2016年3月31日に公表された『「主権者教育の推進に関する検討チーム」中間まとめ~主権者として求められる力を育むために~』の内容について、新聞が載せた。
主権者教育を推進する方法として、地域行事への主体的な参加促進や高校生向け副教材の使用状況を調べる事などを盛り込んだ。「手伝いの推進」もその一つだ。チームトップの義家弘介文科副大臣は「家庭を守らずに地域を守れるか。地域を守れずに日本を守れるか」「国がこんなお手伝いをしなさいという事ではないが、学校が評価する事は必要」と説明。子どもたちが手伝いの内容を記した日記を学校に提出するなどの取り組みを広げる考えという。
新聞は見出しで、「お手伝い」が主権者教育?と疑問を呈し、識者のコメントには、「子どもの主体的な行動より、大人の期待に応えさせる思惑が感じられる」「家庭教育と学校の主権者教育は別だ」「しつけに偏った印象だ。政治的問題を家庭でどう話し合うかという点にも触れるべきだ」などを載せている。
この記事の限りでは「お手伝い」の事を中心に問題としているかに思われる。しかし、この「主権者教育中間まとめ」における問題はそれ以上に大きな問題を含んでいる。
それは、「中間まとめ」の「2、主権者教育の基本的な考え方について」の内容に示されている「主権者教育の目的」である。それによると、「単に政治の仕組みについて必要な知識を習得させるにとどまらず、主権者として社会の中で自立し、他社と連携・協働しながら、社会を生き抜く力や地域の課題解決を社会の構成員の一人として主体的に担う事ができる力を身につけさせることとした。このような主権者教育を進めるに当たっては、子供達の発達段階に応じて、それぞれが構成員となる社会の範囲や関わり方も変容していくことから、学校、家庭、地域が互いに連携・協働し、社会全体で多様な取組を行う事が必要である。また、取組を行うに当たっては、学校等のみならず、教育委員会等の地方公共団体の関係部署が、積極的な役割を果たす事も重要である。」としている点。
また、「3、主権者教育の推進方策についての【1】の1」で「平成27年12月に全国のすべての国公私立高等学校等に配布された副教材が有効に活用されるよう、今後、平成28年中に実態把握のための全校調査を行う。さらに、優れた取組を行う高等学校等の指導方法等について調査・分析し、その結果を共有する事により指導の充実を図る」としている点。
「【2】社会全体で主権者教育を推進する取組について、の(2)学校、家庭、地域の連携・協働による子供達の社会参画の機会充実、の1の地域住民参加型の多様な活動の実施や地域の多様な人材を構成員としたネットワークの構築」で「国家・社会の形成者としての意識を醸成するためには、グローバルな視点で国家的な課題等を知る事と同様に、ローカルな視点で身近な社会の課題などを知る事も地域を作り、支えるためためには重要である。身近な社会の課題などを知り、地域の構成員の一人としての意識を育むためには、学校だけではなく、地域資源を活用した教育活動・体験活動や、子供が、地域行事などについて、単なる参加者ではなく、主催者の一人として参画し、主体的に関わる機会などを意図的に創出していく事が必要である。そのため、平成28年1月に文部科学省が発表した「次世代の学校・地域創生プラン」でも掲げられている「学校を核とした地域の創生」などの観点を踏まえ、土曜日の教育活動、放課後子供教室、学びによるまちづくり、親子で参加・参画する地域活動などの地域学校協働活動や、社会奉仕活動などの体験活動において、より多くの地域住民が参画した発展的な活動が実施されるよう、地域と学校との連携・協働体制を構築する。また、こうした地域学校協働活動等が多様かつ継続的なものとなるよう、退職教職員や教員志望の大学生などの地域における多様な人材を活用するとともに、それぞれの活動を個別に支援するだけではなく、コーディネート機能を強化し、連携・協働型の取組の推進を図る。」としている点。
そして、「2子供の生活習慣づくりの推進」として「子供達が家庭において、基本的な生活習慣や社会的なマナーを習得し、自立心を養う事ができるよう必要な家庭教育環境の整備を進める。また、子供達が構成員としてお手伝いなどの役割を担い家族の一員として主体的に家庭生活に参画する取組を進める。」としている点である。
新聞は最後の「お手伝い」だけを問題視しているが、このまとめに書かれている内容は、国民、家庭、学校、地域すべてを動員して、政府の指示のもとに「統合」「統制」しようとするものである。そして、このモデルは、日中戦争勃発後に「挙国一致」体制を持続するために実施された「国民精神総動員運動」であり、「主権者教育」なるものはその復活をめざすものなのである。平成版「国民精神総動員運動」なのである。
1937年8月24日、近衛内閣は「国民精神総動員実施要綱」を閣議決定。「挙国一致堅忍不抜の精神を以て現下の時局に対処すると共に今後持続すべき時難を克服して愈々皇運を扶翼し奉る為官民一体となりて一大国民運動を起こさんとす」として実施決定。9月11日には、政府主催の国民精神総動員大演説会をひらき、「挙国一致」「尽忠報国」「堅忍持久」の3つのスローガンを掲げ運動の開始を呼びかけた。運動の推進団体として、運動が民間から起こった自発的な運動であるかのような外観をもたせるために「中央連盟」を結成。在郷軍人会などの軍人団体、愛国婦人会・国防婦人会などの婦人団体、大日本連合青年団・壮年団中央協会などの青壮年団体、全国神職会・仏教連合会をはじめとする教化団体など74団体、その多くは工場主・小売店主・地主・教員・神官・僧侶など地域の有力者。地方組織は道府県単位の総動員地方委員会が中心となり、地方官庁がこれに協力する形式をとった。このようにして上からの組織化を進め、神社・皇陵の参拝、勅語奉読式、武道・ラジオ体操の奨励、清掃などの勤労奉仕など様々な儀式や行事を通して、天皇制(神聖天皇主権)イデオロギーを浸透させて国民統合を強め、自発的な戦争協力態勢づくりに力が注がれた。1940年9月11日、内務省は運動の実行単位となる「実践網」整備のため「部落会町内会等整備要綱」を発し、全国くまなく部落会・町内会・隣組などの隣保組織を整備し、常会を開設するよう指示した。「整備要領」では、隣保組織の目的は「国民の道徳的錬成と精神的団結を図る」組織であり、「国策をひろく国民に透徹せしめ国政万般の円滑なる運用に資せし」め、「国民経済生活の地域的統制単位として統制経済の運用と国民生活の安定上必要なる機能を発揮せしむること」とされた。部落常会や隣組常会などには、構成員全員の出席が原則。常会は、宮城遥拝、皇軍の武運長久祈願および「英霊」への黙とう、国歌斉唱のあと、諸事項伝達、協議・懇談に入るのが一般的。常会では申し合わせが行われたが、違反者には制裁が加えられた。申し合わせは強制力として働き同調を余儀なくされた。つまり、「非国民」という言葉の発生。
1942年8月14日、部落会・町内会・隣組など隣保組織は大政翼賛会(1940年10月12日結成)の下部組織へ正式に編入、両者の一本化がなされた。
(2016年4月8日投稿)