The Rest Room of ISO Management
ISO休戦
“お勉強する”ということ
数ヶ月前のことで恐縮だが 大学で ある老学者(元東京大学教授)の講演もどきの講義を聞く機会があった。私は 若い学生に混じって聴講していた。
講義の冒頭での 話。“ここ大阪の地、には 適塾がありました。大村益次郎や 橋本左内らが出たのですが、福沢諭吉もここを出ています。その福沢が書いた「福翁自伝」という本があります。ここに これを読んだ人はいますか?最近は これを読む人はいないんだなぁ。マァ イイヤ!これに、ある時 諭吉が病を得て、枕がないことに始めて気付いたという下りがありました。”
今まで、昼も夜も無く書を読み学んできたが、そういえば寝るともなく、起きるともなくやってきたという状態で病気になって枕がないことに始めて気がついたという。諭吉はそこまでして勉強した。そいて、学ぶことに誇りを持っていた。
“皆さんも そういう気概を持って学んで欲しい。そして、必ず海外に出て また学んで欲しい。”
それは、明治初期というか幕末の頃の話。遅れた日本が欧米に追いつくために、何を為すべきか必死にさぐっていた時代のこと。今の時代、そこまで “お勉強”して意味があるのか。“お勉強”とは、本当にそんなにつらい思いをしてまでしなければならないことなのか、と思う。私も「福翁自伝」は未だ読んだことはない。そういう“高級な本”を読む気になることは かつて全くなかったし、未だになれない。要するに私の視野には入っていないのだ。
そういえば、昔 若い時代には時々そんなことを言う先生もいたなぁ、と誰がそう言ったか定かではないのだが、そういう記憶が甦った。そして、その時 ゾーッとしたことを 思い出した。そう言えば こういう “ダメダ、もっと勉強しろ!”という台詞には、久しぶりに接したのだ。
さらに私自身に引き付けて考える時、そこまで “お勉強”して 自分が お偉い先生になれるのか。こう言っちゃぁ何だが、自分の頭は それほどではない。
だから、体力のある若い時でも、本当にそんなに 死にそうになりながら “お勉強”などしようものなら、それこそ精神の安定を失いそうになったものだ。ただでさえ世間が狭かったので目標を見失ったまま漂流し、学校の先生(大学の先生も含めて)か サラリーマンくらいしか 将来像が見えなかった。そして、学校の先生では世間が狭い!そう思い込んでいた。サラリーマンならそこまで “お勉強”する必要もあるまい。世に出、会社に入ってから 改めてスタートすればよいのだ。
それに 自分がそんなに“お勉強”しても、もっと楽々やって遥か上に居る人も厳然と存在する。そう考えると “お勉強”もそこそこで、自分のやれる範囲でやっていれば いいや、とケリを付けて、そのまま今日に至ったのを 思い出したのだ。いわば、やれることをやるという人生戦略だったのだ。
確かに 若い人には あの先生の叱咤激励は大いに意味があろう。教育者としては当然の台詞であろう。まさに 今や日本には第二、第三の諭吉が求められているのであり、そういう人は大いにお勉強してもらわなければならない。そして 大いに可能性に挑戦していただかなければならない。
そのために、20才前、というか15才より年少であれば 無理して お勉強はするべき。そうすれば ある程度までは必ず行く。ただ 15才というか 高校あたり以降は 無理を押しても克服できない壁が見えてくるのは、私同様 大抵の人が 経験するところではないか。
その壁にブチ当たって 壊れる人もいるようだが、私は さっき書いたように 自分の能力に見切りをつけて妥協して生きてきた。壊れないためには“妥協”も必要なことなのだ。ただ 自分のオツムより少し高いレベルへターゲッティングし、ある程度のストレスの中に居て努力することが大切なのは分かっていた。現状より低いところにポジショニングしていたのでは 居心地はいいかも知れないが そういう居心地の良い場所では能力は少しずつ劣化し、居心地の良さでグズグズしていれば、とめども無く 降下して行くことも分かっていた。それは 堕落につながるのだ。
このことは 多分 “お勉強”以外の どんな方面についても言えることだろう。
私は、そのような思いで年齢を経て来た。それに、その過程で自分なりに無理しないための屁理屈もいろいろ知ってしまったのだ。
