はじめに
日本サッカーは今、急発展していると思う。Jリーグ首位攻防が、名古屋と大分が割って入ったことによって、大混戦になっているのが、その証拠の一つと僕は見る。これを、セルジオ越後のように「従来の強豪が、アジア・チャンピオンズ・リーグ戦などで疲弊して、ドングリの背比べになっているからだ」と見るのが正しいのかどうか。
確かに、日本代表のFWは今一歩であって、足踏みをしている。しかし、全体としては凄く成長を遂げていると思う。例えば最近、こんなことがあった。躍進名古屋の象徴・小川佳純が初めて全日本に招集されたあとの感想である。
「代表は凄く走るし、攻守の切り替えも速い。僕は走っているつもりだったが、まだまだ力不足。もっともっと頑張らなければいけない」
得点9点、アシスト8点を合わせた数字で合計17点、今季Jリーグ攻撃でダントツの結果を残している立役者が語る言葉なのだ。虚心坦懐に聞く必要があろう。
以下、日本の急発展をちょっと長い目で振り返ってみたい。三つの出来事を書きしるして、最後にそれをまとめ、4回物の随筆仕立てとする。
まず、1回目はオシムジャパンの最後の時期の大きな出来事から。2回目は、去年の天皇杯のある衝撃。そして3回目は、Jリーグ最近の混戦を分析してみたい。4回目がそれら全てを関連づけるまとめとする。
オシム・ジャパンの急成長
オシム・ジャパンがここ二ゲーム、非常に「らしくない」闘いぶりを見せた。九月十一日、オーストリアでのスイス戦、十月十七日、大阪でのエジプト戦である。スイスは世界二十位、前年度アフリカ・チャンピオンのエジプトは四三位と、いずれもアジアには存在しない強敵だ。そういう相手に対して二点を逆転しての四対三と、四対一。こんな大量得点が最近の日本には「らしくない」こと甚だしいのである。
いったい日本に何が起こったのか。七月のアジアカップで近年まれな惨敗を示したかに見えた日本だ。己より下位のアジアのチームからあれだけ点が取れなかったチームが、強敵相手にどうして一ゲーム平均四得点などというゲームを続けられたのか。
僕の理解では、アジア・カップでもチーム作りは順調に進んでいた。チーム評価やゲーム総括の第一関門は、十二分過ぎるほどに通過していたと思うから。よくボールを奪い取り逆に奪われないという、いわゆるボール・キープの闘いにはすべてのゲームで勝っていたのである。弱点は「ゴール前の崩し」。この崩しに足らないものはなんだったのか。
さて、スイス戦である。
一点目、松井に敵マーカーが付いていけなかった。二点目、ゴール前のフリーキック獲得も、巻がマークを振り切ったヘッド得点も、組織的敏捷性の勝利である。三点目も巻の連動的敏捷性勝ちにたいする相手反則から。そして最後は、中村憲剛のシュート・相手キーパー快心の弾き・矢野の速い連動反応ゴール。
「大きな自信をつかんだ」、「収穫の多い」ゲーム。「オシム監督の狙いがようやく形になってきたのを感じた」。毎日新聞のスイス戦観戦記で、相馬直樹(元日本代表)の表現である。かって日本リーグに君臨した全盛期鹿島アントラーズの名サイドだ。
彼が語る「収穫」、「オシム監督の狙い」は全く僕と同じ見解である。「ボールを動かし、より良い状態の選手を作り出すことと、どうやってゴールを奪うのかということがリンクしてきたのである」。この「リンク」は全く異なったことの単なるリンクではない。「ボールを動かし、より良い状態の選手を作り出す」は「どうやってゴールを奪うのか」にそのまま生かせるはずなのに、そしてオシムがそれも期待して前者をこってりとやらせてきたのに、緊張しやすい日本選手がゴール前に限ってはこれを生かせなかったことなのである。
