アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

ドからミまで届いたらいいのにね

2017年02月10日 | ピアノ
今練習中のアルカン「ファ」もそうなんですが、「ドからミまで(10度)」届かないために話がややこしくなってるところが何か所かあります。吉松も同じく。

   にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←不便ではあるけど大きな問題ではない(たぶん)

10度の幅を一気に、ぱんと押さえられればフツーに弾いて何の問題もないところ、
・もう片方の手で取るか
・ずらして弾くか
・音を削るか
の選択を迫られます。

一つ目の、「もう片方の手で取る」が可能ならばそれが一番響き(結果)を犠牲にしない方法ということができますが、こうすると手の動きがシンプル(直感的)でなくなり、本質的でない難易度がぐぐっとupします。なんか損した気分ーー

「ずらして弾く」のはポピュラーな解決法ですが、これが、曲によってはあんまり気にならないけど、曲によってはかなりダサい。

「音を削る」のは、難易度は上がらないし、ずらして弾くより案外結果はいいということもあるのですが、「ちゃんと弾く」の範疇からすでに逸脱してしまったというような、そこはかとない残念感が。

今のところ、アルカンは「もう片方の手で取る」+「ずらして弾く」、
吉松は「音を削る」
でいこうとしています。

ぜひ、オクターブまで届けば済むように曲を作っておいていただきたいと思うわけですが、まぁ目の前にもう作られちゃった素敵な曲があるわけですからこれを弾かないわけにもいきませんよね。

作る側から考えれば、「10度」が多用されることも納得です。

特に、ポピュラーなんて10度が基本中の基本で、「ドミソ」って団子で弾くより「ドソミ」って弾くほうが一気に「おされ」でポップスっぽくなりますよね。

つまり、ドからミまでが届くようなサイズに、ピアノの鍵盤が作られているというのが楽器として理にかなってるんじゃないかと思うのですが、そんなことを言っていると、どこかから「細幅鍵盤!!」という声が聞こえてきそうですね(^^;; はい、確かにリーズナブルだとは思うのですが、どこの会場へ行っても同じサイズで弾けることは譲れない線なので、家のピアノをどうこうするつもりはまったくありません。ただ、「日本人女性の標準サイズでドからミが届く鍵盤」が世界標準になっていれば始めっから悩まずに済んだのにとは思うけど(←ありえない。ヨーロッパの男性基準だからね)。

とはいえ、練習してるときは「ドからミまで届かないからどうしよう」ってのは結構悩みどころだったりするけど、聞く側からいえばその問題個所は一瞬のことなので、削ろうがずらそうが好きなように弾いてもらって、実際のところ全体の雰囲気にはほとんど影響ないんだよね(^^;;

10度をどう弾くかなんてことよりもっと目立ってる問題がたくさんあるだろうって話。

udurannさんの弾くパスピエとか見ると、私あたりが「もっと手が大きかったら」なんて言ってちゃいかんなぁと思います。手の柔軟性とか俊敏性とか、無駄のない動きとか、カバーできる部分はいろいろあるのですよね。

にほんブログ村 ピアノ  ←ぽちっと応援お願いします
にほんブログ村 ヴァイオリン ←こちらでも
にほんブログ村 中高一貫教育


「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)


「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする