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万博招致を狙う安倍自公政権大阪維新の会を翼賛する有名人「吉本芸人」は稼ぎと人気第一主義?倫理哲学はないのか

2023-12-30 20:12:29 | おおさか維新の会

※2017年11月18日に投稿したものですが、再度投稿しました。

 2017年11月12日、大阪御堂筋で万博誘致を紹介するイベントが実施された。たくさんの有名人や吉本芸人宣伝マンとして顔を揃えているようだが、あなた方には倫理や哲学はないのですか?どのような功績を残そうが、どのような人気を博そうが、真の人間の値打ちというのは、どのような倫理観や哲学を持っているかという事にこそ存在するものだろう。それが見失われたのが今日日本の人々の姿という事であろう。

芸人……ダウンタウン、今田耕司、中村鴈治郎、片山愛之助

有名人…千玄室、コシノジュンコ、本田圭佑、山中伸弥

 大阪維新の会の大阪府知事松井氏と大阪市長吉村氏は安倍政権と結託して、2025年に万博を大阪に招致しようとしているが、この大阪招致については、当初から府市民の大勢が反対している。その理由は、万博そのものの必要性を認めていないという事と、彼らが万博に使おうとしている税金を、博打商法である万博に使うのではなく、府市民生活の現に切迫した問題や、身近な生活や老後(高齢者)の生活に安心感を持てるような使い方を求めている事と、またそれ以上に否定すべき重大な問題としては、カジノ開設をしようとしているからである。あまりにも主権者府市民の意思を無視した施策であるからだ。

 しかし、安倍自公政権、大阪府知事松井氏、大阪市長吉村氏らは、それでも強引に、他でもなく自分たちのために、推し進めている。

 2017年7月26日に、2025年の万博の日本開催を目指す誘致委員会(榊原定征会長・経団連会長)と超党派の国会議員連盟(二階俊博・自民党幹事長)、松井大阪府知事ら関西の首長、企業の代表ら政財官400人余りが大阪で総会を開き、機運醸成や外交活動を今後加速させる方針を確認したという。そして総会後には懇親会が催されたという事である。

 さて、その懇親会の記事内容においても私は非常に不愉快な思いを感じた事がある。それは許し難いものである。それは、吉本興業のタレントである、西川きよしやハイヒール桃子・リンゴやNMB48の山本彩らが参加し、機運醸成のお先棒を担いで揃って気勢を上げているからである。

 吉本興業は「金のためなら何でもやる」「仕事であれば何でもやる」という事を自ら暴露したからである。西川きよしハイヒール桃子・リンゴもこれまでの日頃のテレビ番組では彼らの「信念」を感じさせる言葉を口にしていて好感を持っていたのであるが、今回の件で、それは建前である事を見せつけられ、改めて彼らの本音を見せてけられ、彼らには「価値観」「信念」などないのだ、「金のためには何でもやる」「人気のためなら何でもやる」のだ、「信用できない」のだという事を実感させられた。

 吉本興業やその演芸人らは、先のアジア・太平洋戦争下における演芸人の軍隊慰問動員部隊であった「わらわし隊」に対する反省は持ち合わせていない事がわかり非常に残念で寂しくなった。彼らは安倍自公政権大阪維新の会翼賛勢力・府市民扇動集団となっている自覚はないのだろう。この意識状況が恐ろしいのである。大阪府市民を国民を不幸に導くのである。大阪府市民は彼らに騙されない覚めた眼を失わず、自らの未来の生活を守らなければいけない。

(2018年3月3日投稿)

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自民党憲法改正草案「公益及び公の秩序」のテキストは幣原内閣「松本烝治自主憲法案」

2023-12-26 00:32:17 | 憲法

 安倍自民党内閣は、憲法改正に意欲を見せ、今夏の参院選で憲法改正の発議に必要な3分の2以上の議席獲得を目指している。自民党憲法改正草案はすでに2012年に国民に公表しており、自らの理想とし実現をめざす国家像を堂々と明確にしてきた。その大きな特徴は、国民主権の字句は存在するものの、実質的には内閣に権限を集中する「内閣政府主権」であり、その一方で、国民の「人権を制限」するものである。「」を重視するものといわれている。

