴取など審査基準の変更を求め、分担金約39億円(米国が2011年にパレスチナがユネスコに加入したという理由で分担金を支払っていないため、日本が実質的に加盟国最大)の支払いを保留(2016年12月支払う)した。分担金支払い保留でユネスコに圧力をかけ、世界遺産の審査基準や方法を自己に都合よく変更しようとした安倍政権に対しては、松浦晃一郎元ユネスコ事務局長も「日本が自身の主張を貫徹するために分担金を支払わないのだとすれば稚拙だ」と述べていた。
このような安倍政権の動きに対しても朱成山氏は、「日本政府の反応は実に滑稽だった。日本政府の意見を取り入れていない、聞き入れていない、という事ですが、元々この世界記憶遺産登録の(審査)には、そういう過程というものがないのです。相手国のどうのこうのというのは全くない。例えば日本のシベリア抑留が登録されたが、日本はロシアに意見を求めて共同で申請したのですか。それはあり得ない事です。日本政府はユネスコの分担金を保留する、払わないという事をやっていると日本に来てから知ったのですが、こうした問題をお金の力でどうこうしようというのは世界の笑い種だと思います」と語っている。
しかし、産経新聞は5月7日、安倍政権が再び分担金の支払いを当分保留する決定した、と報道している。
安倍政権は分担金の最大負担国である立場を恣意的に利用して「韓中などがこの制度を政治的に利用している。審査の過程で関連国が意見を提示できる制度改善が必要である」としてユネスコを圧迫し続けたため、ユネスコ執行委員会も諮問委員会制度の見直しを進め、5月4日、中間報告を採択した。内容は「関係国の意見が登録可否の判断資料として使われる、関係国間の意見が異なる場合は関係国間の事前協議を要求し妥協が成り立たない場合には最長4年間の協議を経る」というもので、この中間報告は検討を加え10月の執行委員会で正式に最終採択が決定されるという。しかし、産経新聞によると、安倍政権はこの中間報告を即時適用する事を要求する方針であるという。
安倍政権は、「記憶遺産」に対して上記のような、なりふり構わぬ行動を見せているが、並行して安倍政権の傲慢さを打ち砕く新しい事実が明らかとなってきている。それは、参議院議員・紙智子氏が6月16日に提出した「国立公文書館から内閣官房副長官補室が本年入手した「慰安婦」関係文書に関する質問主意書」に対する答弁書を安倍政権が閣議決定したという事である。答弁書の内容は、「新たに発見した日本軍「慰安婦」資料として、いわゆる東京裁判及びアジア各地で行われたBC級戦争犯罪裁判の関係文書182点を本年2月3日に政府が入手した」事を認めた。また、「日本政府が存在を認めていなかった軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述が存在している」事を初めて認めた。さらに、日本軍「慰安婦」制度が「人道及び国際条約の侵反行為」であり、「戦争の放棄慣習に対する違反行為」であると裁判で認定され、「強制売淫の為の婦女子の連行、売淫の強制、強姦なる戦犯行為」として判決され、記述されている事を閣議決定で認めた。(この裁判(判決)はサンフランシスコ講和条約で日本政府が受諾している)、などである。この閣議決定は、これまでの日本軍「慰安婦」問題に強制はなかったとする安倍自民党政権の見解を大きく見直したものである。今後の安倍政権のユネスコに対してはもちろん韓国政府に対する姿勢や動きが興味深い。
それはさておいて、南京大虐殺紀念館の展示理念や目的についてであるが、朱氏によると主要なテーマを象徴する言葉を3つ掲示していると語っている。それは、「私は反日ではない」「南京市民は友好を願う日本人がたくさんいる事を知っている」とし、
1、マギー牧師の言葉「許す事はできる。しかし、忘れてはならない」
2、幸存者(被害者)である李秀英さんの言葉「歴史は残さなければならない。でも、恨みは残してはならない」
3、南京法廷の中国人裁判官の言葉「軍国主義の罪悪を日本の民衆の上に被せる事はできない。しかし、歴史を忘れれば同じ過ちを犯す事になる」
であるとの事。安倍自民党政権がいかに偏向しており視野が狭く独善的自己中心的で傲慢な体質であるかが見えてくる。
(2017年6月30日投稿)