少し前のネット情報に、女優の岸恵子氏が取り上げられていた。
何でも、岸氏は8月11日に85歳を迎えられたらしい。
その岸氏が、取材陣からの「いつまでも変わらぬ美貌をキープされているが、美の秘訣は何ですか?」との問いかけに対し、「美しくはないですよ。ちゃんと歳をとっています。 頭もボケてきていますけど、自分に対する見栄とハッタリで何とかやっています。」と笑顔で応えたとの話題だ。
加えて、岸氏は「これまで経験したさまざまな経験が刺激になっている」と言い、「老けて見えないのは、苦労が多くて、さまざまな事件を見て、それに対処してきた日々が続いてきたからだと思いますね」とにっこり。 「だから、普通のおばあさんのようにやさしく、腰の曲がったいい年寄りになれないんですよね」と意外な悩みを打ち明けながら「でも、頭の中はボケています」と再び応えた。
(以上、ネット情報より一部を引用したもの。)
岸恵子氏といい、原節子氏といい、昭和の大女優氏達とはとにかく持って生まれたDNA資質として“お顔の作り”に恵まれておられる事は間違いないだろう。
(参考だが、私自身の特異的理由により昭和の大女優 原節子氏 には大いなる興味があるのだが…)
現在の女優氏達の場合、整形手術や各種美容術等々人工的手段が劇的に進化した事実により、一体全体ご本人の真の姿とは如何なるものなのか?? その資質が疑わしき人物が少なくない。
それに対し、上に挙げた岸恵子氏や原節子氏の場合、昔の映像を見ても今と同じお顔をされている。
原節子氏の場合、40代の若さで芸能界を去られその後二度と表舞台に出る事はないため、90代にて亡くなられる段階でどれ程の美貌を保たれていたのかは不明だ。
それに対し、岸恵子氏は若き頃より現在に至るまでずっとその姿を世に晒されている。 確かに、いつ見ても実に美しい。
冒頭のネット情報で紹介したように、それが「見栄やハッタリ」故であったり、あるいは「苦労が多く様々な事件をみて対処する日が続いた」故とおっしゃるその発言に十分な重みが感じられる。
まさに岸氏が85歳にして今尚輝くばかりに美しいのは、世間一般の、腰が曲がるのを阻止する努力もせず自然に任せて安穏と年老いた年寄り達(我が実母などその典型例だが)とは、その生き様に於いて大きな格差がある故だろう。
長野旅行から帰宅直後に、私は義母の病院受診に付き添った。
その時に実感させられたのは、面会する都度“確実に”老け行く義母の姿だ。
今現在尚お洒落好きで外見表面を繕う作業は欠かしていないにも関わらず、(自分では美しく着飾っているつもりのようだが)何ら美しくないその姿を日毎に実感させられる。
むしろ“外形だけを繕えば綺麗でいられる”、と信じているらしき義母のその安直な行動パターンが悲しくもある……
義母なりの苦労は余りある程ある様子で、それを私に会う都度、所かまわず“毒吐き”行動を繰り返す。 それを受け入れるのが我が保証人としての任務と捉え、聞き役に徹するのだが、それを実行する都度、こんな年寄りには絶対になるべきでない!と自分に言い聞かせる始末だ。
義母の人生、何処で如何に間違って現在「認知症」や「耳の聞こえの悪さ」に苛まれているのかを、私なりに分析するのだが…。
やはりそこには、岸恵子氏が発言されているような「苦労に自分で対処してきた」との経験値が貧弱過ぎる故と判断するのだ。
とにかく若き時代よりずっと“男好き”人生を歩んだ義母の場合、自分が好む男に可愛がってもらえる事が最大の幸福だったことであろう。 男に不自由する(と言うよりも、男関係が皆無とならざるを得ない)年老いた現在に至っては、義母にとって何らの楽しみも見つけられない有様なのだろう。
そうこうして生きた結果として義母は、岸恵子氏がおっしゃるところの「普通のおばあさんのようにやさしく腰の曲がったいい年寄り」にすらなれず、私を掴まえては“毒吐き”行動を繰り返すのだろう。