たとえば、経済学者ガルブレイスは “教養は人生を 楽しむためにあるのだ。” と書いていたのを思い出した。要は、“お勉強”は 結局のところ人生を楽しむためにするのだ、という。
やっぱり、そうだよなぁ。究極のところ 人生を楽しむ姿勢でないと 安定した精神で生きては行けないものだ。だから、無理して“お勉強”することは本末転倒なのだ、と大いにガテンしたものだった。
そう言えば、論語にも「学びて時にこれを習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや」とある。
あの孔子ですら、そうなのか。ならば、やっぱり、それで 良いじゃないかと 安心立命していた。
福沢諭吉のお勉強は ある意味 日本の遅れを取り戻す異様な時代の学生のあり方だった。だから意味もあった。
いや、実は さわさりながら福沢先生は その苦しい“お勉強”を楽しんでいたのではないのか。そもそも、お偉い先生の お楽しみの“お勉強”は レベルが違うものなのではないのか・・・。
やっぱり、“好きこそモノの上手なれ”。お脳の出来が違う人に お好きなこと つまり “厳しいお勉強”はお任せして、自分は楽しんで生きるために できる範囲でコツコツ努力しよう。中途半端と言われようが それで良い、適当なレベルで 手を打ちましょう、そう思ったのだ。過大なことを要求されてもできないことは無理なのだ。
そして、教養とは 役に立たない知恵・知識でもある。“教養は人生を 楽しむため”というより、“教養は人生の調味料”かも知れない。そんな ものに命懸けになるなんて、意味は無かろう・・・。イヤ そういう態度も 人それぞれのこと、好みの問題なのだ。
それに 前述したように、この世に才能・能力の階級は 厳然として存在する。これは “平等の原則”の前に公式には誰も口にしない事実である。これは、世の中の公然の機密事項なのだ。
そう言えば学問にも 階層は厳然と存在する。例えば バランス・スコア・カードは オーソドックスな経営学の中には入っていないと 経済学部の教授から 最近 聞いた。つまりバランス・スコア・カードは学問の世界では 低く見られていると言うのだ。
そう言えば、学生時代 恩師に言われた台詞がある。“歯医者は医者ではない。歯医者は 科学雑誌の世界トップのThe Natureには投稿できないし、医者が dentist likeと言われれば、それは藪医者と言われたことと同じなのだ。歯医者の治療は 歯を抜いて終わる。これは‘治療’という行為とは言えないからだ。”と 言っていた。これは、議論の分かれる モノ言いで 誤解を受ける台詞だが、欧米では そういう見方なのであり、厳然たる事実なのだ、とオックスフォード帰りの恩師は言っていたのだ。
どうやら ISOマネジメントも 研究対象としては低いレベルに見られているような臭いがすると 最近 感じて来ている。そもそも学問の対象にすらなっていないのではないか。そうだからこそ、私自身の居場所が 見つけられそうな世界ではないかと 不遜にも思ったのだった。
ところが、こういう社会的ヒエラルヒー性は 様々な分野で存在することを了解していない人々がいる。平等性の原則をかたくなに信じ込んでいる人々だ。そういう人が増えると、訳の分からない世の中になる。それが 今の日本かも知れない。そういう意味で “民主化”による“悪しき平等主義”に毒された日本人の思考は劣化しているのではないか。
かつては 一般庶民にも有った “分を知る文化”が失われて来ているのだ。
それが 日本人の思考混乱を助長している側面があり、ある面思考停止へと 追い込んでいるのではないか、と思っているのだ。禁断のモノ言いをしてしまったような気がするが・・・・。
さて 私は一体何が言いたいのか・・・・。要するに “お勉強”すると言っても 自分らしく生きるために 生存競争の中で“分を知って” 無理なくやること、自分のポジションを理解して、生きることが 仕合せへの道なのではないか・・・・・・
だが、一方では そういう突き抜けようという意志を持てなかったことが、私の弱点であったのかも知れない、という迷いもあるのは事実だ。
だがその弱点は 熱き情熱を持ってあたるべき対象を持てなかったコト、人生の全てを賭けようとするモノが無かったコトだったのかも知れない。好きこそモノの上手なれ。それが あれば 私のように 悩むことはない。こんな迷いは全く人生のムダなのかも知れない。
