昨日は荒れた天気になりました。夜はまるで台風のような暴風雨で、滅多に締めない雨戸を閉めて寝ました。竜巻が襲ってきて、家が壊れるのではないかと不安でした。
昨夜9時から、地下鉄サリンのドキュメンタリードラマを見ました。なくなった霞ヶ関駅の職員高橋さんの役を、夢の遊眠社出身の羽場裕一さんが演じていました。彼も、50歳の役をするような年配になったのですね・・・。
あの事件は、私がまだ会社勤めをしていた頃に起きたもので、父は悪性黒色腫による入退院を繰り返していました(翌年、私は父の看病のために退職しました)。まだ賃貸団地に住んでいて、黒二毛ごまこは、夫よりも私になついていたのでした。地下鉄サリン事件が、あの阪神淡路大震災の2ヵ月後というのは、記憶にありませんでした。あんなに大きな事件が同じ年、それも2ヶ月のあいだに起こっていたとは・・。その後、村上春樹のノンフィクション「アンダーグラウンド」を買って読みましたが、読みきれないまま、放り出していたのです。ドラマを見て、今度はきちんと読破しようと思い、本棚の置くからやっと探し出しました。
犯罪被害者が、あまりにおろそかにされ、加害者の人権が大事にされるというのは、どうも納得がいきません。人を殺しておいて!という思いが沸いてきます。結局、麻原は一言も発言しないまま、死刑判決になりましたが、本当の真実は一体いつになったらわかるのでしょうか。私は一連のオウム事件には、あの坂本弁護士事件のときから気になっていたのです。行方不明になった頃、チラシが我が家の郵便受けに入っていました。坂本弁護士の住むアパートと距離的に賃貸団地が近かったんだと思います。
宗教とは、狂信的になるとそれはまさに恐怖の集団となるのですね。それは、国家も変わらないのではないでしょうか。シーシェパードも、動物愛護団体といいながら、狂信的であるのはオウムと変わらないと思うし、イスラムの原理主義はテロ集団になってしまうこともある・・。
どんな信条があるにしろ、他人を傷つける権利は誰にもないのです。自分がされていやなことは決して他人にしてはいけない、こんなこと、世界共通なことなのに。それに、ポアすることが救済になるというその考え、まさに余計なお世話ではないでしょうか!
生きていてこそ意味があるのです。他人も自分も、殺してはならない。当たり前のことなのに・・。
昨日のドラマを見るのに、夫に反対されました。彼はドラマが嫌いだそうです。私はあらかじめ、見るからと言っておいたのに・・・。彼も、狂信的宗教に近いくらい、排他的で偏狭な考えを持っています。いまさら、治らないのかも・・。どうやったら、マインドコントロールを解くことができるのでしょうか。といっても、彼の場合は他者からコントロールされたのではなく、生まれたときからの他者との関係を作るうえでの排他的反社会的な信条がしっかりできてしまったからなので、どうしたものでしょうか。それでも、ある意味そういうものは誰もが持っているものですが、あまり強烈過ぎるものは、どうしたらいいのか。人は本当に、変わらないものでしょうか。
今日、長谷川等伯を見に、出かけていきました。そこで何かを感じて、改心?してくれればいいのですが・・。私は、まあ、猫に小判の人間なので、今日は久しぶりにバゲットを焼くことにしています。一人で家にいるというのは、なんて気持ちが安らぐのでしょうか!
春の嵐が吹き荒れています。今日は黄砂もすごく飛ぶそうです。だkらあ、外には出ないほうがいいと思います(コンタクトレンズに強風と黄砂はとても迷惑)。