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喪失の雨 (長崎市長追悼)          まもる

2007年04月19日 02時38分02秒 | Weblog
「喪失の雨」

 今日の長崎は冷たい雨が降っています。
涙雨のような銀の糸が、事件現場に置かれた花を濡らしています。

私はゆうべ、長崎市の職員さんたちと会議をしていました。
4/27に市に提出する文書の宛名は「長崎市長 伊藤一長 様」になって
いて、「4/22の選挙で負けたらどうするんだろうね」と、隣の人と冗談で
話していました。それが笑える冗談ですむくらい、多くの人が、伊藤
市長の4選を予想していたのです。

「伊藤市長が・・・」
呆然とする市職員の横で、私はなぜか手が震えて、湯のみを
持つことすらできませんでした。何か大変なことがおこったのだ。
平和運動の仲間たちに電話し、平和センターに走り、テレビに
かじりついて眠れぬ夜を過ごしました。

一夜明けて、伊藤市長の訃報が伝えられた長崎の町は、
深い喪失感と、未だに信じられないという思いでひっそりと
静まり返っています。
すべての市長候補、市議候補が今日は選挙カーを自粛しました。
選挙期間中というのに、何も聞こえません。異常事態です。
市役所に設けられた記帳所には長い列が伸びています。
被爆者の女性が目がしらを抑えながら筆を動かしています。

共産党の市長候補を応援している友人が電話で、悲痛な声を
あげていました。「もしこれで勝ったって、全然うれしくない」。

なぜ、なぜ?
平和運動の仲間たちが一様に言います。「力、抜けたよね・・」
市議戦も、市長選も、勝ったって、心から喜べない。伊藤市長と
いう人は、それほど長崎にとって大きな存在だったのだと、
私自身も今、大きな喪失感の中にいます。

                  
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3 コメント

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アホなことを言うな!! (常識人)
2007-04-19 09:55:00
 市長が凶弾に倒れて、市民が動揺しているし、補充候補者に同情票が集まりまともな選挙にならないので選挙を中止して後日やるべきだ。という意見が出ていて、長崎市選挙管理委員会や自治省にまで抗議文?をおくっているという。
 あきれて物が言えない。法治国家である。法の定めるとおり実施すればよいのである。

 そんな事で選挙を中止や延期をしたら民主主義はどうなるのであろう。
 
 抗議するなら、警察や山口組ではないのか。

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みんな必死に考えている (ネット虫)
2007-04-19 10:39:33
> 西日本新聞
> 補充立候補規定見直し 長崎市長射殺事件受け 総務省が検討着手
>
>  総務省は18日、長崎市長射殺事件を受け、選挙期間中に候補者が死亡した際の補充立候補について、規定見直しの検討に着手した。政府筋が明らかにした。
>
>  現在の規定では、候補者の死亡の時期やほかの候補者の数などによって、補充立候補届け出期間や投票日の延長などが違うため、これを基本的に一本化する
> のが狙い。投票日を一律に1週間‐数日間延長し、その間に補充立候補を受け付ける案などが浮上している。
>
>  現行規定に関しては、与野党から見直しを求める声が上がっていた。
>
>  総務省選挙課によると、公選法86条の規定で、市長選、市議選をはじめ、比例代表を除く衆参両院選や知事選などで候補者が死亡すれば「選挙の期日前3
> 日までに」補充立候補の届け出ができる。今回の長崎市長選では19日午後5時まで何人でも立候補できる。
>
>  しかし、死亡が投票日の3日前の午後5時以降で残る候補者が2人以上いれば、補充はできない。また投票日前日までに、残る候補者が1人だけになった場
> 合は投票日を5日延長し、その3日前まで補充立候補できる。こうした規定は町村長選、町村議選では異なる。
>
>  長崎選出の久間章生防衛相は「(今回は)補充立候補ができるからまだいいが、できない時はどうなのか」と指摘。与野党も「亡くなったのがいつかで有権
> 者の選択できる幅が変わってしまう」(公明党の井上義久副代表)、「候補者の構成が変わったら(選挙自体を)やり直すべきだとの認識を多くの国民は持っ
> ている」(民主党の松本剛明政調会長)と、現行制度を疑問視している。
>
> =2007/04/19付 西日本新聞朝刊=
返信する
暴力を容認する政府、それを黙認する我々の責任。 (天木直人ブログより)
2007-04-19 10:49:56
暴力を容認する政府とそれを黙認する我々が長崎市長を殺したのではないか
 暴力を容認する政府とそれを黙認する我々が長崎市長を殺したのではないか