難しい個人的問題ではあるが、こういうめぐり合わせは ある種の運命なのだろうか。

講義の冒頭での 話。“ここ大阪の地、には 適塾がありました。大村益次郎や 橋本左内らが出たのですが、福沢諭吉もここを出ています。その福沢が書いた「福翁自伝」という本があります。ここに これを読んだ人はいますか?最近は これを読む人はいないんだなぁ。マァ イイヤ!これに、ある時 諭吉が病を得て、枕がないことに始めて気付いたという下りがありました。”
今まで、昼も夜も無く書を読み学んできたが、そういえば寝るともなく、起きるともなくやってきたという状態で病気になって枕がないことに始めて気がついたという。諭吉はそこまでして勉強した。そいて、学ぶことに誇りを持っていた。
“皆さんも そういう気概を持って学んで欲しい。そして、必ず海外に出て また学んで欲しい。”
それは、明治初期というか幕末の頃の話。遅れた日本が欧米に追いつくために、何を為すべきか必死にさぐっていた時代のこと。今の時代、そこまで “お勉強”して意味があるのか。“お勉強”とは、本当にそんなにつらい思いをしてまでしなければならないことなのか、と思う。私も「福翁自伝」は未だ読んだことはない。そういう“高級な本”を読む気になることは かつて全くなかったし、未だになれない。要するに私の視野には入っていないのだ。
そういえば、昔 若い時代には時々そんなことを言う先生もいたなぁ、と誰がそう言ったか定かではないのだが、そういう記憶が甦った。そして、その時 ゾーッとしたことを 思い出した。そう言えば こういう “ダメダ、もっと勉強しろ!”という台詞には、久しぶりに接したのだ。
さらに私自身に引き付けて考える時、そこまで “お勉強”して 自分が お偉い先生になれるのか。こう言っちゃぁ何だが、自分の頭は それほどではない。
だから、体力のある若い時でも、本当にそんなに 死にそうになりながら “お勉強”などしようものなら、それこそ精神の安定を失いそうになったものだ。ただでさえ世間が狭かったので目標を見失ったまま漂流し、学校の先生(大学の先生も含めて)か サラリーマンくらいしか 将来像が見えなかった。そして、学校の先生では世間が狭い!そう思い込んでいた。サラリーマンならそこまで “お勉強”する必要もあるまい。世に出、会社に入ってから 改めてスタートすればよいのだ。
それに 自分がそんなに“お勉強”しても、もっと楽々やって遥か上に居る人も厳然と存在する。そう考えると “お勉強”もそこそこで、自分のやれる範囲でやっていれば いいや、とケリを付けて、そのまま今日に至ったのを 思い出したのだ。いわば、やれることをやるという人生戦略だったのだ。
確かに 若い人には あの先生の叱咤激励は大いに意味があろう。教育者としては当然の台詞であろう。まさに 今や日本には第二、第三の諭吉が求められているのであり、そういう人は大いにお勉強してもらわなければならない。そして 大いに可能性に挑戦していただかなければならない。
そのために、20才前、というか15才より年少であれば 無理して お勉強はするべき。そうすれば ある程度までは必ず行く。ただ 15才というか 高校あたり以降は 無理を押しても克服できない壁が見えてくるのは、私同様 大抵の人が 経験するところではないか。
その壁にブチ当たって 壊れる人もいるようだが、私は さっき書いたように 自分の能力に見切りをつけて妥協して生きてきた。壊れないためには“妥協”も必要なことなのだ。ただ 自分のオツムより少し高いレベルへターゲッティングし、ある程度のストレスの中に居て努力することが大切なのは分かっていた。現状より低いところにポジショニングしていたのでは 居心地はいいかも知れないが そういう居心地の良い場所では能力は少しずつ劣化し、居心地の良さでグズグズしていれば、とめども無く 降下して行くことも分かっていた。それは 堕落につながるのだ。
このことは 多分 “お勉強”以外の どんな方面についても言えることだろう。
私は、そのような思いで年齢を経て来た。それに、その過程で自分なりに無理しないための屁理屈もいろいろ知ってしまったのだ。
たとえば、経済学者ガルブレイスは “教養は人生を 楽しむためにあるのだ。” と書いていたのを思い出した。要は、“お勉強”は 結局のところ人生を楽しむためにするのだ、という。