【誰かが体の接触を恐れずに突っ込んでいけば、皆がゴールへ詰めていく時間も、得意な素速い連動も生まれて、敵を攪乱し、ゴールが生まれる】、これが僕の見解である。これをしない日本はたんなる「爆発力もないチビの単調」、ちっとも怖くないと思う。こんな日本が「ゴール前への詰め、連動」で一皮むけかけてきた。それだけで十二位も順位を上げて、世界第三四位になったのだ。この皮むけは定着するのか。僕にとって、次のゲーム、エジプト戦はもう楽しみこの上ない見物になっていた。
さて、エジプト戦である。
課題の得点は大久保の二点と、前田、加地の各一点だ。大久保の一点目は、ドリブルで持ち込んだ上に、遠目からふわっと浮かせ気味、加えてゴール右上の隅を狙う文字通りの「個人技」。至難のゴールであって、組織得点としては参考にならない。二点目は右クロスに合わせたヘッド得点だが、よく見るとこんなことが分かる。その左右に日本人一人ずつがいて、敵を分散させている。「ゴール前には味方が存在するだけで助けになる」のであり、大久保は敵一人に競り勝つだけで良かったのだ。
前田の一得点はもうはっきりと、連動の極地。ゴール前に数人が詰めた末に、走り込む前田のすぐ鼻先の絶好ポイントへ山岸が最終パス。それも「ヒールパス」というおまけまでついている。ゴールの逆方向に走る山岸が、ゴールへとすれ違いに走り込む前田に対して、うしろはよく見えないから見当を付けた方向・ポイントへ、見当を付けたスピードを与えつつ、自分のカカトで出したパスなのである。これを前田は、ゴール右ポスト方向の斜め右前へと全速力で走り抜けつつ、飛び出したキーパーの右足をかすめて、左ポスト内側への切り返しシュートを悠々と沈めて見せた。前田は、そのままさらにスピードを上げたように見え、同時に、鼻を天に向けていたようにも見えたものだ。
四点目は、さらに画竜点睛。敵ゴール前を左にパスされていった味方ボールが、一転右へ、大きくサイドチェンジパス。ボールが出されたときはまだテレビ画面に姿も見えなかった加地が遙かうしろから走り込んで来た。ボールの出し手、受け手だけに分かっていた阿吽の呼吸であって、もちろん敵の誰一人加地にはつけていない。あわててボールに飛び込んだ敵一人、その鼻先で加地の右足がボールを左に切り返すと、その敵はスライディングならぬ「尻餅」である。そのボールを左足内側でこするようなシュート。向かって左ゴールポスト外に飛んだように見えたボールは、突っ込んできたキーパーの右足先をかすめたあとに、くるくると右に回りながらゆっくりとゴール内側に吸い込まれて行く。「外れろ」と目だけでボールを追うキーパーには、この「くるくる」が「けっけっけっ」というようにも見えたことだろう。カメラのアングルが良かったせいか、そんなことまでが分かるようなゴールだった。
こうしてこの二ゲームは、四年に一度のワールドカップめざして他国情報に鵜の目鷹の目の世界が刮目するような貫禄勝ちとなった。日本を見る目ががらりと変わったはずだ。オシム監督の世界的名声に加えて各国の日本リスペクトを高め、強豪国相手の今後のマッチ・メイクも非常に有利にしたと言える。さらに高度な勝負を始められるのである。
追記 ここまで書き終わった後の十月二四日、日本が世界三十位になったと発表された。
なお、現在は世界35位であって、オシムが作ったこの上昇がはっきりと残っているのである。点取り術の向上だけが、残った課題となっている。
日本サッカーは今、急発展していると思う。Jリーグ首位攻防が、名古屋と大分が割って入ったことによって、大混戦になっているのが、その証拠の一つと僕は見る。これを、セルジオ越後のように「従来の強豪が、アジア・チャンピオンズ・リーグ戦などで疲弊して、ドングリの背比べになっているからだ」と見るのが正しいのかどうか。
