礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

国体ノ大綱ハ移動スヘカラス(伊藤博文)

2020-07-28 00:24:37 | コラムと名言

◎国体ノ大綱ハ移動スヘカラス(伊藤博文)

 書棚を整理していたところ、『ジュリスト』の古い増刊号が出てきた。一九七七年五月臨時増刊(通巻六三八号)、「日本国憲法―30年の軌跡と展望」、本文四八一ページ。
 錚々たるメンバーが、それぞれのテーマで寄稿している。このあと、しばらくは、この号から、いくつかの論文を選んで紹介してゆくことにしたい。
 本日、紹介するのは、丸山健(一九二二~二〇一四)の論文「日本国憲法制定の法理」である。

 日本国憲法制定の法理      丸山 健 静岡大学長

  一 問題の所在

 日本国憲法(以下、現憲法という)は、大日本帝国憲法(以下、旧憲法という)七三条による旧憲法の改正として定立された。それは、帝国憲法改正案として、枢密顧問の諮詢を経たうえで、旧憲法七三条に基づき、勅書によって第九〇帝国議会の議に附され、各院は、同条所定の定足数と議決要件を満たして、原案に若干の修正を加えて、これを議決し、それが再度、枢密顧問の諮詢を経たのちに、天皇の裁可を得て、公式令三条に従って、上諭を付して公布されたのである。しかし、この手続を、実質的にも、そのまま現憲法定立の法理に適うものとすなおに認めることが、果たして妥当といえるであろうか。
 旧憲法は、典型的な欽定憲法ではあるが、それは欽定者じしんの意思により始源的に制定されたというよりは、欽定者が、「祖宗ニ承クルノ大権」(旧憲法発布勅語)としての憲法制定権によって、「皇祖皇宗ノ後裔ニ貽シ〈のこし〉タマへル統治ノ洪範ヲ紹述」(旧憲法告文)したものであり、「国家統治ノ大権ハ……之ヲ祖宗ニ承ケテ之ヲ子孫ニ伝フル」(同上諭二段)ことを核心とする神権主義的天皇主権を謳った「不磨ノ大権」(同発布勅語)であって、天泉の「後嗣及臣民ノ子孫タル者ヲシテ永遠ニ循行スル所ヲ知ラシ」(上諭一段)めたものであった。それ故に、天皇みずからが「現在及将来ニ臣民ニ率先シ此ノ憲章ヲ履行シテ愆ラサラム〈あやまらざらむ〉コトヲ誓」(同告文)い、同時に、「現在及将来ノ臣民ハ此ノ憲法ニ対シ永遠ニ従順ノ義務ヲ負フ」(同上論六段)べきものとしていたのである。旧憲法七三条は、みぎのような基本的性格のもとで、「将来若此ノ憲法ノ或ル条章ヲ改定スルノ必要ナル時宜ヲ見ルニ至」(同上諭五段)った場合のための手続を定めたものであり、そこで予想されていたのは、あくまで部分的な「条項」(同七三条)の改正であった(1)。
 にもかかわらず、そのような旧憲法七三条に依拠して、「日本国民の総意に基いて、新日本建設の礎が、定(現憲法上論)められ、旧憲法の全条文が変更され、しかも天皇主権を廃して国民主権を宣言した現憲法が、国民によって「確定」(同前文一段)されるということが、法理上、妥当ないしは可能と認められるであろうか。本稿の課題は、みぎにかかわる論争の整理である。
 もとよりこの課題は、ポツダム宣言の受諾と国体変革の関係(2)および憲法改正の必然性の有無、憲法改正の限界の存否、旧憲法と現憲法との法的継続性ならびに現憲法の効力をめぐる問題などと表裏の関係にあり、それらの解明のためには、法理論のみならず、個々の事実おびその総体的意義の歴史学的な検証や政治学的な考究をも必要とする。しかし本稿では、これらの問題の中で、ほかで扱われることになっている憲法成立史、国民主権と天皇制および憲法改正限界論などについては、それぞれの論文に譲り、現憲法が旧憲法七三条による旧憲法改正行為の所産と解すべきか否かの点を中心に、できるだけ公平に諸説の整理・検討に当たることにする。

(1) 旧憲法七三条による改正には限界があり、「国体ノ大綱ハ万世ニ亘リ永遠恒久ニシテ移動スヘカラス」(伊藤博文・帝国憲法義解・国家学会蔵版一三四頁)と解され、また、「国体ヲ変革」する目的の結社を組織することは、重罰の対象であった(治安維持法一条)。ちなみに、旧憲法下では、「皇室典範及帝国憲法ノ変更ニ関スル事項」の請願は許されず(請願令一一条)、「各議院ハ憲法ヲ変更スルノ請願ヲ受クルコトヲ得ス」と定められていた(議院法六七条)。
(2) 現憲法成立の法理に関する根本の問題は、結局は、新旧両憲法の間における国家の同一性の存否であり(佐藤功「日本国憲法制定の法的手続」同・日本国憲法十二講一〇九頁)、第九〇帝国議会でも、国体変革の有無がもっとも議論の対象となった(清水伸・逐条日本国憲法審議録一巻一二四・四七三・とくに七九八頁以下)。【以下、次回】

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