「中世英文学」のレポートを書くために、1995年当時図書館で借りた『アーサー王の死-トマス・マロリーの作品構造と文体』より、手書きで抜き書きし参考資料としてまとめたもの。すっかり忘れてしまったのでキキちゃんのトップお披露目公演『エクスカリバー』に向けて復習。
①アーサー誕生
『アーサー物語』の第一の主題は、王誕生のテーマ-英雄誕生の基本的要件を満たす。
(1)英雄誕生の基本的条件のひとつは、父は神であるか超自然的存在である。王は《神》でもあり、ペンドラゴンは《竜》の意味、「父は常人であってはならない」
(2)生まれた子供は成人するまで異常な育てられかたをされなくてはならない。全く他人の手で育てられ、極端な形になると、超自然的存在、動物に育てられることになる。育てられる場所は往々この世でなく異界になる。
➁アーサー王誕生
英雄誕生の要件を満たした者はそのまま自動的に英雄になるのではない。英雄認知のテストに通らなければならない。
アーサーは剣の儀式を通過した時はじめて自分の身元を知ることができた。
英雄が自分の能力を苦難の末に立証した時に自分の身元が明らかになるという伝承に関りをもつ。
剣の奇蹟は、超自然的な力をもっている者が王として選ばれる資格をもつことをまず示している。しかもこの剣のテストは、キリスト教の大事な祭日において行われ、その場で成功したことはアーサーがキリストの名において認められたことを示す。剣の奇蹟という伝承性・神話性にキリスト教という歴史性・宗教性が加わってきている。
剣は《豊穣》《男性的》《エネルギー》を表わす。
剣のテストを通過することにより、伝説の王アーサーと神により選ばれた救世主としての人間王アーサーの合一は実現された。またこれはアーサーが個人としても成人となった証としてこの通過儀礼を無事すましたことになる。アーサーにとってこれからの大きな課題は、いまだ自分に従わない各地の王を征服し、大英国を文字通り統治することである。人間の王、歴史的王としての任務である。
③王権の確立
作者マロリーの散文は、騎士道的活動、とくに騎士の戦いぶりに焦点をあて、鮮やかにそれをとらえている。しかし、愛の表現については寡黙である。伝承的愛の表現といえる、直截的である。
近親相姦の罪を犯して誕生したモルドレッド、マーリンはこの子供はアーサーと王国の騎士すべてを破滅させるだろうと予言し、作品のなかでこの予言は繰り返される。どんな手段を講じようが暗い神話的運命を変えることはできなかった。王権の確立という栄光への道を歩み始めているアーサーその人に対して、すでにこのアーサー自身の破滅という最も悲劇的な運命が予告され、この暗い予告が作品の底を流れ続けることになる。
神に選ばれた救世主としての王を象徴する剣の消長-王としての戦いではなく人間の意地、我欲による殺傷の戦いをする。そのかぎりにおいて神を怖れぬ罪を犯したアーサーからは剣の魔力が消え失せてしまっている。
王は国の豊穣、活力を象徴する剣をもたなくてはならない。剣を失くしたアーサーは再びマーリンにより湖へ導かれ、剣を手にいれる。第二のエクスカリバーと鞘。
マーリンがアーサーにこの二つのどちらを大切だと思うかと問うと、アーサーは剣だと答える。マーリンは鞘のほうこそもっと価値があり、どんな傷を負っても出血しないですむ魔法の鞘であり、決して手元から離さないようにと忠告する。アーサーはこの忠告を守らなかった。
アーサーが再びエクスカリバーを湖の婦人から手に入れる情景は、モルドレッドの剣により致命傷を受けたアーサーがもうこれまでと剣を身に返す情景と一対をなしており、ひとつの主題の完成-サイクルの完結を示す。エクスカリバーを介して伝説の王として出発したアーサーが伝説の王として終わるというサイクルを象徴する。
第二の剣のテストとベイリン‐『双剣の騎士』の話
「急に現われた全く身元不明の美しい若者が異界から持ち込まれたテスト に成功して、自分の能力・身元を立証する」。抜き取った剣に魅せられたベイリンはどうしても返そうとしない。
-ベイリンと弟ベイラン-
我業・我執にとらわれた者は結局超自然、神の命ずるままに動くほかない。
-マーリンの予告-
「わが主イエス・キリストへのあの一撃を除いて最も悲しむべき一撃を人に与えるだろう。そして最も誠人で誉れ高い人を傷つけることになろう。また傷ついたその人は長く回復することができないだろう」
⇒《不具王・漁夫王》のモチーフの出発であり、このモチーフにみられる欠如の解消は、この作品の『聖杯探究』の物語まで待たなくてはならない。重要なテーマを提示している。