  長崎市長が殺された。皆は口をそろえて「あってはならないことだ」、「民主主義の敵だ」、「暴力に屈してはいけない」などと当たり障り無いコメントを繰り返す。しかしそんなことで弱者を黙らせる不条理な暴力が防げるとでも言うのか。
  これまでにも政治家を襲う暴力はあった。「私も選挙期間中に火炎瓶を投げつけられた経験をしているんですから」と安倍首相は言ったらしい。しかし背後から至近距離で銃弾を撃って即死させた犯人のやり方は脅しやいたずらではない。このような明確な殺意を持ったテロは特異だ。
  山口系組織暴力団の代表代行という幹部の反抗である。何故そのような組織が放置されてきたのか。何故銃が日本でほしいままにされているのか。「伊藤市長を殺して自分も死のうと思った」犯人が何故その場で自分の頭にピストルの弾を撃ち込まずに逃げようとしたのか。メディアも国民も何故その事に焦点をあてないのか。右翼と組織暴力団の境があいまいになりつつある今の日本では、間違いなく暴力による言論封鎖は繰り返される。普通の人間であれば間違いなく言動を抑制することになる。自分だけは被害者になりたくないと考える。この事件は暴力を容認する政府とそれを黙認する我々が起こした事件ではないのか。
   何故かむしょうにアミラ・ハスの「パレスチナから報告します」(筑摩書房)という本を読みたくなって、今それを手にしている。イスラエル人でありながらパレスチナ自治区に住んで、苛烈を極めるイスラエルの占領の実態を世界に訴え続けた女性ジャーナリストの6年間にわたる告発記録である。この本を最初に読んだ時の深い感動を私は忘れることはできない。それはパレスチナ抵抗史上に残る最も苛烈な期間(97年―03年)のイスラエル占領政策の実態を誰よりも正確に伝えているからだけではない。世間が褒め称えた「オスロ合意」を「決して混乱に終止符を打つものではない。それどころかアパルトヘイト(人種隔離政策)に行き着くものだ」と喝破し、「パレスチナ問題の本質はイスラエルのパレスチナ人弾圧政策にある」と公言した勇気が私の心を勇気付けたからだ。
「私は傍観者にはならない、傍観者である事は無関心だということです。不正義に対し何もしないことこそ、悪を許すことなのです」と断言し、「ジャーナリストは弱者を追跡するスパイになるべきではありません。強者をこそ追跡するべきです」と述べるアミラ。そのアミラが全身、全霊をかけてパレスチナの現状を訴えてみても世界にその声は届かない。それはあたかもギリシア神話に出てくる美少女カッサンドラの如くである。天賦の予見能力に恵まれながらアポロンの怒りに触れ、語る言葉のすべてが人に届かない魔法をかけられたあのカッサンドラである。しかし私には聞こえる。真実を語り続けるアミラの言葉がいつかは正しかったと証明される時が来ると。

敵を恐れることはない。敵はせいぜい君を殺すだけだ。
友を恐れることはない。友はせいぜい君を裏切るだけだ。
無関心な人びとをおそれよ。彼らは殺しも裏切りもしない。
だが、無関心な人びとの沈黙の同意があればこそ、地上には
裏切りと殺戮が存在するのだ。

  


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