確かに、日本代表のFWは今一歩であって、足踏みをしている。しかし、全体としては凄く成長を遂げていると思う。例えば最近、こんなことがあった。躍進名古屋の象徴・小川佳純が初めて全日本に招集されたあとの感想である。
「代表は凄く走るし、攻守の切り替えも速い。僕は走っているつもりだったが、まだまだ力不足。もっともっと頑張らなければいけない」
得点9点、アシスト8点を合わせた数字で合計17点、今季Jリーグ攻撃でダントツの結果を残している立役者が語る言葉なのだ。虚心坦懐に聞く必要があろう。
以下、日本の急発展をちょっと長い目で振り返ってみたい。三つの出来事を書きしるして、最後にそれをまとめ、4回物の随筆仕立てとする。
まず、1回目はオシムジャパンの最後の時期の大きな出来事から。2回目は、去年の天皇杯のある衝撃。そして3回目は、Jリーグ最近の混戦を分析してみたい。4回目がそれら全てを関連づけるまとめとする。
オシム・ジャパンの急成長
オシム・ジャパンがここ二ゲーム、非常に「らしくない」闘いぶりを見せた。九月十一日、オーストリアでのスイス戦、十月十七日、大阪でのエジプト戦である。スイスは世界二十位、前年度アフリカ・チャンピオンのエジプトは四三位と、いずれもアジアには存在しない強敵だ。そういう相手に対して二点を逆転しての四対三と、四対一。こんな大量得点が最近の日本には「らしくない」こと甚だしいのである。
いったい日本に何が起こったのか。七月のアジアカップで近年まれな惨敗を示したかに見えた日本だ。己より下位のアジアのチームからあれだけ点が取れなかったチームが、強敵相手にどうして一ゲーム平均四得点などというゲームを続けられたのか。
僕の理解では、アジア・カップでもチーム作りは順調に進んでいた。チーム評価やゲーム総括の第一関門は、十二分過ぎるほどに通過していたと思うから。よくボールを奪い取り逆に奪われないという、いわゆるボール・キープの闘いにはすべてのゲームで勝っていたのである。弱点は「ゴール前の崩し」。この崩しに足らないものはなんだったのか。
さて、スイス戦である。
一点目、松井に敵マーカーが付いていけなかった。二点目、ゴール前のフリーキック獲得も、巻がマークを振り切ったヘッド得点も、組織的敏捷性の勝利である。三点目も巻の連動的敏捷性勝ちにたいする相手反則から。そして最後は、中村憲剛のシュート・相手キーパー快心の弾き・矢野の速い連動反応ゴール。
「大きな自信をつかんだ」、「収穫の多い」ゲーム。「オシム監督の狙いがようやく形になってきたのを感じた」。毎日新聞のスイス戦観戦記で、相馬直樹(元日本代表)の表現である。かって日本リーグに君臨した全盛期鹿島アントラーズの名サイドだ。
彼が語る「収穫」、「オシム監督の狙い」は全く僕と同じ見解である。「ボールを動かし、より良い状態の選手を作り出すことと、どうやってゴールを奪うのかということがリンクしてきたのである」。この「リンク」は全く異なったことの単なるリンクではない。「ボールを動かし、より良い状態の選手を作り出す」は「どうやってゴールを奪うのか」にそのまま生かせるはずなのに、そしてオシムがそれも期待して前者をこってりとやらせてきたのに、緊張しやすい日本選手がゴール前に限ってはこれを生かせなかったことなのである。
【誰かが体の接触を恐れずに突っ込んでいけば、皆がゴールへ詰めていく時間も、得意な素速い連動も生まれて、敵を攪乱し、ゴールが生まれる】、これが僕の見解である。これをしない日本はたんなる「爆発力もないチビの単調」、ちっとも怖くないと思う。こんな日本が「ゴール前への詰め、連動」で一皮むけかけてきた。それだけで十二位も順位を上げて、世界第三四位になったのだ。この皮むけは定着するのか。僕にとって、次のゲーム、エジプト戦はもう楽しみこの上ない見物になっていた。
