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重村智計著“朝鮮半島「核」外交―北朝鮮の戦術と経済力”を読んで

先日、6ヶ国協議が 終りました。元北朝鮮労働党国際担当秘書で韓国に亡命している黄長(ファン・ジャンヨプ)は “北では 「もっとも騙し易いのはアメリカ人。もっとも騙しにくいのは中国人だ。」と言っています。(前回と同じく)また そのようになりました。”と言っていました。
日本では この協議が始まる前から ズーッと “孤立するのではないか。” “バスに乗り遅れるナ。”という声が そこはかとなく 沸きあがっていました。これは、一体 どういう意味なのでしょう。
こういう指摘する人には 独自外交を 言う資格はありません。自己を主張し、独自外交を展開するためには、孤立を 恐れていては何もできません。周囲の客観情勢を 冷静に分析し、自己の立脚点を深く認識した上で 自己に適切な論理を展開する。それが 独自外交の原点だと思うのです。そのためには “孤立を恐れず、連帯を求めて” 行く 強い姿勢が必要だと思うのです。

実は、この本は 最初から読もうと思って入手した本ではありませんでした。
他にもっと読みたい本があり、それまで見つからず 近所の本屋さんで 読みたい本を絶望的な思いで探していた時に つい目が行った本でした。折しも 6ヶ国協議が北京で再開されており、極めて ホットな話題に 目が奪われたのです。
その本屋さんでは 出入り口付近の比較的高い書棚に あたりを睥睨するかのように1冊だけ置かれていました。



著者の重村教授は いつも冷静な分析と 驚くような 朝鮮情勢の赴く先を見通す情報を テレビで紹介されており、いつかは 同氏の本を読んでみたいと思っていました。
かつて何人もの時の首相からそのインタビューで失言を 誘い出し 辞任に追い込んだT氏というジャーナリストがいます。このT氏、最近は 自分の意に染まない発言をする出演者には その言葉を遮る傾向があるのですが、ある番組で 重村教授の発言に、何を思ったのか 突然かなり感情的に気色バンで罵声を発したことがありました。これに対し、いささかも動じた様子も無く 冷静に受け答えされた同教授の姿勢には 感服したものです。
その同教授の本が 新書という形で お手軽に読めると分かって 思わず買ってしまったのです。

私は 同氏を 毎日新聞の記者出身の“ジャーナリスト”だと思っていました。
ところが この本の 最初は“ペロポネソス戦争”への理解が 国際紛争の理解への基礎だとの指摘から始まります。日本人には馴染みのない だが 欧米人には常識の古代ギリシャの“ツキジデス”の紹介により格調高くスタートします。これには 少々面食らった次第です。
そして この本の“終わりに”には、“国際政治は軍事や政治の要素だけで判断したら、間違える”と指摘し、“朝鮮問題の理解には、歴史の教訓と相手の文化と物の考え方への取り組みが必要である。”と言っています。
さらに、日本の“朝鮮半島研究の水準”に言及し、日本の学問研究界に“朝鮮半島の「黒白理論」という文化がそのまま持ち込まれ”、学問的真実よりも、“日本人に、韓国か北朝鮮のどちらにつくかの「踏み絵」と旗振りを要求した”“かつての超有名出版社の責任は大き”く、これが 日本における独自の朝鮮半島研究の遅滞を招いたと指摘しています。
そして 日本人の“朝鮮半島研究者の中には、韓国人や朝鮮人への嫌悪の感情を示す人たちがいる。” “自分が尊敬でき、愛情を感じることのできない対象を研究すべきではない。” と言っています。

さて、本題のテーマ紹介に入りましょう。コアとなるキィ・センテンスを並べて 内容紹介に替えます。

“6ヶ国協議は核問題解決の場所ではなく、北朝鮮が韓国や中国から援助を引き出す「打出の小槌」になっている。”
この6ヶ国協議に“日本も積極的に参加する意志を表明した。はずされることを心配したからだ。” だが “日本は黙っていても、「参加してほしい」と言われるのだから、駆け引きをする余地は十分にあった。「拉致問題を協議しなければ参加しない」と、条件をつけることもできた。”

“外交文書では「合意」の言葉が最も拘束力のある表現だ。” “(日朝)平壌宣言には 「合意した」という言葉が、一つも見当たらない。合意のない(奇妙な)外交文書なのである。”
“2002年9月の日朝首脳会談では、日朝正常化交渉と正常化実現が約束された。だが、これが日米同盟を崩壊させる、との危機感はなかった。” “同盟は、「共通の敵」と「共通の価値観」がなくなると、崩壊する。” “日米同盟は、冷戦終了後に共通の敵を失った。” “共通の敵を見失った日米同盟を救ったのは、北朝鮮の核開発とテロ、違法行為であった。”
“日米両国は、「共通の敵」がいなくても同盟は維持できるか、という21世紀の課題に直面している。敵が存在しない時代の同盟の構想に早く取組むべきだ。”

