カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

学生の怪談

2013-07-27 11:06:48 | 即興小説トレーニング
 お墓というのは死んだ方々の家であり、そう言う意味では墓場というのは死者の住宅街、若しくは団地のようなものだと僕は思う。それ故、そこを訪れる人間は住民に配慮して無闇に騒いだり、ましてやお墓に悪戯するような真似は絶対にしてはいけないのだ。
 そんな簡単な理屈が、どうしてこの連中には判らないのだろうと僕は遠い目になる。

 確かに今日は夜になっても暑かった。頭が沸くかと思うくらい暑かった。
 だから学生寮の一室に集まっていた連中の一人が『肝試しに行こう』と言い出したとき、他の連中は退屈しのぎと憂さ晴らしとその場のノリから全員一致で近所の墓地に繰り出したのだろう。
 ルールは至って簡単、二人一組が墓場の一番奥にある石碑の前に持参した蝋燭を点火して立ててくると言う、ちょっと参加者の正気を疑うものだった。火の始末とかそう言うことは考えていないらしい。

 案の定、事あるごとに吠えるように叫び、与太話で場を盛り上げようとする連中に対して『住人』の皆さんの態度は冷ややかだった。殆どは天寿を全うし、現世に残した家族や子孫にきちんと供養されている方々なので大概は眉をひそめる程度だったが、不慮の事故を遂げたり病気で若くして亡くなった、若しくは誰も供養してくれない方々の表情はどんどん物騒になっていく。また、いきなり現れた侵入者に対してちょっかいをかけ始める小さな子どもや若者も現れ始めた。
「…… なあ、ちょっと寒くない?」
 事故にあったときそのままの姿をしたお嬢さんが肩にしなだれかかり、面白がった子どもに小石をぶつけられ、そこに座れと説教を始めようとする御老人に立ち塞がれ、ある意味一気に賑やかになったその場で不安そうに首を竦める連中。それでも一応は何事もなく全員が石碑の前に点火した蝋燭を立てて墓地を去ったあと、僕は必死に周囲の皆さんに詫びを入れて回った。大概は『若い連中は仕方ないねえ』と許してくださったが、やはりというか当然というか、頑固な御老人には『何を考えているんだ!』と怒鳴られた。それでも周囲の方々が宥めてくれたので何とか場は収まり、僕は当然の責任として後始末を始めることにした。

 学生寮の部屋割りは四人一組。肝試しのメンバーは八人。
 幸い肝試しで組になったメンバーは部屋割りに準じていたので、僕はとりあえず蝋燭を返してやることにした。一番インパクトがありそうなのは点火した状態で机に立てておく演出だったが火の用心的な意味で却下、その代わり二本に折った蝋燭を各自の通学鞄に一本ずつ突っ込んでおくことにする。これで懲りてくれたら良いのだが、連中にとっては、せいぜい新しい寮内七不思議が爆誕する程度の騒動だというのは長年の経験上から判っている。

 かつてこの学生寮で自殺した僕は、いつまでこんな風に『向こう側』に行けないまま彼らに微妙な警告を与え続けなければいけないのだろうと、ふと思った。
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刃の交わり(多分)

2013-07-27 01:47:31 | 即興小説トレーニング
 妹に男友達が出来た、めでたいことだ。

 兄貴の俺が言うのも何だが、妹の外見はそこそこ可愛いと思う。
 性格もまあ、多少頑固だがねじ曲がってはいないし、人付き合いもそれなりにこなしている。
 だが、今の今まで浮いた話が聞こえてこなかったのは、妹の趣味に対する傾倒が同好の士以外の相手、というよりぶっちゃけ常人には理解しがたいレベルの代物だったからだ。ちなみにここで言う『常人』には俺も含まれる。

 同性の友達には全く己の趣味について話さない妹だが、男友達が出来ると親しさを深めた頃合いを見計らったように己の趣味について怒濤のように話しまくり、結果ドン引きされて疎遠になるというのがいつものパターンで、それが何度も続くものだから趣味の話は男避けの牽制だとばかり思っていたが、どうやら妹は真面目に理解者を求めていたらしい。
 そんな中で、武藤は妹の前に現れたのだ。

 俺のクラスメイトである武藤は、今時肥後の守で鉛筆を削っているという変わり者だった。
 とは言っても別に学校にまでそれを持ってくるわけではなかったし、特に危険を感じるような相手でもなかったので、俺はつい妹が尋常じゃない刃物好きであると奴に話した。
 昔、ダーレスーパーシザーズとかいうドイツ製のハサミを購入した際は大騒ぎだったと話題にした途端に武藤の瞳に異様な光が宿り、出来れば妹を紹介して欲しいと頼みこんできた。流石にどうしてくれようかと思ったが、取りあえず本人の意志を確認するとその場を誤魔化して帰宅後、妹に経緯を話してみせると。
「ダーレスーパーシザーズを知っている相手なら、是非一度会いたい」
 などと、こちらも異様な光を瞳に宿しながら答えたので、何となく不安を感じながらも俺は二人を引き合わせ…… 常人には理解しがたい熱情と連帯感がそこに現出したのだった。
 ちなみにダーレスーパーシザーズとは、現在は存在しないドイツのダーレ社が販売していたとてつもない切れ味のハサミで、普通の学用バサミなら優に二十本以上は軽く買える値段だったりする。

 そんなわけで最近の二人は刃物の研ぎ方や手入れについて時間を忘れて語り合い、デート先の歴史記念館で日本刀の輝きに魅了されて立ち尽くし、秘かに門外不出のコレクションを自慢し合ったりしている。縁を切るという意味合いから異性だけでなく同性間でもやり取りが嫌われる刃物が付き合いの切っ掛けとなったのは珍しいかも知れないが、それもまた縁の一つだろう。 

 ちなみに、先日誕生日を迎えた妹へ武藤がプレゼントしたのは、関の孫六のペティナイフだった。ひょっとしてこのままお付き合いが続いたら、婚約指輪代わりに懐剣でもプレゼントするのでは無いかと一瞬不安になったが、まあ杞憂だろう。多分、きっと、或いは。

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