7月8日は
哲学者 串田孫一が亡くなった日。
串田孫一の旧居跡が
千代田区三番町にある。
説明文には
哲学者・串田孫一(1915~2005)は
人生、山、植物などのテーマで
エッセイなどを残した。
昭和13年(1938)から数年間ここに住んだ。
串田は
1915(T4)年
東京市芝区生まれる。
駿河台や永田町や一番町に育つ。
1935(S10)年
東京高等学校(旧制)文科丙類卒業
1938(S13)年
東京帝国大学文学部哲学科卒
中学時代から登山を始めた。
1938)S13)年
処女短編集「白椿」を刊行、
戦前は上智大学で教鞭をとる。
1946(S21)年
「永遠の沈黙 パスカル小論」を上梓
「歴程」同人となる。
旧制東京高等学校で教鞭をとる。
1955(S30)年
最初の山の本「若き日の山」を上梓
1958(S33)年
尾崎喜八(1892-1974)らと
山の文芸誌」アルプ」を創刊
1983(S58)年に終刊するまで
責任編集者を務めた。
また矢内原伊作(1918-1989)や
宇佐見英治(1918-2002)らが
創刊した文芸誌「同時代」にも
同人として参加。
東京外国語大学教授(~1965・S40年)
1965(S40)年~1994(H6))年
FMラジオ番組「音楽の絵本」で
パーソナリティを務めた。
初見靖一の筆名をもつ。
1980(S55)年
紫綬褒章受章
2005(H17)年
老衰のため東京都小金井市の
自宅にて死去 89歳
著作は 山岳文学、画集、小説、
人生論、哲学書、翻訳など多岐にわたる。
・詩集「羊飼の時計」(1953)
・山にまつわる思想、思索などを
平易な文章で綴った
随想集「山のパンセ」
(1957)などが主著。
*「パンセ」は
フランスの哲学者パスカルの遺稿集。
「瞑想録」ともいう1670年刊。
人間性のもつ矛盾を鋭く指摘し
その唯一の解決を
キリスト教のうちに求めた作品。
特に“人間は考える葦である”の言葉が有名