原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

昨年の今頃は娘と夏のウィーン旅行計画を立て楽しんでいた…

2020年04月23日 | 旅行・グルメ
 (冒頭写真は、昨年7月に娘と二人で楽しんだウィーン旅行の写真集より。 宿泊ホテル近くの地下鉄 シェーンブルン駅 にて。)


 参考だが、我が3台目の旧パソコンを昨年11月に壊滅的に故障させ、中に保存してあった記憶全部をチャラにしてしまっている。 😱 
 その中に、冒頭のウィーン旅行写真600枚程も保存してあったのだが、そのすべてを失ってしまい…
 せめても、写真アルバムにして保存していたことに救われる思いだ。


 本日も、職場が“新型コロナウィルス対策”のため「自宅待機日」の娘が家にいる。
 つい先程まで、昨年7月に二人で出かけた「ウィーン旅行」の写真集を書棚から引っ張り出して懐かしんだ。

 昨年の今頃は、まさに娘と二人で「ウィーン個人旅行」の綿密な計画を立案し始めた頃だ。
 宿泊ホテルは既に決定していたため、その地に近い交通網を調査模索していた。


 2019.04.23付で本エッセイ集に記したウィーン旅行関連バックナンバーエッセイより、少し引用させて頂こう。

 さて、娘の仕事が休みの日に7月に旅するウィーン個人旅行の旅程詳細検討会を少しずつ実施している我々母娘だが。
 本日は、「ウィーンでの旅程移動手段」にテーマを絞って二人で検討会を開いた。
 と言うのも今までの娘との検討会に於いて、ウィーンでの主たる行先に関してはある程度の方向性を見い出せている。
 第一希望の「ウィーン国立歌劇場」でのオーケストラコンサートは、既にチケットをゲット済みだ。
 第二希望の「ドナウ川クルージング及びヴァッハウ溪谷方面小旅」に関しても、ウィーン現地オプショナルツアーに参加しようかとの見解で一致している。
 その合間を縫って、是非ともウィーンの世界遺産名所旧跡を見て回りたいものだ。
 その移動手段を如何にしようかと話し合うのが本日の検討会の主テーマだった。
 そして先程午後に、ある程度の結論が出た。
 上記「ウィーン交通路線図」を確認し、我々が宿泊するホテルの最寄り駅がウィーン地下鉄U4路線のHietzing駅であることが判明した。
 ホテル予約時にも直ぐ近くに地下鉄駅があることは把握していたが、この地下鉄駅からの発着を最大限利用する事で娘と意見が一致した。
 そうした場合、旅行雑誌情報によると各種「フリーパスチケット」を購入すれば、安価にてウィーン市街を回って歩けることが判明したのだ。
 そのフリーパスチケットの中で、我々母娘が選択したのが「ウィーンカード」だ。
 これは現地ホテルにても購入可能な上に、地下鉄・バス・トラムを72時間乗り放題に加えて、観光スポットの割引もあって たったの €19,90ー とお得だ!
 これをウィーン初日にホテルで購入してウィーン探索を楽しもうと娘と同意した。

 (以上、本エッセイ集バックナンバーより、一部を引用したもの。)


 “新型コロナウィルス騒動”などが勃発しなければ、今頃は娘と二人で今夏に行くはずだったコペンハーゲンの予習をしていたであろうに…
 嘆いても嘆ききれない虚しさに襲われそうだが、ここは大人になって今は自宅での自粛に耐えよう。😪 


 ウィーン写真紹介ついでに、他の作夏ウィーン旅行写真の一部を我が写真アルバムより転載させていただこう。

      

      

      

     
      


      


      


      
       メルク修道院にて。 左が私、右が娘。 まるでペアルックだが、決してそれを狙った訳では無く、偶然の一致。 どうしても我が娘が私の影響を受けているのは否めないが、我がサリバン力を思い知らされるショットではある。

      


      