一般に 米国政府は北朝鮮政策は 無策であった、と言われています。しかし、この本によれば米国政府は “北朝鮮の違法収入源を締め上げるために、財務省から国務省、司法省、CIA、FBIが合同の捜査チームを組織した。2005年8月に行われた大捜査によって、北朝鮮の偽タバコと偽ドルのシンジケートを、一網打尽にした。”
これが 現在の金融制裁につながっているようです。それが 今の金正日(キムジョンイル)の 悪あがきにつながっているようです。
昨年2006年1月に金正日が中国訪問をしたが、これは一般には“改革開放経済の視察”だと思われているが、“金融制裁解除の交渉”に 直接赴いて 成果を上げられなかったのが 実態だと説明しています。そして これが 現在の6ヶ国協議再開へつながっています。(ところが 今回の6ヶ国協議でヒル国務次官補は どうやら敵に塩を贈る結果を招来したようです。)

“北朝鮮は、濃縮ウランによる核開発に手をつけなければ、200万キロワットの原子力発電所を手に入れていた。電力不足も、大幅に緩和された。” “北朝鮮では、食糧難よりも電力不足のほうが深刻である。北朝鮮の発電設備は777万キロワットである。原子力発電所が完成すれば、一挙に30%近い能力増になる。国民生活の向上や産業回復には、絶対に必要だった。” “「米朝合意書」によると、軽水炉の最重要部分が搬入される前に、「査察受入れ」が義務付けられていた。この核査察には、2年から3年の時間が必要になる。そして査察を受入れれば、秘密の核開発が発覚する危険があった。・・・・この経過を考えると、北朝鮮は「核査察を受入れない」決断をくだした、と診るしかない。それは、「死んでも核は手放せない」との選択に踏み切ったことを意味する。”

“北朝鮮は、この儒教の価値観を「主体(チュチェ)思想」として、支配の道具に使った。・・・主体思想は、「民族の父親」への絶対服従を求める。なかなか巧妙な統治方法を考えついたものである。” “朝鮮半島に根強い「中央集権システム」と「官僚体制」が、社会主義のシステムにぴったり融合した。”
韓国では “朴正煕(パクチョンヒ)大統領は、「政治優先」の儒教的伝統を「経済優先」に変えた。また、旧支配層の「両班」階層を、社会の指導層から追放した。” ですが 「儒教」が北朝鮮ばかりでなく韓国も含めて半島全体の理解のポイント”であると 示唆しています。

“(北朝鮮の)製油所の生産能力は 年産150万トンであった。” “日本の自衛隊は、年間150万トンの石油を使っている。・・・北朝鮮の「余りのなさ」を理解していただけるだろうか。(年間)100万トン(97年以降は50万トン)の石油で、民生用から、産業用、軍の需要をカバーするのである。” その上“中国は、北朝鮮が戦争できる量の石油を決して供給しないのである。(質の悪い大慶油田の50万程度の原油提供にとどまっている。ロシアは 債権回収できないので供給していない。)” 1996年5月に、北朝鮮空軍のパイロットが韓国に亡命したが、彼の10年間の飛行時間は350時間で、韓国空軍のパイロットが1年間に飛ぶ時間と同じだった。
だから“年間100万トンの石油消費量では「暴発」できない”と見通せる訳です。

この本を読めば 北朝鮮政府の動きの背景が良く分かると思います。背景が分かれば 今後の動きも理解できます。
どうやら 今回の 6ヶ国協議も 北朝鮮が“援助を引き出す「打出の小槌」”になったものと思われます。外務省のホームページで 今回2月13日の“初期段階の措置”文書を読んでみましたが そこには“合意”というキィワードは見当たりませんでした。それにこれは“共同声明”とはなっていません。これは、どういうことなのでしょう。

日本が最終的に取るべき成果は “北による核の完全廃棄(反テロ支援)” と “拉致問題(人権侵害)の解決” で見返りとして出すべきは “資金拠出”です。これらを 上手く組み合わせて対北朝鮮外交カードとして使うべきでしょう。
ですが、その時 必ず訳の分からない声の “孤立するのではないか。” や “バスに乗り遅れるナ。”には 利権の臭いが 感じ取れるようになりました。今回は 日本政府が譲歩しなかったのは 今の局面では正解に近いと思うのです。



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