今日のひとネタ

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ダブル渋沢、あるいはトリプル渋沢で

2020年03月09日 | 日記・雑記・ただの戯言
 麒麟が来るか来ないかはわかりませんが、世間ではぼちぼち今年の大河に飽きてきた頃かと思います。そうなると心はもう次の大河、来年の主役は渋沢栄一です。埼玉県民の中では抱かれたい偉人No.1と言われています。(当サイト調べ)

 私は幕末から維新にかけての歴史を勉強し始めてから11年ほどになりますが、時々視線の隅をかすめていくのがこの渋沢栄一。あちこちの小説にチラッと名前が出るので「一度渋沢栄一の事も調べてみねば」と前々から思っていたのですが、この人は幕末の歴史にはあまり登場しません。どちらかというと印象的なのは従兄の渋沢成一郎の方。

 先日「江戸のいちばん長い日 彰義隊始末記」(安藤優一郎著)という本を読んだのですが、彰義隊の事が結構まとめられていて勉強になりました。その彰義隊の発足時の頭取がこの渋沢成一郎でした。

 彰義隊はのちに分裂し、この渋沢成一郎は振武軍として寛永寺を出て別行動をとり、新政府軍の総攻撃で彰義隊が壊滅した上野戦争には参加しておりません。この人はその後会津に行ってそこで彰義隊が再結成され、そのままその後の函館戦争にも参加しますが、またまたそこで彰義隊が分裂したりと紆余曲折の人生を辿ります。

 その後は新政府軍に投降し東京に護送されたのち赦免され、元々有能な人であったことから新政府では大蔵省に入ったりします。その頃渋沢栄一の方はどうしていたかというと、これが大政奉還の前からパリ万博に参加する徳川昭武に同行してそのままヨーロッパ留学しており、彰義隊が壊滅した上野戦争の時は日本にいませんでした。幕末オタクの私が渋沢栄一の事をほとんど知らないのはこの辺に原因があります。

 これを考えると、大河ドラマでは渋沢栄一だけではなくダブル渋沢として渋沢成一郎にも焦点を当てねば盛り上がりません。また、この時期の渋沢というともう一人いて、栄一が妻の弟の平九郎を養子として迎えており、この人は彰義隊に参加してその後振武軍の幹部ともなりますが…、詳しくは来年のドラマをご覧下さい。

 ということで、渋沢栄一だけじゃなくて他の二人にも注目してトリプル渋沢にすれば来年の大河はヒット間違いなし。「翔んで埼玉」以来の埼玉ブームとなることでしょう。この渋沢成一郎を誰が演じるかは要チェックですね。ああ、楽しみだ楽しみだ。