 これらの写真は、ウィーン旅行課程のごく一部です。

 “コロナ自宅自粛”期間はまだまだ長期に渡るでしょうから、またの機会に続編を掲載させていただきます。   

貴方が一番集中できる勉強場所、って何処? ー vol.2 ー

2020年04月22日 | 自己実現
 4本前に公開した同表題の続編だが。


 もちろん、自室でも勉強を頑張った。

 特に思い出深いのは2度目の大学受験期だが、この時は医学関係者として昼間は通常通り勤務先へ通いつつの受験勉強だった。
 何分、勤務先へは“極秘”の受験のため、受験勉強を頑張っている事など口が裂けても言えない。
 何故職場に公開しなかったのかと言うと、もしも受験に失敗したならばそのまま医学業務を続けるつもりだったからに他ならない。
 
 この最後の1年間は、特別仕事内容がハードだった。
 職場から我が未来を嘱望されていたからに他なら無い。 この1年間の我が業績によれば、あわよくば「主査(この場合、部下のいない課長の意味合いだが)の椅子が保証されていた。
 それも「保険」として確保しておかねば、結婚願望など皆無の私だ。 うかうか社内で受験の話題など出して、その「席」をパーにしてしまっては先々の生活が大変だ。

 それ故に、職場の「付き合い」も怠ってはならない。 
 特に飲兵衛の私への周囲からの酒宴へのお誘いは数多かった。 必ずや出席して、2次会・3次会と付き合った(と言うよりは、主体的に楽しんだ。😛

 では、一体いつ自室にて受験勉強に励むかと言うと、もちろんその合間を縫ってなのだが。
 これがもの凄い集中力だったものだ。 時間が無い! と思う程に我が集中力は高まった。 
 
 1年後には見事大学「合格!」をゲットし、職場に初めて“合格”と“退職”を告げたところ、皆に「一体いつ勉強していたんだ??」と驚かれると共に、「こんなに急に辞められては迷惑だ!」との大反発を食らった。 
 (元某都市銀行頭取で我が社に引き抜かれた)副社長から「なんで辞めるんだ! 社会科学なんかボクが教えてやるから、この企業で医学を続けろ!!」との私にとっては忘れ難き最高の「贈る言葉」を頂戴して、30歳の春、私は医学の職場を去った… (この話題に関してはバックナンバーでも綴っております。)


 時は流れ、2度目の大学・大学院時にも当然我が家にて勉学に励んだ。

 この時にかなり困惑する事件があった。
 集合マンションの我がお隣の部屋に同年代の男性が一人で住んでいたのだが、その方が結婚した。 それはよしとして、隣室よりの夜な夜なの“営み”音声が我が家にまで響いてくるのだ…… 
 これには、心底集中力が途切れたものだ。 (いやはや参ったなあ、明日は大事な〇〇学の試験なのに…)と実に災難だった。
 昼間お会いすると実に可愛らしい“新妻”の奥様でいらっしゃるのだが、あの夜毎の音声がどうしても脳裏に霞んだものだ。

 そんな難所も乗り越え、私は大学・大学院を優秀な成績で卒業・修了した。

 
 高校教員時代も、引き続き勉学中心の生活だ。
 いえいえ、酒宴も恋愛も派手にやりまくったが。😜 
 とにかくそれに増して、一人暮らしの自宅では勉学を頑張ったものだ。


 現在に話を移すと。

 今パソコンを打っているこの机周辺こそが、私が一番集中出来る場所である。
 リビングルームの端っこなのだが、私がこの席に座ると、家族の誰もが邪魔をしない生活パターンが確立している。 
 時には、南側バルコニーの空の雲の動きや飛ぶ鳥を観察しながら、我がくつろぎの時間が今現在も経過している。 

“新型コロナウィルス”対策で、ランニングコースを変えてみた。

2020年04月21日 | 自己実現
 (冒頭写真は、我が家のバルコニーより撮影した一昨日の雲の様子。 本文と直接関係は無いのだが、この写真下部の住宅街の小道を新たなランニングコースとして検討してみた。)