ベイリンと行動を共にした騎士は次々にみえない騎士ガーロンに殺される。この殺された騎士の墓には「ガウェインは父ロット王のためにペリノーレ王に復習するだろう」ということばが刻まれていた-《ロット-ペリノーレの宿根》のテーマの明示。
-処女の血による治療のテーマー
ベイリンとその婦人の失敗⇔ガラハットとその婦人の成功(『聖杯探究』)
この対照的暗示は文体だけの問題でなく重要な作品をつなぐ鍵となっている。
「毒による不治の傷は、その傷を負わせた源まで辿らないと治らない」
ぺラム王の弟(見えない騎士)-ガーロン-との試合で傷をうけた旅の宿の息子のためにぺラム王の城に入ったベイリンは、その傷を負わせたガーロンを一刀両断にする。弟を殺されたぺラム王はベイリンに激しくうちかかる。それを受けとめていたベイリンの剣は折れる。武器を失ったベイリンは部屋から部屋へ剣を求めて逃れていく。ある豪華な部屋に入るとそこには金襴でおおわれたベッドに、ある人が横たわっている。傍の金のテーブルには不思議な槍が立てかけられていた。ベイリンはこれを取るやぺラム王に突きかかる。ぺラム王は倒れ失神し、同時に城は地面に崩れ落ちる。城中の者はほとんど死ぬ。ぺラム王とベイリンは三日の後でマーリンにより救い出されたという。
寝ていた人はアラマティのヨセフ、槍はキリストを突いた聖槍、ぺラム王はこのヨセフの血をくむ者である。こうしてベイリンとぺラム王との関係がガラハッドと不具王との関係に引き継がれ、伝承神話的なサイクルが構成される。
一方は王を傷つけるというテーマの出発(欠如の発生)、一方はその王を治癒するというテーマ(欠如の解消)の完成である。
-ベイリンと弟ベイランとの兄弟とは知らない戦い-
兄弟であることを知った二人は「同じ母のひとつのお腹から生まれでた者、 また同じひとつの穴に戻りましょう」と悲痛なことばを残して死ぬ。マーリンは二人の墓石に「双剣の騎士、そして悲しみの一撃の主ここに眠る」とことばを刻ませる。また、マーリンは鋼鉄の橋を造らせ、行いの正しいすぐれた騎士しか渡れないというゲイスをかけ、ベイリンの鞘を島側に残す、これも後になりガラハッドが身に付けられるようにするため、またベイリンの剣を大理石に突きさし、河に浮かべる。その後カメロットまで流れくだり、そこでガラハッドがそれを手に入れるようにするため、第三の剣の奇蹟(テスト)が聖杯探究のガラハッドを待つことになる。こうしてアーサーの剣の奇蹟は、このベイリンの剣の奇蹟を介在して、最後にこのガラハッドの剣の奇蹟に結びつく。
この物語全体の主要なテーマは、アーサーがいかにイギリス国王として王権を確立したかである。作者はプロタゴニストの派手な動きに追われながら反乱を起こす各地の王侯を平定し、王権を確立したことを提示している。アーサーはイギリス国王として覇権の確立と栄光への道を歩み始めることができた。
同時に、その足元ではモルドレッドを生ませるという神の許さぬ罪を犯し、また《ロット-ペリノーレの宿根》の種がまかれるという二つの暗い《アンチテーゼ》の発生。この《アンチテーゼ》が初めのうちは底流アンダートーンとして潜行していく。主題が華々しく進展していくなかにあって、これらも成長を止めていない。テーマの複線的進行である。
④アーサー王と円卓騎士
王妃を娶ることにしたアーサーはかねてから愛していた美しいグィネヴィアを選ぶ。マーリンは「ランスロットが彼女を愛するようになるだろう」と予告。この二人の愛がアーサーとアーサー王国に対してどのような結果をもたらすかについて深刻な危惧を抱いた。
《モルドレッドの誕生》《ロット-ペリノーレの宿根》についで三つ目として、この最大のアンチテーゼが不気味なくらい運命への予見をもって迫ってくる。この三つの陰のテーマは作品のアンダートーンとなって次第に力をましてくる。
アーサー王はイギリス国王としての地位を確立し、さらにすぐれた円卓騎士団を確立。キリスト教の名における男性的文化と秩序を確立した。-円卓の騎士に王への忠誠を誓わせ、その見返りとして騎士に土地・扶持を与える。アーサーは騎士一人一人に社会的・道徳的規範を守り、騎士道精神を信奉することを強く求めた。
この円卓という概念は、伝承神話的・宗教的な象徴性から考えるべきだろう。つまり天上界、神の摂理に対応するようにこの地上の小宇宙が望むべき完全性を象徴する。そして円卓騎士として騎士道の誓いをすませて初めてこの完全であるべき円卓に自分の席が与えられる。騎士と騎士道精神と円卓の象徴性との一体化。ただこの段階では二つの席は空席で《危険の席》とだけ記されている。二つの席のうち最後のひとつは、聖杯探究のガラハッドの到来まで待たなくてはならない。この《危険の席》のテーマもまた物語を結びつけるもうひとつの構造的縦糸となる。