さて、エジプト戦である。
課題の得点は大久保の二点と、前田、加地の各一点だ。大久保の一点目は、ドリブルで持ち込んだ上に、遠目からふわっと浮かせ気味、加えてゴール右上の隅を狙う文字通りの「個人技」。至難のゴールであって、組織得点としては参考にならない。二点目は右クロスに合わせたヘッド得点だが、よく見るとこんなことが分かる。その左右に日本人一人ずつがいて、敵を分散させている。「ゴール前には味方が存在するだけで助けになる」のであり、大久保は敵一人に競り勝つだけで良かったのだ。
前田の一得点はもうはっきりと、連動の極地。ゴール前に数人が詰めた末に、走り込む前田のすぐ鼻先の絶好ポイントへ山岸が最終パス。それも「ヒールパス」というおまけまでついている。ゴールの逆方向に走る山岸が、ゴールへとすれ違いに走り込む前田に対して、うしろはよく見えないから見当を付けた方向・ポイントへ、見当を付けたスピードを与えつつ、自分のカカトで出したパスなのである。これを前田は、ゴール右ポスト方向の斜め右前へと全速力で走り抜けつつ、飛び出したキーパーの右足をかすめて、左ポスト内側への切り返しシュートを悠々と沈めて見せた。前田は、そのままさらにスピードを上げたように見え、同時に、鼻を天に向けていたようにも見えたものだ。
四点目は、さらに画竜点睛。敵ゴール前を左にパスされていった味方ボールが、一転右へ、大きくサイドチェンジパス。ボールが出されたときはまだテレビ画面に姿も見えなかった加地が遙かうしろから走り込んで来た。ボールの出し手、受け手だけに分かっていた阿吽の呼吸であって、もちろん敵の誰一人加地にはつけていない。あわててボールに飛び込んだ敵一人、その鼻先で加地の右足がボールを左に切り返すと、その敵はスライディングならぬ「尻餅」である。そのボールを左足内側でこするようなシュート。向かって左ゴールポスト外に飛んだように見えたボールは、突っ込んできたキーパーの右足先をかすめたあとに、くるくると右に回りながらゆっくりとゴール内側に吸い込まれて行く。「外れろ」と目だけでボールを追うキーパーには、この「くるくる」が「けっけっけっ」というようにも見えたことだろう。カメラのアングルが良かったせいか、そんなことまでが分かるようなゴールだった。
こうしてこの二ゲームは、四年に一度のワールドカップめざして他国情報に鵜の目鷹の目の世界が刮目するような貫禄勝ちとなった。日本を見る目ががらりと変わったはずだ。オシム監督の世界的名声に加えて各国の日本リスペクトを高め、強豪国相手の今後のマッチ・メイクも非常に有利にしたと言える。さらに高度な勝負を始められるのである。
追記 ここまで書き終わった後の十月二四日、日本が世界三十位になったと発表された。
なお、現在は世界35位であって、オシムが作ったこの上昇がはっきりと残っているのである。点取り術の向上だけが、残った課題となっている。
他国によくある金の問題は、八百長ゲームのこと。これは全く心配していません。僕の総合判断です。
麻薬は、サッカー選手には即命取り。走れなくなりますから即選手生命の終わりです。1ゲームで10数キロを、全力ダッシュも交えて走るんです。この点も疑ったことはほとんどありません。
スポーツの主体は確かに選手。かれらがやるものですから。しかし集団球技の強弱には、「監督が選手の力を出せるかどうか?」が決定的。野球では、中日の落合や若かりし頃の野村、古葉。バスケットボールでも例えば、伝説のフィル・ジャクソン。サッカーでもこのことは、明白。この点はこの連載の3回目に書くでしょう。
選手たちの力が一番。
その力を支えたのは何だったのかな?
あの賭博は、今?
相撲が金と麻薬にまみれているなか、
サッカーは大丈夫だろうか?
上り坂の時は、みな良く見えるけれど。