 各種報道等でも既にご存じだろうが。

 首都圏の大規模公立公園内は、“新型コロナウィルス”による「緊急事態宣言」下に於いて、実際問題都民で“ゲロ混み”状態を余儀なくされている。😨 

 公園内は普段より混雑しているのだが、特に土日祝日に都立公園をランニングすると、その混雑ぶりに辟易とさせられる…
 (こんな大混雑ぶりを都や政府は放置しておいて大丈夫なのかなあ…) なる疑問符を抱きつつランニングをしたとて、身になりゃしない…

 
 都や政府より、この“公立公園内ゲロ混み”対策に未だ何らの言及も無い事実を鑑み。
 我が身息災は承知の上で、私は“ランニング練習場改革”に踏み切った。

 そのターゲットとしたのが、我が家の前面に位置する“閑静な住宅街”だ。
 この住宅街を通って我が家から徒歩11分の某私鉄線の駅へ行く機会が多いため、その道路が人も車も通行量が少ない事実を熟知している。 
 (参考だが、我が家から徒歩圏内の鉄道駅は4駅あるのだが、その最寄り駅は東京メトロ沿線某駅でそこまでは徒歩6分の道程だ。 こちらも閑静な街並で市民ランナーが多い場所ではあるが、私の感覚では駅近のため車両通行が多いのが気に掛かっている。)


 さて、とにもかくにもランニングをスタートした。
 
 初めて走る道に多少緊張感も伴いつつ、周辺の様子を伺う。 閑静な街並みと言えども、「公道」であることを常に心せねばならない。

 この日は、ランニングタイムは当然のことながら後回し。 ランニングコースと所要時間をあらかじめ予想しつつ、ゆっくり目に(とは言っても普段から全力で走っても“ゆっくり”としか走れていない身だが…😰 )進んで行く。

 某私鉄線の駅まで徒歩で11分程のため、おそらく1㎞弱の距離だろう。 我が家からのこのコースを2往復して約4㎞。  後は、自宅近くの我が娘が通った公立小学校の周囲を1周半するプランとした。  いつもこなしている5㎞よりも少し多めに走ったのは、一般道は交差点等で停止せねばならない事が多くその分のロスタイムを考慮したためだ。


 その結果とは。
 
 やはり走り慣れない所を走るのは、ストレスがあるものと実感させられた。
 特に一般道の場合、どうしても“全力疾走”は無理だ。 交差点では必ずや立ち止まり、通行人や車に配慮するのは当然の義務であり礼儀でもある。

 ただそれでも、我が家に程近い一般道を走れた事実を嬉しくも感じる機会を得た気もする。
 特に我が娘が十数年前に卒業した公立小学校周囲を1周半した時には、(ここであの子は転校後3年少しの期間お世話になったんだ…)なる思いが、人気(ひとけ)が全く無い校舎や校庭を横目に見つつ、我が心に何故か真摯に蘇ったりもした…😪 


 翌日の月曜日になり朝起きようとすると、我が身体の足部分に「筋肉痛」が押し寄せるでないか! こんなこと、ランニング歴10余年に及ぶ私にとって初体験だ。
 そう言えば、我が家の南側に面する閑静な住宅街はかなり急な「坂道」が特徴だったことを思い起こした。😲 
 これも試練かもしれないし、これを乗り越えれば我が脚ももっと鍛えられるかもしれない。

 などと甘い考えを抱きつつ。

 一体全体今後の都立公園等々現にゲロ混み状態現場の“新型コロナウィルス対策を、国家や東京都は如何に考慮しているのか?!?
 今一度問いたい思いだ!

