小児アレルギー科医の視線

医療・医学関連本の感想やネット情報を書き留めました(本棚2)。

テオドール®時代の終焉

2025年03月01日 06時35分47秒 | くすり
医師を長くやっていると、治療法の変遷を実体験できます。
私が医師になった1988年当時、小児喘息治療ではテオフィリン製剤の全盛期でした。
その代表薬剤がテオドール®。

有効な薬剤ではありますが、
血中濃度を測定し、微調整が必要なこと、
中毒域ではけいれん重積の副作用が出ること、
などなど、扱いづらい特徴もありました。

重症喘息患者さんは入院して点滴で投与しました。
血中濃度モニターの計算式があり、24時間血中濃度モニターも行いました(つまり研修医は眠れない)。
そこに情報をプロットすると、実際に測定した血中濃度と見事に一致、驚いたものです。

そう、当時の小児喘息治療は頻回の採血が必要であり、
開業医で診療するのは困難ではないかと思われていました。

1990年代に入り、「喘息は慢性の気道炎症である」という概念が確立し、
治療は気管支拡張薬から抗炎症薬へ切り替わりました。
そこで主役に躍り出たのは、現在も使われている吸入ステロイド薬です。

それ以前はステロイド全身投与の離脱期に一過性に使う薬でしたが、
定期吸入していると喘息発作が出なくなり、全身投与の副作用も回避できることがわかったのです。

成人喘息で実績が蓄積されると、
小児喘息治療もテオフィリン製剤から吸入ステロイド薬へ移行していきました。
それとともに、テオドール®を使う機会が漸減していきました。

吸入ステロイド薬中心の喘息診療では頻回の血化気検査は不要で、
開業医院でも診療可能な病気になりました。
私が勤務医から開業医へ切り替えるきっかけにもなりました。

あれから約20年が経過した今、
とうとうテオドール®が姿を消すというニュースが耳に入り、
老医にとって感慨深いものがあります。




▢ 日本呼吸器学会「販売中止は承諾できない」、テオドールの供給困難を受け
 日本呼吸器学会は2025年1月28日、田辺三菱製薬(大阪市中央区)によるテオフィリン徐放性製剤(商品名テオドール錠100mg、200mg)の供給継続が困難となったことについて、「供給停止、販売中止について承諾できない」という声明を発表した。
 日本呼吸器学会アレルギー・免疫・炎症学術部会と閉塞性肺疾患学術部会、常務理事会による審議では、
(1)他の薬剤では十分な治療効果が得られない喘息や慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者の存在
(2)テオフィリン使用不能による全身性ステロイドの使用頻度増加と副作用のリスク増加
(3)治療選択肢の減少による医療現場における最適な処方の難化
(4)比較的安価な治療選択肢の消失に伴う医療費の上昇や患者負担の増大の懸念
(5)代替薬が確立されていない状況が患者や医療現場に混乱を及ぼす可能性
──などが指摘された。
 田辺三菱製薬は2024年12月、テオフィリン徐放性製剤の原料の製造中止により同薬の供給継続が困難となり、2024年11月の予測では2026年12月頃に在庫消尽が想定されると報告していた。なお、テオフィリン徐放性製剤の代替薬について承諾が得られているものは今のところないという。
 現行の薬価削除手続き(厚生労働省資料)では、製造販売業者が供給の停止および薬価基準からの削除を希望する場合、
(1)製造販売業者から供給停止事前報告書が提出された品目について、厚労省が関係学会に対して撤退の可否確認を行う
(2)シェアが一定の割合以上であれば、製造販売業者から提出された薬価削除願に基づき、再度、厚労省が関係学会に対して撤退の可否確認を行う
──というプロセスを経る必要がある(医薬品の承継、代替新規または後発医薬品への置き換えが進んでいる長期収載品の撤退においては、学会への確認はない)。2024年12月に発表された田辺三菱製薬の報告書では、テオフィリン徐放性製剤の販売中止に関して明言はしていないものの、同薬の将来的な販売中止を見越して、日本呼吸器学会が現時点での見解を公表した形だ。
 田辺三菱製薬のテオフィリン徐放性製剤は、速放性顆粒と徐放性顆粒を混合・打錠する方法で製造している。供給継続が困難な理由として同社は、
(1)徐放性に大きく影響している製剤原料が製造中止となり、溶出規格に適合する製品の製造が見込めない、
(2)製剤原料を変更する場合は溶出性の改善が必要、
(3)代替となる製剤原料の確保が困難、
(4)製造方法を見直し、「適切な薬剤放出の制御」と「溶出同等性の担保」を満たす難易度が高い
──ことを挙げている。