やっぱり、そうだよなぁ。究極のところ 人生を楽しむ姿勢でないと 安定した精神で生きては行けないものだ。だから、無理して“お勉強”することは本末転倒なのだ、と大いにガテンしたものだった。
そう言えば、論語にも「学びて時にこれを習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや」とある。
あの孔子ですら、そうなのか。ならば、やっぱり、それで 良いじゃないかと 安心立命していた。
福沢諭吉のお勉強は ある意味 日本の遅れを取り戻す異様な時代の学生のあり方だった。だから意味もあった。
いや、実は さわさりながら福沢先生は その苦しい“お勉強”を楽しんでいたのではないのか。そもそも、お偉い先生の お楽しみの“お勉強”は レベルが違うものなのではないのか・・・。
やっぱり、“好きこそモノの上手なれ”。お脳の出来が違う人に お好きなこと つまり “厳しいお勉強”はお任せして、自分は楽しんで生きるために できる範囲でコツコツ努力しよう。中途半端と言われようが それで良い、適当なレベルで 手を打ちましょう、そう思ったのだ。過大なことを要求されてもできないことは無理なのだ。
そして、教養とは 役に立たない知恵・知識でもある。“教養は人生を 楽しむため”というより、“教養は人生の調味料”かも知れない。そんな ものに命懸けになるなんて、意味は無かろう・・・。イヤ そういう態度も 人それぞれのこと、好みの問題なのだ。
それに 前述したように、この世に才能・能力の階級は 厳然として存在する。これは “平等の原則”の前に公式には誰も口にしない事実である。これは、世の中の公然の機密事項なのだ。
そう言えば学問にも 階層は厳然と存在する。例えば バランス・スコア・カードは オーソドックスな経営学の中には入っていないと 経済学部の教授から 最近 聞いた。つまりバランス・スコア・カードは学問の世界では 低く見られていると言うのだ。
そう言えば、学生時代 恩師に言われた台詞がある。“歯医者は医者ではない。歯医者は 科学雑誌の世界トップのThe Natureには投稿できないし、医者が dentist likeと言われれば、それは藪医者と言われたことと同じなのだ。歯医者の治療は 歯を抜いて終わる。これは‘治療’という行為とは言えないからだ。”と 言っていた。これは、議論の分かれる モノ言いで 誤解を受ける台詞だが、欧米では そういう見方なのであり、厳然たる事実なのだ、とオックスフォード帰りの恩師は言っていたのだ。
どうやら ISOマネジメントも 研究対象としては低いレベルに見られているような臭いがすると 最近 感じて来ている。そもそも学問の対象にすらなっていないのではないか。そうだからこそ、私自身の居場所が 見つけられそうな世界ではないかと 不遜にも思ったのだった。
ところが、こういう社会的ヒエラルヒー性は 様々な分野で存在することを了解していない人々がいる。平等性の原則をかたくなに信じ込んでいる人々だ。そういう人が増えると、訳の分からない世の中になる。それが 今の日本かも知れない。そういう意味で “民主化”による“悪しき平等主義”に毒された日本人の思考は劣化しているのではないか。
かつては 一般庶民にも有った “分を知る文化”が失われて来ているのだ。
それが 日本人の思考混乱を助長している側面があり、ある面思考停止へと 追い込んでいるのではないか、と思っているのだ。禁断のモノ言いをしてしまったような気がするが・・・・。
さて 私は一体何が言いたいのか・・・・。要するに “お勉強”すると言っても 自分らしく生きるために 生存競争の中で“分を知って” 無理なくやること、自分のポジションを理解して、生きることが 仕合せへの道なのではないか・・・・・・
だが、一方では そういう突き抜けようという意志を持てなかったことが、私の弱点であったのかも知れない、という迷いもあるのは事実だ。
だがその弱点は 熱き情熱を持ってあたるべき対象を持てなかったコト、人生の全てを賭けようとするモノが無かったコトだったのかも知れない。好きこそモノの上手なれ。それが あれば 私のように 悩むことはない。こんな迷いは全く人生のムダなのかも知れない。
難しい個人的問題ではあるが、こういうめぐり合わせは ある種の運命なのだろうか。

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