◎黄禍論を唱えて排日の空気を作ったのはドイツ(蜷川新)
蜷川新『興亡五十年の内幕』(六興出版社、一九五三)から、「三国同盟の排斥」の章を紹介している。本日は、その四回目(最後)。
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今の時代には、中立国及中立人に関する条約と云う法則がある、それを知り、それに依ることが、今日の国際常識である。これを知らずして、旧式の頭を以て、中立とか、独立とか、と論じて見た所で、それはチヨン髷頭の攘夷論の如き、外交論となるのを免れないのである。
中立国人が、交戦国に物品を売り、中立人が、交戦国に雇われて、将兵となるのは、自由であり、中立の違反とはならないのである、それは、交戦国を、「援けると云うことではなくして」商業の自由であり、又個人の身売に過ぎない、貿易の自由は、「自国の利益」となるのであり、交戦国の利益となるかどうかは問題ないのである。米国は、日本に物資を売りつゝあるけれども、それは、日本を援けて、シナを不利に陥ん〈オトシイレン〉為めではない。英米独仏等が、シナに物資を売り込むのは、各々自国の為めに、利益を獲得する為めである、日本の記者等が、中立の理とは無関係の言論を弄して、「援蒋」と叫び、「敵性」と罵るのは、不明の人間を煽動する方便でもあろうけれども、それは、新聞の売れ行きの為めには、賢明の方法であるとしても、世界の智者には、物笑〈モノワライ〉たるを免れないのである。日本の為めに恥辱である。
上述の感情論者は、「独逸を助けよ」と煽動する。それならば、自ら身を独逸に売つて、独逸の兵士となるのが適当であろう。然らざれば、無責任の言論である。若しも、物品を独逸に売る可しと云うのであるならば、それは自由である。それは、売る人自己の利益となるのであり、独逸を助けると云うのは大袈裟であり、独逸人の哄笑を招くであろう。
国家が、自ら軍兵を送つて援くるならば、それは、交戦国の援助であり、それは同盟国の事業である。
物資を、無償にて、交戦国に呈上するのであるならば、それは、援助であらう、但し左様な人間は、何れの国にもあり得ない。
日本人は、中立人として立ちつゝあれば、それにて好いのである。
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日清戦争の効果であつた「遼東の領有」を阻碍したものは、三国干渉であつた。この三国干渉は、独逸の主唱に成つた。
三国は干渉し、旅大と青島とを奪い取つたのである。独逸は青島を領有し、清国の北京を窺つたのであつた。日本の為めに危険であつた。日露戦争は、三国干渉を遠因として生じたものである。独逸が即ち遠因なのである。
独逸は、黄禍論を唱えて、世界に、排日の空気を作らしめたのであつた。日本は辱しめられた、独逸と日本とは、二十数年前に戦つた。
以上は、歴史の再録であり、特に独逸を誹る〈ソシル〉為めではない。歴史はこれを秘することを得ないものである。
感情論者は、右の事実を見ないものゝ如し、それが、感情論者たる所以であろう。
英米仏には、右のような歴史のあるを見ない、仏は、旧幕時代には、日本の為めに親切であつた。又有益の事業をも為した。世界大戦には、日本と共に戦い日本に感謝した。
米国は、旧幕時代から、最も早く日本の為めに、尽力し指導した国である。日露戦争の終末にも、日本の為めに尽力した国である、日本の教育上にも尽した国である。‘
英国は、薩長二藩を援けた国である。そして、藩閥政府が信頼した国である。治外法権の撤去にも、率先して、日本の為めに尽した国である。又久しく、日英同盟を結べる国であり、又日露戦争に関して、日本に援助の態度を取つた国である。日独戦争には、日本と共に戦つた国である。
以上は歴史であり、特に作り為した宣伝ではない。秘し得ざる歴史&である。
感情者は、右の事実を、無視しようとずるものゝ如し。蓋し感情論者たるが為めであろう。
日本人は、中を執り、正を持することが肝要である。それが、適法であり誠である。
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独逸依存の言説は、日本の名誉とはならない。利益ともならない。唯だ一種の感情論たるを免れ得ない。感情を以て、外交の基礎となすのは、危険であり、知慧を欠いている。独逸に依存して、英米仏を敵に廻すなぞは、好んで、無期限の戦争を為そうと焦慮するに均しい。豪傑連には、それが、自己満足となり得るとしても、国家と人民とは、困憊〈コンパイ〉する。我日本及日本人の尽す可きは、外国の為めと云うことではない、我が国の生存と発達との為めに在る。この理を忘るゝものは、忠誠の人たるを得ない。切に、軽卒の言論排除を祈る。
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私は、独逸依存の言論を排斥した。だが軍部は、独逸依存の軍人をもつて固めていた。そして独逸と結び、独逸と共に、亡国につき進んだのである。
論文「独逸依存の言説の非理」(一九四〇年二月)の末尾は、たぶん、「切に、軽卒の言論排除を祈る。」であろう。そのあとの、「私は、独逸依存の言論を排斥した。」以下は、『興亡五十年の内幕』刊行時における追加と思われる(その間の一行アキ※は、引用者による)。
牧野邦昭著『経済学者たちの日米開戦』(新潮選書、二〇一八)によれば、日独は、同盟を結びながらも、大戦中、効果的な共同作戦をとることができなかったという(同書一七七ページ)。日本にとって三国同盟は、有益な同盟ではなかった。むしろ、ドイツと結んだがために、日本は、「亡国につき進んだ」のではないか。
明日は、一度、話題を変える。