1月20日
ドイツ電子音楽のパイオニア=タンジェリン・ドリームの
中心人物だった、エドガー・フローゼがオーストリアの
ウィーンで亡くなった。
70歳。死因は肺塞栓症との事。
1967年にタンジェリン・ドリームを結成。
当初はチェロ・フルート・ドラムなど既成楽器を電気処理した、
フリー・ミュージックを演奏していたが
その後、現代音楽の影響を受けてシンセを導入、一気に電子化。
全員の持ちパートがシンセサイザーで。
歌なし。ギター、ドラム、ベースなしの編成という特異性を
打ち出し、旧来の音楽が持つメロディー、ハーモニー、ビート
パターンを脱却した、「A面1曲」的なアルバムを連発する。
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1974年の「フェードラ」、1975年の「ルビコン(Rubycon)」と、
後に名盤と評されるアルバムをリリース。
これらのアルバムは、最新機器ミュージック・シーケンサーを
全面的に使った電子音楽として、プログレ界に新風を送り込んだ
と評された。
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※反面「難解」として、マニアックなジャーマンプログレ・ファン
のみに対する「知る人ぞ知る」存在でもあった。
ここで渡辺宙明先生やピート・タウンゼントのような「大衆音楽
への導入」と、タンジェリンらジャーマン電子音楽の「全面導入」
との比較みたいな話に行きかねないが、ワタシャ両方凄いと思って
いるので、 あまり「どっちが偉い」とか言いたくない。
冨田勲先生も、クラフトワークやタンジェリンを認める発言なさって
おいでですし。
ただ、
本人たちは、より多くの聴衆へ自分たちの音楽を届けようと
腐心したのか1976年の「浪漫(Stratosfear)」では少し難解さが
軽減。
私のような音楽ファンは、やっと彼らの魅力が理解できたっけ。
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この音楽スタイルは、後に彼らが手掛ける映画音楽にも引き継がれ、
1980年代にはサントラの仕事がメインのようになった。
ライブ活動も精力的で、電子音を継続させつつ半即興も試みる
スタイルはコンサートの定番となった。
※名盤といわれる「リコシェ(Ricochet)」はライヴ・アルバム。
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タンジェリン自体の活動は2000年代も継続。
その作品数は膨大でサントラを加えれば1970年から2007年まで毎年
(しかも複数枚!)アルバムが発表されている。
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凄いお方でした。
全アルバムをチェックした訳ではありませんが、
凄さは充分に理解できました。
エドガー・フローゼ氏よ、やすらかに。
ドイツ電子音楽のパイオニア=タンジェリン・ドリームの
中心人物だった、エドガー・フローゼがオーストリアの
ウィーンで亡くなった。
70歳。死因は肺塞栓症との事。
1967年にタンジェリン・ドリームを結成。
当初はチェロ・フルート・ドラムなど既成楽器を電気処理した、
フリー・ミュージックを演奏していたが
その後、現代音楽の影響を受けてシンセを導入、一気に電子化。
全員の持ちパートがシンセサイザーで。
歌なし。ギター、ドラム、ベースなしの編成という特異性を
打ち出し、旧来の音楽が持つメロディー、ハーモニー、ビート
パターンを脱却した、「A面1曲」的なアルバムを連発する。
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1974年の「フェードラ」、1975年の「ルビコン(Rubycon)」と、
後に名盤と評されるアルバムをリリース。
これらのアルバムは、最新機器ミュージック・シーケンサーを
全面的に使った電子音楽として、プログレ界に新風を送り込んだ
と評された。
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※反面「難解」として、マニアックなジャーマンプログレ・ファン
のみに対する「知る人ぞ知る」存在でもあった。
ここで渡辺宙明先生やピート・タウンゼントのような「大衆音楽
への導入」と、タンジェリンらジャーマン電子音楽の「全面導入」
との比較みたいな話に行きかねないが、ワタシャ両方凄いと思って
いるので、 あまり「どっちが偉い」とか言いたくない。
冨田勲先生も、クラフトワークやタンジェリンを認める発言なさって
おいでですし。
ただ、
本人たちは、より多くの聴衆へ自分たちの音楽を届けようと
腐心したのか1976年の「浪漫(Stratosfear)」では少し難解さが
軽減。
私のような音楽ファンは、やっと彼らの魅力が理解できたっけ。
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この音楽スタイルは、後に彼らが手掛ける映画音楽にも引き継がれ、
1980年代にはサントラの仕事がメインのようになった。
ライブ活動も精力的で、電子音を継続させつつ半即興も試みる
スタイルはコンサートの定番となった。
※名盤といわれる「リコシェ(Ricochet)」はライヴ・アルバム。
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タンジェリン自体の活動は2000年代も継続。
その作品数は膨大でサントラを加えれば1970年から2007年まで毎年
(しかも複数枚!)アルバムが発表されている。
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凄いお方でした。
全アルバムをチェックした訳ではありませんが、
凄さは充分に理解できました。
エドガー・フローゼ氏よ、やすらかに。