 「」の重視の背景には、経済同友会の「憲法問題調査会」が出した2003年の意見書がある。それには「『自由』『権利』の名の下に、『』の概念を否定的にとらえる風潮への懸念がある」「人権を制限できる条件として現行憲法が掲げる『公共の福祉』の概念を明確にするため、どのような条件で権利が制限されうるのか明記する」と提案している。そして、それに応えて自民党憲法改正草案も『公共の福祉』の字句は、『公益及び公の秩序』という字句に変えている。草案Q&Aでは、「意味が曖昧で、わかりにくい。学説上は『公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない』という解釈が主張されている。『公益及び公の秩序』と改正する事により、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合だけに限られるものではない事を明らかにしたもの」とし、また、『公の秩序』と規定したのは、「『反国家的な行動を取り締まる』事をいとしたものではない。『社会秩序』の事であり、平穏な社会生活の事を意味する。個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけないのは当然の事。その事をより明示的に規定しただけで、これにより人権が大きく制約されるものではない。」としている。経済同友会の調査会委員長を務めた高坂節三・元伊藤忠商事常務は「エネルギー政策は、いわば『公』」であるという。

それでは「自民党憲法改正草案」のどこにどのように『公益及び公の秩序』の字句を使用しているのか。第2章(安全保障)の第9条(国防軍)の2項の3「……公の秩序を維持し、……守るための活動を行うことができる。」

第3章(国民の権利及び義務)の第12条(改訂:国民の責務)「……自由及び権利には責任および義務が伴う事を自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。」 Q&Aでは、「人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものである事も必要だ。現行憲法には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されているものがある、こうした規定は改める必要がある」としている。  

同じく第13条(改訂:人としての尊重等)「……。生命自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない。」 Q &Aでは、「天賦人権説に基づく規定ぶりを全面的に見直した」としている。 

同じく第21条(新設:表現の自由)第2項「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害する事を目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。」 Q&Aでは、「内心の自由はどこまでも自由であるが、社会的に表現する段階になれば、一定の制限を受けるのは当然。単に公益や公の秩序に反する活動を規制したものではない」としている。 

同じく第29条(改訂:財産権)第2項「財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。……」

ところで「公益及び公の秩序」という字句のテキストはどこにあるのだろうか。それは、「大日本帝国憲法とほとんど同様」という事でGHQが否定した、幣原内閣によって作られた自主憲法『松本烝治案』にあるのだ。これこそが、自民党のいう「自主憲法」の身近なテキストなのである。もちろんその原典は天皇制絶対主義日本風王権神授説に基づいた「大日本帝国憲法」である。

松本案』は、『帝国憲法』第8条第1項で「天皇は公共の安全を保持し又は其の災厄を避ける為緊急の必要に由り帝国議会閉会の場合に於いて法律に代わるべき勅令を発す」、第2項で「この勅令は次の会期に於いて帝国議会に提出すべしもし議会に於いて承諾せざるときは政府は将来に向かってその効力を失うことを公布すべし」とあるのを、「所定の緊急勅令を発するには議院法の定むる所に依り帝国議会常置委員の諮詢を経るを要するものとすること」と改訂。

同じく第9条「天皇は法律を執行する為又は公共の安寧秩序を保持し及び臣民の幸福を増進する為に必要なる命令を発し又は発せしむ但し命令を以て法律を変更することを得ず」の中の「公共の安寧秩序」を、「行政の目的を達する為に必要なる命令」と改訂。

同じく第20条「日本臣民は法律の定むる所に従い兵役の義務を有す」の中の「兵役の義務」を、「公益の為必要なる役務に服する義務」と改訂。

同じく第27条第2項は『帝国憲法』の字句をそのまま残し、「公益の為必要なる処分は法律の定むる所に依る」としている。

同じく第28条「日本臣民は安寧の秩序を妨げず及び臣民たるの義務に背かざる限りに於いて信教の自由を有す」を、「日本臣民は安寧秩序を妨げざる限りに於いて信教の自由を有するものとする」と改訂。

ここにおける「公益」や「公共」の字句の意味が何を指すかは明瞭である。それは「天皇を最高の支配者とする大日本帝国政府およびその政策」であり、「その大日本帝国政府が築いた社会秩序全般」で、「社会秩序」とは、「大日本帝国憲法」の「憲法発布勅語と上諭」(現行憲法の前文にあたる)に示された国家観臣民(国民)観である。『自民党改正草案』にも「前文」で「社会秩序」(国家観・国民観)の内容が示されているが、それは安倍政権にとっては当然の事であろうが、大日本帝国の社会秩序であった「天皇元首国家」「軍国主義の正当化」や、「尽忠報国精神」「挙国一致精神」「滅私奉公精神」「国威発揚精神」などと同様の内容である。