ブログ私観 ー vol.2 ー

2020年04月20日 | 自己実現
 本日午前中に公開した「本日トータル閲覧数が500万…… 」のエッセイだが。

 あれを執筆せんとしたところ、何故かgoo編集画面へログイン不能となった。
 その後gooの文面指示に従い、パスワードを変更してみたりあれこれと苦労させられた。 結局やっと昼前になってgooの編集画面を開くことが叶い、昼食前の多忙な時間帯に慌てて綴り公開したのが、前エッセイである。
 これも、「コロナショック」の片鱗か??
 要するに、ブログ編集画面にその許容量を超えるブロガーが押し寄せて大混乱状態となったのか?? と思ってみたりもしたのだが、皆さんは大丈夫でしたか?


 そんなこんなで、もっと長文にする予定だった午前中に公開したエッセイの続編の形で、次なるエッセイを綴らせていただこう。


 「原左都子エッセイ集」開設直後期の2007.09.15に、私は「ブログ私観」と題するエッセイを公開している。 
 (参考だが「私観」とは原左都子が作った造語である。 「私見」では軽い、「私論」と言うほどの学術性は無い、ならば「私観」はどうか? この方がややグローバル性が表現可能かもしれない、と考えて作った造語だ。)
 これを読み直すと実に面白いことに、私はブログ開設のたった1週間後にブログという媒体に関して悩み始めていたようだ。 😵 


 以下にその様子を再掲載することとしよう。

 ブログ「原左都子エッセイ集」を開設してちょうど一週間が経過した。 「たかがブログ、されどブログ…」の書き出しで始めたこのブログであるが、わずか一週間で、開設前に抱いていた私のブログに対するイメージが大きく変化している。 そこで今回は、現在の私のブログに対する私観を述べることとしよう。
 ブログとは「日記型個人ホームページ」である。 すなわち、個人が日記(その他諸情報)をホームページに自由に綴り、見たい人が自由に閲覧できるというシステムである。 「日記」とは本来プライベートなものである。 にもかかわらずそれを積極的に公開したいという心理の持ち主がブロガーとなるのであろう。 実際に公開されているブログを覗くとその内容は純粋な「日記」は現在ではごく少数である。 私のブログの趣旨が自己のオピニオンの公開であるように、ブロガーそれぞれがご自身の何らかのポリシーを公開されようとしているのであろう。 今やブロガーは怒涛の勢いで増えているようだが、gooだけでも80万人を超えているということは、私の概算ではブロガー総数はおそらく国民の1割を超えているのではないか(?)と推測される。
 さて、私は今回このブログを開設するまで、ネットでブログを検索することはほとんどなかった。 開設後は、自分の記事と同じキーワードで検索できるブログやアクセスランキング上位のブログ等を、時々参考のために訪問させていただいている。 全体的な印象を述べさせていただくと、軽いノリの“お遊び的”なものや、マニアックなものが多いように感じる。 一見軽そうでもその中にすばらしい文化の芽が内在していたりすることもあり、決して“軽さ”や“お遊び”を否定する訳ではない。 また、マニアックなものは見る人が見れば大きな共感力があるのだろう。  ただ残念に思うのは、全体的に概して“内向的”で、閉鎖的な印象すら受けるのである。 (「ひとりで楽しんでいるんだから、勝手に入って来ないでよ。」と言われている感じのするブログさえ多い。)
 ブログのひとつの使命が情報の“公開”であるのに、今のブログはこの特性が真に活かされていないのではないかという点を私は懸念し始めている。 このせっかくの公開性を活かすには、ブログの内容に全体的にもう少し“公共性”が欲しいように感じる。 “公共性”と言うと大袈裟なので“外に向かって発信する力”と言い換えた方がより適切かもしれない。 ブログの魅力は自由度の高さでもあるため、このような見解を述べると反論もあるかもしれない。 ただ、私の見解も決して自由度を妨げようとするものではなく、この“自由度”に加えて“外に向かって発信する力”も備われば、公開力のあるブログとなると思うのだ。 それともそんなつもりは元々なくて、ひとりで、あるいは仲間内だけで楽しむ目的で公開しているブロガーが多いのであろうか。
 ともあれ、我がブログは開設後わずか1週間である。 今後、どのように変貌していくか自分でも未知数であるが、自己のオピニオンの公開をテーマに、さらに日々エッセイを綴っていくことにしよう。 たかがブログ、されどブログ…である。
 (以上、本エッセイ集2007.09公開バックナンバーより再掲載したもの。)



