2022年9月27日、安倍氏の「国葬」名の違憲違法の非合法葬儀を強行した岸田首相が、自身の「追悼の辞」にどのようなメッセージを盛り込んでいるのかを、思いつくまま読み解いてみよう。
まず、「追悼の辞」の最初に「従一位、大勲位菊花章頸飾」と安倍氏が受章している勲位名を述べているのは、安倍氏を「国葬」とする事が、敗戦までの神聖天皇主権大日本帝国政府における「国葬令」(1926年10月21日公布、1947年12月31日失効)に基づき正当なものであると表明しているという事である。「国葬令」第3条には、「国家に偉功ある者に対し、天皇の特旨により国葬を行う事ができる」とあり、「国家に偉功ある者」とは、複数の組閣経験と没日以前に最高位の「従一位、大勲位菊花章頸飾」を授賞している事などとなっていたからだ。戦前回帰をめざす岸田自民党首相としては当然の事だったのだ。また、国民の反対を押し切って強行実施したのは、実際はどうであれ、本来の「国葬」を実施したように後世の国民に思い込ませるために、歴史を捏造するためでもあった。そのためには、現行の憲法や法制度において違憲違法であろうと、国民の非難反対に遭い黙祷や弔意表明の協力を要請できず戦前のように実施できなかろうが、何が何でも「国葬」の名称使用にこだわったのである。これは意図的な憲法や法律の蹂躙であり、現行の民主主義政治体制国家体制を変更する政治テロ行為である。
岸田首相は、現行の民主主義政治体制国家体制を変更し、敗戦までの神聖天皇主権大日本帝国政府への回帰をめざした安倍自公政治を正当化し、積極的に支持し継承する決意を表明している。例えば、「この国の進むべき道を、聴衆の前で熱く語りかけておられた」「あなたは、まだまだ、長く、生きていてもらわなければならない人でした」「日本と世界の行く末を示す羅針盤として、10年、いや20年、力を尽してくださるものと、わたくしは、確信しておりました」「わたくしは、外務大臣として、その時代を生きてきた盟友としてあなたの内閣に加わり、一意専心取り組むことができたことを、一生の誇りとする」「(拉致事件について)わたくしはあなたの遺志を継ぎ、全力を尽くす所存です」「あなたが敷いた土台のうえに、持続的で、すべての人が輝く包摂的な日本を、地域を、世界をつくっていくことを誓う」などの表現に、安倍自公政治のすべての正当化と安倍氏に対する熱い支持の意思を表明している。偏向した憎しみや加害者意識のない正義感も含めて。
岸田首相が支持する安倍自公政治については、「次々と戦後置き去りにされた、国家の根幹的な課題にチャレンジした」事であると評価し、それはまず「私たちの国日本は、美しい自然に恵まれた、長い歴史と独自の文化を持つ国だ」という表現は神聖天皇主権大日本帝国政府への回帰の意志を伺わせる。具体的に「(安倍氏の)国民へのメッセージは、シンプルで明快でした。戦後レジームからの脱却。防衛庁を、独自の予算編成ができる防衛省へ昇格させ、国民投票法を制定して、憲法改正に向けた、大きな橋を架けた。教育基本法を改めて新しい日本のアイデンティティの種を蒔きました」と述べ、岸田氏は神聖天皇主権大日本帝国政府への回帰をめざす意志を明確にしている。
岸田首相が支持する安倍氏の安全保障政策については、「米国との関係を格段に強化し、日米の抑止力を飛躍的に強くしたうえに、インド、オーストラリアとの連携を充実させて「クアッド」の枠組みをつくった」「平和安全法制、特定秘密保護法など、我が国の安全は、より一層保てるようになった」とし、対中国、ロシア、北朝鮮に対する敵視政策を支持している。
岸田首相は、日本の青年たちに対し、安倍氏のように生きる事を勧め、ナショナリズムの高揚を煽っている。「『戦後レジームからの脱却』を実現するのは、私たちの勇気と、英知と、努力である。日本人であることを誇りに思い、日本の明日のために何をなすべきかを語り合おうではないか」と述べ、安倍氏を、「あなたこそ勇気の人であった」と讃え、青年たちのめざすべき理想の人物と述べているのである。
そして、岸田首相は、国民にはもちろん世界の人々に対しても、実態(米国追随の北朝鮮中国敵視政策のみの安保体制の強化や、沖縄県民の意志を無視した政治姿勢などなど書き尽くせない)とは全く正反対であり許すべからざる「欺瞞」を極めつくした言葉で安倍氏を称賛顕彰している。それが「日本と、地域、さらには世界の安全を支える頼もしい屋根をかけ、自由、民主主義、人権と法の支配を重んじる開かれた国際秩序の維持増進に、世界のだれより力を尽したのは、安倍晋三その人でした」というものである。この「国際秩序」というのは米国政府(また将来的には日本の自民党政府)以外の政府がリーダーであってはならないとする考え方のものである。
(2022年10月1日投稿、2日改訂)