安倍政権は、『松本案』を現代社会に適合させるために若干の手直しをした『自民党憲法改正草案』を国民の前に、狂信的な使命と自信と誇りをもって公表しているのである。その内容が、時代錯誤で普遍的な価値観を踏みにじるものであるにもかかわらず。もしこの「野望」を実現させたとしても、「政府による人権否定」という特異性は、世界の人々から「日本政府の孤立」を導く事になるだろう。

(2016年5月5日投稿)

 

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「対米英宣戦の大詔」についての東京朝日新聞の社説

2023-12-13 11:47:48 | アジア・太平洋戦争

 神聖天皇主権大日本帝国政府は、「対米英宣戦の詔書(天皇の言葉、命令)」を、真珠湾奇襲攻撃開始(日本時間12月8日午前3時20分、ハワイ時間7日午前8時20分、ワシントン時間7日午後1時20分)の約8時間後の日本時間8日午前11時過ぎに国民に発表した。その「詔書」について、当時のメディアがどのような役割を果たしたのかを知るために、東京朝日新聞8日夕刊の社説がどのような記事を載せたのかを以下に紹介しよう。

「事ここに至って帝国の自存を全うするため、ここに決然として起たざるを得ず、一億打って一丸とした総力を挙げて勝利のための戦を戦い抜かねばならないのである。いま宣戦の大詔を拝し、恐懼感激に堪えざるとともに、粛然として満身の血のふるえるのを禁じ得ないのである。一億同朋、戦線に立つものも、銃後を守るものも、一身一命を捧げて決死報国の大義に殉じ、もって宸襟(天皇の心)を安んじ奉るとともに、光輝ある歴史(神国の歴史)の前に恥じることなきを期せねばならないのである」

と、国民を鼓舞激励したのであった。

ついでながら、東条内閣(1941年10月18日~1944年7月18日)の大蔵大臣であった賀屋興宣(戦没将兵の単なる遺族互助団体であった「日本遺族厚生連盟」を「日本遺族会」と改称し右傾化させた)の言葉(迫水久常『機関銃下の首相官邸』)も紹介しよう。

「全力を尽くしてみたが残念ながら、戦争を阻止できなかった。今ごろは真珠湾を攻撃しているはずである。私は開戦に反対であったが、開戦となってしまっては、勝つべく全力を捧げるほかはない。そこで心配なのは、今朝の株式相場だ。国民は内心開戦に反対で、戦争の前途に危惧を持っているのであろうから、ひょっとすると今朝の株式相場低落するかもしれない。それでは開戦の初期から国民の士気にも関係すると思うから、何とか今朝の寄り付き相場は前日の引け相場よりも少しでも高くしておきたい。ついては、君に全権を任せるから、今朝早く取引所へ行って、しかるべく善処してほしい。」

また、斎藤茂吉(歌人)の「開戦」を紹介したい。

「たたかひは始まりたりといふこえを聞けばすなはち勝のとどろき

たぎりたる炎をつつみ耐へしのびこらへ忍びしこの国民ぞ

やみがたくたちあがりたる戦を利己忘慢(自分だけの利益を計り、やるべき事を怠る)の国国を見よ

何なれや心おごれる老大(年寄り)の耄碌(もうろく。喧嘩・ゆすり・踏み倒しなどする悪ずれした者の意?)撃ちてしやまむ(敵を撃つまで戦いを止めない)

(「文芸」1942年1月号)

(2023年12月13日投稿)

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対米英宣戦の大詔(詔書)にみる昭和天皇の外交認識と目論見

2023-12-11 20:20:49 | アジア・太平洋戦争

 神聖天皇主権大日本帝国政府は、対英米宣戦の詔書(天皇の言葉、命令)を、真珠湾奇襲攻撃開始(日本時間12月8日午前3時20分、ハワイ時間7日午前8時20分、ワシントン時間7日午後1時20分)の約8時間後の日本時間8日午前11時過ぎに国民に発表した。ちなみに、野村・来栖両大使が米政府のハル国務長官に最後通牒を手渡したのは攻撃から1時間後のワシントン時間12月7日の午後2時20分(ハワイ時間午前9時20分)で、交渉打ち切りの宣言のみで開戦の意志は明示していなかった。英国政府にはまったく事前通告なしに攻撃を開始した。 

