昔のSFの定番ネタに、『冷たい方程式』というものがある。
要は燃料食糧等が一人分しか用意されていない宇宙船に密航者が一名、さて貴方が助かる方法は?というもので、通常の答えは『貴方が相手を宇宙船から放り出すか、若しくは相手が貴方を宇宙船から放り出すか』だったと思う。
と言うわけで、オレは眼前の後輩を見捨てるかどうかの瀬戸際に立たされていた。
「ああ、先輩じゃないですか。ご一緒して良いですか?」
そう叫ぶと、奴はいつものようにオレの返事も訊かずに隣に座って料理を注文した。これもいつものことだ。そして、いつものパターンだと笑顔のまま料理を完食した後輩は、やはり笑顔のまま会計をオレに任せてくるのだ。その笑顔は敵ながら巧妙で、オレはいつも奴の分まで会計を済ませる羽目になる。あれはもう甘え上手とか言うレベルではない。オレが普段から優柔不断な性格だとか、そういう内的要因抜きで一種の技術、若しくは魔力だ。間違いない。
だが、そんなオレでも無い袖は振れなかった。
情けない話だが財布にはほぼ一食分の金額しか入っていない。いつものように『金は無いぞ』と牽制するが、やはり奴はいつものように『大丈夫ですよ』と笑う。
大丈夫じゃないんだが。
いや大丈夫ですから。
これから予想される展開に料理の味も分からなくなったオレがそう繰り返すが、奴もまた同じように繰り返してくる。
ここに至って、ようやくオレは今まで己がどれだけ奴によって理不尽な立場に押しやられて来たかを認識できた気がして、そろそろ切れても良いだろうと思い始める。
確かに奴を甘やかしてきたのはオレだ。個人的にかなり好みのタイプだった事もあって、いささかの助平心があったことも否定しない。だが、それも限界だ。今度という今度は放り出してやる。もしも奴に金策が付かないとしても奴自身で何とかすれば良いんだ。
そしてオレは自分でも驚くくらいに冷たく厳しい口調で宣言した。
「本当に、金は、無いぞ」
すると奴は慣用表現に良くある『鳩が豆鉄砲を喰らったような表情』になって答えた。
「…… それって、支払いは大丈夫なんですか先輩?ひょっとして財布を忘れてきたとか」
いきなり展開される奴の斜め上な心配にオレが言葉を失っていると、後輩は一人でうんうんと頷きながら自分の財布から奴とオレの食事代分の金額を差し出してきた。
「取りあえず、今回はこれで凌いでください。ああ、返してくれるのは明日以降で構いませんから」
そう言うと、奴はいつも通りの笑顔をオレに向けてくる。
どうやら今回オレの計算は、推論の段階で条件を一つ見落としていたようだ。
要は燃料食糧等が一人分しか用意されていない宇宙船に密航者が一名、さて貴方が助かる方法は?というもので、通常の答えは『貴方が相手を宇宙船から放り出すか、若しくは相手が貴方を宇宙船から放り出すか』だったと思う。
と言うわけで、オレは眼前の後輩を見捨てるかどうかの瀬戸際に立たされていた。
「ああ、先輩じゃないですか。ご一緒して良いですか?」
そう叫ぶと、奴はいつものようにオレの返事も訊かずに隣に座って料理を注文した。これもいつものことだ。そして、いつものパターンだと笑顔のまま料理を完食した後輩は、やはり笑顔のまま会計をオレに任せてくるのだ。その笑顔は敵ながら巧妙で、オレはいつも奴の分まで会計を済ませる羽目になる。あれはもう甘え上手とか言うレベルではない。オレが普段から優柔不断な性格だとか、そういう内的要因抜きで一種の技術、若しくは魔力だ。間違いない。
だが、そんなオレでも無い袖は振れなかった。
情けない話だが財布にはほぼ一食分の金額しか入っていない。いつものように『金は無いぞ』と牽制するが、やはり奴はいつものように『大丈夫ですよ』と笑う。
大丈夫じゃないんだが。
いや大丈夫ですから。
これから予想される展開に料理の味も分からなくなったオレがそう繰り返すが、奴もまた同じように繰り返してくる。
ここに至って、ようやくオレは今まで己がどれだけ奴によって理不尽な立場に押しやられて来たかを認識できた気がして、そろそろ切れても良いだろうと思い始める。
確かに奴を甘やかしてきたのはオレだ。個人的にかなり好みのタイプだった事もあって、いささかの助平心があったことも否定しない。だが、それも限界だ。今度という今度は放り出してやる。もしも奴に金策が付かないとしても奴自身で何とかすれば良いんだ。
そしてオレは自分でも驚くくらいに冷たく厳しい口調で宣言した。
「本当に、金は、無いぞ」
すると奴は慣用表現に良くある『鳩が豆鉄砲を喰らったような表情』になって答えた。
「…… それって、支払いは大丈夫なんですか先輩?ひょっとして財布を忘れてきたとか」
いきなり展開される奴の斜め上な心配にオレが言葉を失っていると、後輩は一人でうんうんと頷きながら自分の財布から奴とオレの食事代分の金額を差し出してきた。
「取りあえず、今回はこれで凌いでください。ああ、返してくれるのは明日以降で構いませんから」
そう言うと、奴はいつも通りの笑顔をオレに向けてくる。
どうやら今回オレの計算は、推論の段階で条件を一つ見落としていたようだ。