カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

優しくない才能

2013-07-24 22:44:27 | 即興小説トレーニング
 彼は、一度記憶したことを忘れない。
 より正確に言うなら、己が体験した際の記憶を全く変質しない体験時のまま脳内に記録する。
 昨晩食べた食事の内容も、読んだ本の文章も、子どもの頃の体験も、若い頃に抱いた夢も、幻滅も、何一つ違えることなく。
 それ故に、彼は狂うしかなかった。
 時と共に薄れる筈の肉体の痛みも、時間が甘やかに発酵させてくれる筈の苦い記憶も、何時までたっても生々しいままに彼を傷付けるばかりだったから。

 押さえようのない狂気の只中で彼が恐れるのは、己の肉体の死ではなく彼を絶えることなく苛み続ける不死の記憶。
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