 詔書(天皇の言葉、命令。攻撃開始8時間後の8日午前11時過ぎに国民に公表)の大きな特徴は、宣戦の相手国は「米英国」であり、この戦争の責任は神聖天皇主権大日本帝国政府の真意を理解しない中(米英)国側にあり、大日本帝国政府は無謬で絶対に正しく加害責任も一切なく、むしろ被害者でありこの戦争は「自存自衛のため」の戦争あるという認識を主張しているとともに、そのために「既存の国際法秩序を破砕する」と宣言している事である。

 大日本帝国政府が「無謬で絶対正しく加害責任も一切ない」という事に関しては「東亜の安定を確保し以て世界の平和に寄与するは丕顕(大いに明らか)なる皇祖考丕承なる(受け継ぐ)皇考の作述せる遠猷(遠大な計画)にして、朕が眷々(ひたすら)措かざる所、而して列国との交誼を篤くし万邦共栄の楽をともにするは之亦帝国が常に国交の要義と為す所なり」とするが、それが「今や不幸にして米英両国と釁端を開く(争いの始まり)に至る、まことに已むを得ざるものあり、豈朕が志ならむや」とする。その上で、

 中華民国政府に対しては、「先に帝国の真意を理解せず、濫りに事を構えて東亜の平和を撹乱し、遂に帝国をして干戈を執るに至らしめ、ここに四年有余を経たり、幸いに国民政府更新するあり、帝国は之(汪兆銘南京政権、日本の傀儡政権)と善隣の誼を結び相提携するに至れるも、重慶に残存する政権(蒋介石政権)米英の庇護を頼みて兄弟尚未だ牆に相せめぐを改めず、米英両国は残存政権を支援して東亜の禍乱を助長し平和の美名に匿れて東洋制覇の非望を逞しうせんとす、その上同盟国を誘い帝国の周辺に於て武備を増強して我に挑戦し、更に帝国の平和的通商にあらゆる妨害を与え、遂に経済断行を敢てして帝国の生存に重大なる脅威を加え、朕は政府をして事態を平和の裡に回復せしめんとし、隠忍久しきにわたりたるも彼は毫も交譲(互いに譲り合う)の精神なく徒に時局の解決を遷延せしめて、この間却って益々経済上軍事上の脅威を増大し、以て我を屈従せしめんとす」との認識を示し、その結果「東亜の安定に関する帝国積年の努力は悉く水泡に帰し、帝国の存立亦正に危殆(危うい状態)に瀕せり」とした。そして結論として「帝国は今や自存自衛のため、決然起って一切の障礙を破砕するの外なきなり、皇祖皇宗の神霊上にあり、朕は汝有衆の忠誠勇武に信倚(信頼)し、祖宗の遺業を恢弘(大きく押し広める)し速やかに禍根を芟除(刈り除く)して東亜永遠の平和を確立し以て帝国の光栄を保全せんことを期す」と国民に表明しその実現を命じているのである。

(2023年12月11日投稿)

 

 

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岸田首相が内閣府設置法を解釈変更し、安倍氏の「国葬儀」を閣議決定した法的根拠なきモデル

2023-12-10 19:47:46 | 国葬

 「国葬令」は、神聖天皇主権大日本帝国政府が1926年10月21日に、勅令「大正15年勅令第324号」として公布したもので、「国葬」の規定を明文化したものである。その第3条は「国家に偉功ある者」に対し、「天皇の特旨により国葬を賜う事ができる」としている。しかし敗戦後、「国葬令」は失効したので、「国葬」はなくなった。

 新皇室典範における葬儀の規定も第25条のみで、「天皇が崩じた(死去)時は、大喪の礼を行う」とだけある(2019年制定の皇室典範特例法では、上皇の崩じた(死去)時も大喪の礼を行う事を加えた)。これにより、1951(昭和26)年の貞明皇后(大正天皇の皇后)の死去時には「事実上の国葬」(国葬に準ずる)を実施したが「国葬」とは明確にせず、皇族については「国葬」を実施していない。2000(平成12)年に死去した香淳皇后(昭和天皇の皇后)も同様であった。