義母の病院付き添い当日に、施設のケアマネジャー氏との面談も実施した。
この施設のケアマネ氏は私と年齢が近く(私の方が一つ年上のようだが)、お互いに独身が長かった事もあれば子どもを高齢出産で産んだなる事実も同じ。 との背景もあり、価値観が一致していていつお会いしてもツーカーの会話が楽しめる相手だ。
そんな二人で、義母の今後半年の介護計画立案以外にも話が弾んだ。
義母に関しては、身体医学的状況として比較的平穏を保っている(一般的老化現象以外に特段死に至りそうな病状が皆無)との点でもお互いに一致した。
義母の特異的性癖(と言っては大袈裟かもしれないが、施設内でその種男関係事件も実際起こしケアマネ氏達にご迷惑をお掛けしている。)に関しては、おそらく今後その種の事件は起こりにくいであろう事実にも同意した。(ところが、これが起らない事実こそが義母にとって一番のストレスのようだが。)
何はともあれ、現在この世を生きている高齢者の実態を観察する事こそが、次世代に高齢域に達する我々にとっても勉強になる旨の合意もケアマネ氏と出来た事が収穫だ。
とにかく60代前半の今現在より、将来に向けた目的意識を失わず主体的に生きる意志を明確にする事が肝要だろう。
加えて、現在80代のお年寄り達が普通の事として実行してしまった“医療漬け・薬漬け”実態を撲滅するのも我々60代世代の役割ではないか!と、私からケアマネ氏に提案した。 (これに関しては、ケアマネ氏現在の立場上困難かもしれないが…)
とにかく80代後半に差しかかった女優岸恵子氏が、「頭もボケてきていますけど、自分に対する見栄とハッタリで何とかやっています。」と自らが応えられる事実が素晴らしい。
もうすぐ62歳にならんとしている原左都子だが。
今後共自分なりにきちんと年齢を重ね、私自身が80歳代後半に差し掛かった暁にも決して身内(特に自分よりも若い世代)に毒吐きなどせず、腰も曲げず、悠々と「見栄とハッタリで何とかやっています!」旨の宣言を世間に発表したいものだ。
何でも、岸氏は8月11日に85歳を迎えられたらしい。
その岸氏が、取材陣からの「いつまでも変わらぬ美貌をキープされているが、美の秘訣は何ですか?」との問いかけに対し、「美しくはないですよ。ちゃんと歳をとっています。 頭もボケてきていますけど、自分に対する見栄とハッタリで何とかやっています。」と笑顔で応えたとの話題だ。
加えて、岸氏は「これまで経験したさまざまな経験が刺激になっている」と言い、「老けて見えないのは、苦労が多くて、さまざまな事件を見て、それに対処してきた日々が続いてきたからだと思いますね」とにっこり。 「だから、普通のおばあさんのようにやさしく、腰の曲がったいい年寄りになれないんですよね」と意外な悩みを打ち明けながら「でも、頭の中はボケています」と再び応えた。
(以上、ネット情報より一部を引用したもの。)
岸恵子氏といい、原節子氏といい、昭和の大女優氏達とはとにかく持って生まれたDNA資質として“お顔の作り”に恵まれておられる事は間違いないだろう。
(参考だが、私自身の特異的理由により昭和の大女優 原節子氏 には大いなる興味があるのだが…)
現在の女優氏達の場合、整形手術や各種美容術等々人工的手段が劇的に進化した事実により、一体全体ご本人の真の姿とは如何なるものなのか?? その資質が疑わしき人物が少なくない。
それに対し、上に挙げた岸恵子氏や原節子氏の場合、昔の映像を見ても今と同じお顔をされている。
原節子氏の場合、40代の若さで芸能界を去られその後二度と表舞台に出る事はないため、90代にて亡くなられる段階でどれ程の美貌を保たれていたのかは不明だ。
それに対し、岸恵子氏は若き頃より現在に至るまでずっとその姿を世に晒されている。 確かに、いつ見ても実に美しい。
冒頭のネット情報で紹介したように、それが「見栄やハッタリ」故であったり、あるいは「苦労が多く様々な事件をみて対処する日が続いた」故とおっしゃるその発言に十分な重みが感じられる。
