礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

終戦時に残ったのは長門、伊勢、日向、榛名の四艦のみ

2020-07-08 03:00:33 | コラムと名言

◎終戦時に残ったのは長門、伊勢、日向、榛名の四艦のみ

 朝日新聞社編『終戦記録』(朝日新聞社、一九四五年一一月)から、有竹修二の「新日本への発足」という文章を紹介している。本日は、その四回目。

   精 神 的 開 国 へ
 東久邇首相宮〈ヒガシクニシュショウノミヤ〉殿下の施政演説は、歴代首相に例を見ない浩瀚〈コウカン〉なものであつた。そして、戦争経過の説明として委曲をつくしたものであつた。
 首相宮は、演説の冒頭に、この度の終戦が一に〈イツニ〉有難き御仁慈の大御心〈オオミココロ〉に出でたるものであつて至尊親ら〈ミズカラ〉祖宗の神霊の前に謝し給ひ、万民を困苦より救ひ万世の為に大平を開かせ給うたのであると、大東亜戦争終結の大事が畏くも〈カシコクモ〉叡慮に出でたことを明白にされた。あゝ、大東亜戦争終戦のことは、畏れ〈オソレ〉多くも、臣下の献替〈ケンタイ〉を俟つことなく、至尊親ら御発意遊ばされたのである。
 ついで首相宮は、ガダルカナル島の後退以来の戦局推移を詳細説明された。すなはち、連合軍の攻勢とみにその速度を加へ、本士への空襲激化し、その惨害は日に増し苛烈となり、一方わが戦力を見るに、海上輸送力は低下し 軍需生産は漸次含迫の度を加へ、民力亦疲弊の様相顕著となり、終戦前の状況においては、近代戦の長期維持は逐次困難となつた、殊に鉄鋼生産力の低下、航空機燃料の減少は遠からぬ将来において戦争遂行に重大なる影響を及ぼさゞる得ない形勢に立ちいたつた等、戦力減退の経過を詳述し、同時に海空勢力の損耗、空襲による災害の甚大なりし事を指摘し、最後に原子爆弾の出現とソ連の参戦を俟つて遂にポツダム宣言受諾のやむなきに到つた経路を巨細に説示された。
 首相宮のこの詳細なる御報告とともに、文書による諸般の報告が公表された。すなはち終戦にいたる外交経過、〔軍需生産に関する資料〕(その生産実績、空襲その他による生産能力の喪失概況)大東亜戦争中の帝国艦艇の損耗表、大東亜戦争中における飛行機の供給数損失数、日銀券発行高、国債発行高の推移、租税減収事情等の財政金融事情、以上の諸報告書が提出された。
 右のうち外交経過の報告書によつて、われわれは、はじめて、対ソ連の和平工作の実情を知ることが出来た。すなはち『帝国政府は本年〔一九四五〕四月以来不安定となつたソ連との中立関係を改善せんとして六月以来佐藤〔尚武〕大使モロトフ外相間に積極的外交交渉を開始したが、その目的はまづ友好親善交渉の締結にあつた。七月に至り、速に〈スミヤカニ〉戦争を終結せしめて人類を戦争の惨禍より解放せしめんとの大御心に従ひ、帝国と交戦国との間に公平な和平の斡旋を依頼するとともに,恒久的親善関係を確立する自的をもつて同政府に対し近衛〔文麿〕公を特使として派遣する意向を通達した(下略)』と。要するに、ソ連を通じ対米英和平の交渉が企画され、近衛公が特使としてソ連へ派遣される運びになつてゐた事実が、率直に公表されたのである。また、海軍水上艦隊勢力の消長について見れば、戦前に、長門、陸奧、伊勢、日向、扶桑、山城、比叡、霧島、榛名、金剛の十艦があつたのが、大和、武蔵の二巨艦が、これに加はり帝国海軍の威容を誇つた。然るに、第三次ソロモン海戦、比島沖海戦、沖縄海戦で多くが潰え〈ツイエ〉去り、終戦時に残つたものは、長門、伊勢、日向、榛名の四艦のみ、しかも、この四艦も損傷のため航行不能であつたことが明かにされた。
 以上の報告によつて、大東亜戦終結の推移は十分諒解された。戦ひは、明かに敗れたのである、歴然たる敗戦の諸因子が、われわれの眼前に並べられたのである。
 論者は、敗北の事由として、経済戦の破綻、統一ある指導の欠如を挙げ、軍需生産における陸海軍の競合を指摘し、財界の不協力態度を難ずる。敗戦の原因は、ほかにも多々示し得るであらう。かくかくすればよかつたにといふ事は数々あるであらう。然らば万事調子よくいつてゐたとすれば、果してよく勝利を確保し得たであらうか、戦力の根柢をなす経済基盤が、この大戦争に堪ゆるものであったかどうか、十分考へ直す必要がある。端的にいふならば、われわれは、所詮無理な戦争を始めたのではないか。果して然らば、戦争開始後の、国家各部門の担当者の戦ひ振りについて批判を加へるよりも、何人〈ナンピト〉が、かゝる戦争を行はしめたか、もしそれ戦争は不可避だつた、やむを得なかつたといふならば、何人がかゝる戦争を不可避なるが如き情勢を誘発したか、そこまで遡つて、事実の真相を究める要がある。
 臨時議会によつて、敗戦のよつて来る〈キタル〉ところを余りにも明瞭に示された国民は、上述の考へを持ち、戦前より、はるか先へ遡り、すくなくとも満州事変ころから日本国内を支配した動向に対して、冷静な反省を加へやうとしてゐる。それは、連合軍進駐を迎へ、戦争犯罪人として何人〈ナンピト〉が挙げられるかが問題となりつゝある折柄〈オリカラ〉の、一層切実な国民的課題たり得るのである。【以下、次回】

 文中、〔軍需生産に関する資料〕とあるところは、本書の内容から判断して補った。なお、この本は、全体に校正が甘く、誤字脱字等が散見される。断らずに校訂しているところもあることを了解されたい。

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