なお、文中に「代替薬がない」とありますが、
私は漢方薬(麻杏甘石湯、五虎湯)を使用しています。
結構手応えがあります。


▢ テオドール巡る企業、学会の動きに思うこと
熊谷 信:薬剤師(2025/02/18:日経DI)より一部抜粋(下線は私が引きました);
 2024年12月、田辺三菱製薬(大阪市)が販売するテオドール錠(一般名テオフィリン)について、100mg錠と200mg錠の販売継続が困難であることがアナウンスされました。徐放性に影響する原料2種(ラウリル硫酸ナトリウム、ミリスチルアルコール)の製造中止、また代替となる製剤原料の確保も困難で、2026年12月に在庫消尽見込みと、経緯や今後の見通しについて、詳細に公表されました。
 それに対して、日本呼吸器学会が「承諾できない」と田辺三菱製薬に申し入れたと発表したことが、話題になりました(テオフィリン徐放性製剤 テオドール錠100mg、200mgの現状報告(周知依頼)。このままでは製造中止になるであろう状況に対して先手を打ったのではないかとも言われています(現時点では製造中止のアナウンスはありません)。
 私もごく最近知ったのですが、薬価収載されている医薬品の販売を中止する際には、厚生労働省とのやりとりの前に、関連する学会等の承諾を得る必要があるようです。臨床の状況に照らしたり、意見を求めると言われれば、必要な手順ではあるでしょうか。
 とはいえ、医薬品の供給不安が著しい昨今、製薬会社にとっても“ない袖は振れない”というのが正直なところでしょう。一部報道によると、テオフィリン製剤を手掛ける他社ではテオドールのような原料の問題は起きておらず、製造量などを理由に代替薬リストへの掲載を固辞しているとのことです。
 学会の意見をどこまで尊重するのか、また承諾しなければ販売を中止できないというのは、考えなければならない問題でしょう。決して言葉尻を捉えるつもりはありませんが、学会が出す声明が「製造継続のお願い」ではなく「承諾できない」という表現にそもそも違和感を抱きました。このような声明を出すよりも、テオドールの代替を含め、どう治療するかを考えるのが学会の本来の役割ではないでしょうか。
 また、テオドールがなくなることで患者負担の増大を懸念しているようですが、その発想があるのなら、製薬会社の台所事情を心配することだってできるはずです。ある程度の薬価がついていれば、代替技術の開発にだって着手することができるでしょう。もしかしたら原料の“買い負け”があるかもしれません。薬価を上げるように学会からも働きかけたら良いのではないでしょうか。
 そもそも製薬会社が白旗を上げているのにそれを承諾できないと言われても、どうしようもありません。大きな目で見れば、これまで薬価を下げて診療報酬本体に充てよと言ってきたツケとも言えるのではないでしょうか。
 しばしば、製薬会社が手順書を守っていないなどと指摘されることがありますが、このように販売をやめたくてもなかなかやめられない仕組みもそれを助長している側面があります。薬価も安くなる一方、開発や製造にコストもかけられない、そんな状況で企業を存続させて行くことはかなり難しいでしょう。
 現実的な問題として、医療を取り巻く環境が厳しくなる中、こうした学会による承諾という手順は見直しをする時期に来ていると思います。製薬会社だって好んで中止したいわけではないはずです。医薬品販売から撤退する際の新たな手順を整備することが急務ではないでしょうか。


・・・上記記事は薬剤師さんの感想ですが、
医師とは視点が異なり、ぴんとこないところがありますね。
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