礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

日本の敵は支那にあらずして英米等である(軍部)

2021-10-25 00:39:31 | コラムと名言

◎日本の敵は支那にあらずして英米等である(軍部)

 重光葵の『昭和の動乱 上』(中央公論社、一九五二年三月)から、「三国同盟 その一」の章を紹介している。本日は、その三回目(最後)。

     四
日独同盟案の交渉 板垣〔征四郎〕陸相等、軍中央部の内訓を帯びてベルリンに帰任した大島〔浩〕武官は、リッペントロップとの間に防共協定強化の交渉を続行した。その趣旨は、ソ連を唯一の対象とするものであつた。日本軍部も、最初は防共協定の延長として、ソ連以外のことは考慮して居らず、唯これまでの思想的協定を、三国間の軍事的協定となし、日独伊三国の連繋強化に特に重点を置いてゐたのである。
 この交渉は、当時軍部内に限られ、内閣は、軍の南進計画と同様これを知らなかつた。一部軍部以外のものは、ドイツとの軍事協定に、ソ連以外の国を対象として考ふることは、勿論出来なかつた。英米との関係を重んずる日本の伝統的空気は、軍部以外にはなほ非常に強く、支那戦争が進展しても、米英との戦争を真面目に考ふるものはなく、海軍極端派による故意の宣伝以外に、これを論ずるものもなかつた。三国同盟の締結は、英米をも結局敵に廻す結果となることを、了解せしむることが、三国同盟を思ひ止まらしむる捷径である、とさへ考へられたことは不自然ではなかつた。 
しかし日本の情勢は、軍事同盟を実現せんとするにのみ、急なる軍部を中心に、次第に変化するに至つた。ドイツの仲介が失敗し、支那問題を自力をもつて解決するの自身を失つた軍部は、支那戦争がますます激化拡大せられて行くに従つて、その原因を、主として英、米、仏の態度に求めるやうになつた。日支紛争の解決が困難なのは、全く英米の妨碍によるものであり、しかも、これらの諸国が蒋介石を援助し、対日戦争の継続を強要する結果である、日本の敵は支那に非ずして英米等であるとの宣伝が、次第に効果的となつて、日本の輿論はますます反英(米)に傾いて行つた。日本の国運に最も危険なこの反英(米)の宣伝がかくも有効であつたことは、理性的判断を超越したものであつた。
 大島武官が、リッペントロップ外相と交渉したところ、ドイツの見解は、日本の見方のやうに狭いものではなく、防共協定締結の時とは、全然違つたものであることが解つた。その結果得たドイツ側の日独伊同盟案は、締約国の一つが他国から挑発せずして攻撃を受けた時は、他の締約国は直ちにこれを援助する、と云ふ一般的軍事同盟の趣旨のものであつた。大島武官は、ドイツ駐在員笠原〔幸雄〕少将を日本に特派して、これに対する日本中央部の意向を探らしめ、今後の措置振りについて、訓令を仰いだ。

     五
同盟交渉の準備 笠原少将の報告を受けた、板垣陸相等軍部首脳者は、同盟実現の見透しを得て、頗る満足し、直ちにこれをを五相会議(近衛〔文麿〕首相、宇垣〔一成〕外相、板垣陸相、米内〔光政〕海相及び池田〔成彬〕蔵相)に諮つた。その結果、五相会議は一応これを諒承し、例によつて、今後の交渉は、これを基礎として、武官の手より離し、政府の代表者たる駐独大使の手によつて行ふべきことを決した。
 笠原少将の復命に接した大島武官は、中央の命によつて、従来の交渉の経過を東郷〔茂徳〕大使に報告して、交渉を大使の手に移した。しかし、間もなく、大島武官は大使に昇格し、東郷大使の後任として、三国同盟の交渉を自ら引受けることとなつた。而して、同盟論者白島〔敏夫〕公使は、駐伊大使としてローマに移り、天羽〔英二〕大使と更迭することとなり、大島大使を援助し、欧洲の規場から逆に、本国政府を動かさんと努力するに至つた。これらの手順は、近衛公が板垣陸相の要求を容れて取り計らつたものである。近衛内閣〔第一次〕における三国同盟交渉のための外交陣は完成し、ベルリンにおける交渉は進捗する気配となつた。これは一九三八年末のことである。東郷大使がベルリンよりモスクワに移り、記者〔重光〕は、吉田〔茂〕大使の後任としてモスクワよりロンドンに転任することとなつた。
 三国同盟の交渉は、間もなく近衛内閣から平沼〔騏一郎〕内閣に持ち越された。

 重光はここで、「日本の国運に最も危険なこの反英(米)の宣伝がかくも有効であつたことは、理性的判断を超越したものであつた」と指摘している。当時の新聞の論調や、それに煽られる世論などを念頭に置いた言葉であろう。
 明日は、引き続き、「三国同盟 その二」を紹介する。

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