 あれから12年8ヶ月の年月が経過し、本日我がエッセイ集「トータル閲覧数」が500万PVを記録した。
 “ブログの公開性”。  これは今現在尚この世に私が一(いち)ブロガーとして存在するに当たり“心せねばならない”重要なキーワードであることには間違いない。  
 ただ、上記で述べている「公共性」に関しては、やや大袈裟か、あるいは現在のブログ全般が持つイメージとしては“場違い感”が否めない概念であろう。

 上記バックナンバー内で記している文章を今一度繰り返すならば。
 一見軽そうでもその中にすばらしい文化の芽が内在していたりすることもあり、決して“軽さ”や“お遊び”を否定する訳ではない。 また、マニアックなものは見る人が見れば大きな共感力があるのだろう。
 ただ残念に思うのは、全体的に概して“内向的”で、閉鎖的な印象すら受けるのである。 (「ひとりで楽しんでいるんだから、勝手に入って来ないでよ。」と言われている感じのするブログさえ多い。)

 正直申し上げて、ブログ開設後長き年数が流れた現在尚、私は当時同様の「私観」を抱かされる機会が後を絶たない。
 厳しい発言をするならば、個人的な日記であるならば「公開」の必要はないはずだ。 個人的に親しい人とメールのやりとりでもすれば済むとも考える。
 ただそれでも尚ブロガー達が「公開」を目指すのは、やはり自らが発信するブログに「社会性」が伴うことを期待している故であろう。

 そのような観点から我がブログ公開直後より2020.04の現在に至るまで、私め原左都子のブログに対するポリシーには何らの変化も無い。
 その事実を、本日の「トータル閲覧数500万」達成が気付かせてくれたようにも思う。

本日トータル閲覧数が“500万”を突破しました!

2020年04月20日 | 自己実現
 思い起こせば、当該「原左都子エッセイ集」を開設したのは、2007年9月のことだった。

 あれから12年8ヶ月の年月が経過した本日、表題の通り“トータル閲覧数”が500万を突破した!

 
 1年程前からエッセイ執筆をほぼ1回 / 一日に増やしたのをきっかけに、それまでせいぜい1000PV /日だった閲覧数が、 3000PV / 日程度にまで急増した。


 そのPVが 5000を超過するようになったのは、ここ1ヶ月程のことだ。 (それに伴い「訪問者数」も増大しているが。)


 この現象、私は “コロナショック(コロナバブル、と言うべきか?)” とみている。

 これ程までに我が国に於いても “新型コロナウィルス感染” が蔓延し、全国規模で「緊急事態宣言」が発令され、全国民に自粛行動が奨励されている現況下に於いて。

 自宅にてパソコンを開く国民が多発していることであろう。
 その仕事の合間に「ブログ」でも覗いてみようかと、志す人も多かろう。

 
 そんな時に目にしたブログの一つが、「原左都子エッセイ集」!!??
 う~~~~ん、なかなか面白いじゃないか! 時事問題等々数多くのエッセイが記述・公開されているが、ちょっと読んでみようかな。 
 てな具合だと、嬉しいのだが。 😜 


 ただ実際、我が「原左都子エッセイ集」はまさに開設直後期より、“見知らぬ読者”の方々のご訪問が大多数の事実で成り立っているように感じる。
 「時事論評」を主眼としている関係で 「時事用語」でひっかかり、各種検索エンジンよりおいで下さっている方々が大多数ではなかろうか? と推測している。

 
 今後共「時事論評」を主柱として日々エッセイを公開し続ける所存ですので、引き続き多くの方々のご訪問・ご閲覧をお待ち申し上げております! 😃