グィネヴィアはケルト伝承では地の女神、円卓つまり宇宙の主宰者の地位を与えられていたが、このロマンスでは神話伝承的王妃としてではなく、歴史的・人間的王妃の道をたどることになる。
→ランスロットとの愛、アーサー破滅へと結びつく。
『トーレとペリノーレ』の話
フランスの『メルラン(Merlin』を種本とする。三人の騎士を登場させ、与えられた冒険に対してどのような行動をとったかを具体的に示しながら騎士としてあるべき姿、またあってはならない行動のモデルを提示した。そしてすべての円卓騎士に対して真の守るべき行動の指針-騎士道精神の順守を求めたのである。円卓騎士と騎士道精神の一体化がこの話の主題であり作者の意図である。
アーサーの結婚式当日、正当な願いはみなきき届けられるという。
ロット王の息子ガウェインは騎士叙任を願い出る。
牛飼いはひとり息子(トーレ)の騎士叙任を願いでる。本当の父親はベリノーレ王。
ペリノーレ王はマーリンにより《危険の席》に案内される。
ガウェインはペリノーレに大きな名誉が与えられるのに我慢ならず、父の復讐を今こそ果たそうといきりたつが、弟のガヘリスにその場は抑えられる。《ロットーペリノーレの宿根》の最初の爆発。
アーサーの結婚の祝宴の席に三つの不思議な出来事が起こる。マーリンにすすめられ、王はガウェインには白い雄鹿を、トーレには白い猟犬と騎士を、ペリノーレには婦人と騎士を再び宮廷に連れ戻すことを命じる。課せられた冒険を達成できるかどうかがその騎士の名誉の問題になる。
ガウェイン
「助命を願う者は赦すべきもの、情けをもたない騎士は名誉をもたない者」
人間も超自然的存在も同じレベルにある。騎士道に反した者はどんなに強くても神の罰を逃れることはできない。
情けをもたない反騎士道的な人間は与えられた冒険の課題を果たすことはできなかった。
トーレ
「これから将来トーレは武勇にすぐれた気高く礼節を尊び、行いは正しく約束をたがえることなく、けっして非道な行動をしない騎士になるだろう」
すぐれた騎士は冒険の課題を完璧に果たすことができる。
ペリノーレ
「あの娘はそなたの実の子、死んだ騎士は結婚することになっていた恋人でる。若いが武勇の誉れ高い者であったが卑劣で臆病な騎士に背後から刺されたのである。娘を助けなかったために、そなたが最も助けを必要とする時に最も身近な者も間に合わなくなるだろう」後ほど孤立無援の中でガウェイン兄弟たちに殺される。
イギリスの王権の確立についで騎士道の確立。
忠誠・勇気・正義・慈悲・名誉・寛大は騎士道を支える概念。
冒険の目的を果たせない反騎士道のガウェイン、目的を追うことのみに急で情けを忘れたペリノーレとは対照的に、騎士道精神を守りその目的を完全に果たすことができたトーレ。三者三様の行動を通して真の騎士道を作者は示した。
『アーサーとアッコロン』の話
魔術師マーリンは、常に良き助言者、指導者、運命の予言者。モンマスにより初めて登場し、悪魔と王女の間に生まれたとされている。
対して、アーサーの命を狙い、円卓騎士を破滅させようとする力の代表がモルガン・ル・フェイ。《歴史的》に見ればアーサーとは同じ母の姉。モルガンの父はアーサーの父ウーサーに殺された。尼僧院で成人するまで育てられ、その間に魔術をマスターしたといわれている。伝説的には魔女の女王。
モルガンが作品前半にみせるアーサーへの憎悪・殺意の動機をどうみるべきか。父を殺されたことへの恨みか、近親憎悪からくるものだろうか。
モルガンはアーサー王の命を狙い、すぐれた騎士を愛欲の道具にし、破滅させようとする悪の魔女の典型である。物語の主人公にはその悪の力に拮抗し、それを無効にする良き力-魔女-が出現する。それも「ぎりぎりの瞬間に」である。その良き力はマーリンであり、マーリンが舞台から消えた後は、女性-異界からのよき案内者、救助者-が出現する。
ポジティブな力とネガティブな力、作用と反用者の相克、この相克が作品を動かすダイナミズムを生み出している。
アーサーを頂点とする男性的文化と秩序の優位性に対する、モルガンを頂点とする女性による伝承的母権復活への戦いとみることもできる。
阪急交通社でまさかの当選しましたが、変形性膝関節症の末期に鎮痛剤を飲まずにはいられなくなってしまった足で池袋というコスモポリタンに朝早く無事行ける気が全くしません。いや行くんだよ、無事電車に乗れたらあとは池袋まで直通、這ってはいけないけれど気持ちは這っても行くんだよ。行けると暗示をかける。