 敗戦後、「国葬令」失効後の1967(昭和42)年10月20日に死去した吉田茂元内閣総理大臣の葬儀については、佐藤栄作内閣総理大臣が「国葬儀」なる形式を閣議決定し、同年10月31日に日本武道館で実施した。この「国葬儀」なる形式による実施について佐藤自民党政府は、「国葬」と「国葬儀」とは異なるという欺瞞的詐欺的見解を主張し「国葬儀」を正当化した。しかも、「国葬儀」当日は、官公庁のみならず一般国民にも、黙祷や弔旗の掲揚行事や歌舞音曲の自粛を要求し「国葬」と変わらぬ状況を呈した。

 1968年5月の衆議院決算委員会においても、当時の田中龍夫総理府総務長官行政措置としての国葬儀である」と以下のような意味不明で根拠法も存在しない「国葬儀」なるものを正当化する屁理屈答弁を行った。

「今後これに対する何らかの根拠法的なものは作らないかという御趣旨でありますが、これは行政措置といたしまして、従来ありましたような国民全体が喪に服するといったようなものはむしろ作るべきではないので、国民全体が納得するような姿において、本当に国家に対して偉勲を立てた方々に対する国民全体の盛り上がるその気持ちを組みまして、その時に行政措置として国葬儀を行うという事が私は適当ではないかと存じます」

 1969(昭和44)年の参議院内閣委員会においても、当時の床次徳治総理府総務長官は、以下のような独善的な屁理屈答弁をしていた。

「今お話にありました国葬という事の意義自体が、今日の考え方と、あるいは過去において使いましたものと、必ずしも観念が合致していないのじゃないかと思います。この点はひとつ十分検討する必要がある。国民をあげて喪に服するという考え方、あるいは国の経費をもって葬儀を行う、この点、端的に申しますと、この二つの間にはかなり差があります。したがって、今後国葬というものを、どちらを主体にして考えていくかという事になりますと、なかなか、ご意見のように、国をあげて喪に服するという事になると、やはり一つの形が考えられるわけでありまして、この点は十分ひとつ検討すべきものと考えておりますので、さよう申し上げた次第であります。

 只今御引用になりました吉田元総理の葬儀につきましても、国葬儀として取り扱うという事になって、儀という字が入っておる。国葬そのものではないところに、その当時色々検討致しました結果、ああいう取り扱いになったと承っておるのでありまして、御意見もありますが、しかしこの点は十分検討致したいと思います」

 つまり、「国葬」とは、国費をもって葬儀を実施するだけでなく、国民あげて喪に服する事を要求するものであり、「国葬儀」としたのは、政府が経費を出して葬儀を実施するだけのもので、区別すべきであると、依拠する法律もない事を無視して非合法の「国葬儀」(事実上の「国葬」)実施を正当化する答弁をしていた。

 岸田文雄内閣総理大臣は、上記のような吉田茂の「国葬儀」強行のための詐欺的屁理屈手法をテキストとし、さらにそれに加え、国会でも国民間においても共通認識となっていないにもかかわらず突如、内閣府設置法第4条第3項33号を「国の儀式である国葬儀行政権の作用に含まれる」という再びの詐欺的屁理屈で解釈変更し、むりやり根拠法に仕立て、2022年に安倍晋三元内閣総理大臣を「国葬儀」と閣議決定し、同年9月27日に実施したのである。これでは法の支配もなく法治主義でもなく自公政権が権力を濫用して国民を支配する独裁国家にすぎない。

(2023年4月7日投稿)

※2023年7月3日、松野博一官房長官は記者会見で「国葬儀として執り行う事を決定した場合には国会に対して説明し、終了後は概要を国会に報告する事が適当であると考える。時の内閣において責任を持って判断していく(明文化しない)」などと述べた。法制化しない事は、政府がよく主張する「法の支配」の尊重の下では、今後政府は「国葬」を実施するよりどころとなる法律が存在しないのであるから、「国葬」は実施出来ないと理解するのが常識的な理解である。それでもなお上記のような理屈を主張し「国葬」を強行実施するならば、それは「非合法」行為であり、「犯罪行為」と見做されても仕方がないと警告する。主権者国民憲法に則りそのように理解している。自公政府は上記のような「非常識な理屈」を懲りずに改めて再び主権者国民に押しつけているが。自公政権はその思考様式や政治姿勢が独善的で非民主的で今日通用しない事を自覚すべきだ。

(2023年7月28日投稿)

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