まさに岸氏が85歳にして今尚輝くばかりに美しいのは、世間一般の、腰が曲がるのを阻止する努力もせず自然に任せて安穏と年老いた年寄り達(我が実母などその典型例だが)とは、その生き様に於いて大きな格差がある故だろう。
長野旅行から帰宅直後に、私は義母の病院受診に付き添った。
その時に実感させられたのは、面会する都度“確実に”老け行く義母の姿だ。
今現在尚お洒落好きで外見表面を繕う作業は欠かしていないにも関わらず、(自分では美しく着飾っているつもりのようだが)何ら美しくないその姿を日毎に実感させられる。
むしろ“外形だけを繕えば綺麗でいられる”、と信じているらしき義母のその安直な行動パターンが悲しくもある……
義母なりの苦労は余りある程ある様子で、それを私に会う都度、所かまわず“毒吐き”行動を繰り返す。 それを受け入れるのが我が保証人としての任務と捉え、聞き役に徹するのだが、それを実行する都度、こんな年寄りには絶対になるべきでない!と自分に言い聞かせる始末だ。
義母の人生、何処で如何に間違って現在「認知症」や「耳の聞こえの悪さ」に苛まれているのかを、私なりに分析するのだが…。
やはりそこには、岸恵子氏が発言されているような「苦労に自分で対処してきた」との経験値が貧弱過ぎる故と判断するのだ。
とにかく若き時代よりずっと“男好き”人生を歩んだ義母の場合、自分が好む男に可愛がってもらえる事が最大の幸福だったことであろう。 男に不自由する(と言うよりも、男関係が皆無とならざるを得ない)年老いた現在に至っては、義母にとって何らの楽しみも見つけられない有様なのだろう。
そうこうして生きた結果として義母は、岸恵子氏がおっしゃるところの「普通のおばあさんのようにやさしく腰の曲がったいい年寄り」にすらなれず、私を掴まえては“毒吐き”行動を繰り返すのだろう。
義母の病院付き添い当日に、施設のケアマネジャー氏との面談も実施した。
この施設のケアマネ氏は私と年齢が近く(私の方が一つ年上のようだが)、お互いに独身が長かった事もあれば子どもを高齢出産で産んだなる事実も同じ。 との背景もあり、価値観が一致していていつお会いしてもツーカーの会話が楽しめる相手だ。
そんな二人で、義母の今後半年の介護計画立案以外にも話が弾んだ。
義母に関しては、身体医学的状況として比較的平穏を保っている(一般的老化現象以外に特段死に至りそうな病状が皆無)との点でもお互いに一致した。
義母の特異的性癖(と言っては大袈裟かもしれないが、施設内でその種男関係事件も実際起こしケアマネ氏達にご迷惑をお掛けしている。)に関しては、おそらく今後その種の事件は起こりにくいであろう事実にも同意した。(ところが、これが起らない事実こそが義母にとって一番のストレスのようだが。)
何はともあれ、現在この世を生きている高齢者の実態を観察する事こそが、次世代に高齢域に達する我々にとっても勉強になる旨の合意もケアマネ氏と出来た事が収穫だ。
とにかく60代前半の今現在より、将来に向けた目的意識を失わず主体的に生きる意志を明確にする事が肝要だろう。
加えて、現在80代のお年寄り達が普通の事として実行してしまった“医療漬け・薬漬け”実態を撲滅するのも我々60代世代の役割ではないか!と、私からケアマネ氏に提案した。 (これに関しては、ケアマネ氏現在の立場上困難かもしれないが…)
とにかく80代後半に差しかかった女優岸恵子氏が、「頭もボケてきていますけど、自分に対する見栄とハッタリで何とかやっています。」と自らが応えられる事実が素晴らしい。
もうすぐ62歳にならんとしている原左都子だが。
今後共自分なりにきちんと年齢を重ね、私自身が80歳代後半に差し掛かった暁にも決して身内(特に自分よりも若い世代)に毒吐きなどせず、腰も曲げず、悠々と「見栄とハッタリで何とかやっています!」旨の宣言を世間に発表したいものだ。