真夏の蝉時雨が、うるさくはやし立てているように聞こえる。物理的に突き刺さっているんじゃないか、と思えるほどの苛烈な陽光が容赦なく一行を真上から照らし、時折通りを吹く風も、熱い吐息を撫で付けて行くばかりだ。本当はすぐにも走り出したいくらいの状況なのだが、無闇やたらに突き進んで手がかりを失いたくない。麗夢は焦る気持ちを抑え、先頭を這うように進むベータの尻尾を見つめていた。
「どう? まだ大丈夫?」
「ワン!」
ベータが真剣な面もちで鼻を地面すれすれに降ろしながら、大丈夫、と返事をした。工場を出て間もなく、ベータの鋭い鼻がシェリーの痕跡を捉えたのだ。地面は火傷しそうなほど加熱したアスファルト。ベータの、はあはあと苦しげに舌を出しながら頑張る姿に、麗夢はあなただけが頼りなの、と声援を送る。アルファもピッタリベータに寄り添って、何か遺留品の一つもないか、と目を皿のようにして周りに視線を送っている。鬼童、ヴィクターも、今はただ黙々と麗夢達の後に従っていた。どちらもあまり外に出て仕事するタイプではない。ことにヴィクターは、過ごしやすい高原の故郷から、突然この世界中でもっとも不快なんじゃないか、と自信を持って推薦できるほどな酷熱地獄を彷徨っている。体力的にも限界だろう。だが、それはシェリーにも言えることだ。ヴィクターを支えているのは、まさにシェリーへの愛情その物に違いなかった。
やがて、ずっと歩いてきた道に、浅い角度で交差する別の道が現れた。突然ベータの足が止まり、右左と忙しそうに首を振って地面をかぎ回った。
「ぅう~」
やがて難しい顔つきで、心配そうに覗き込む麗夢に告げる。
「え? シェリーちゃんの匂いが分かれた?」
「きゅぅう~、くぅーうん」
一つは、まっすぐ道なりに進む方角。もう一つはその道とVの字に分かれていく道、そしてもう一つ、そのVの字の反対側、逆方向に急角度に折れ曲がる方角。都合三方向にシェリーの匂いが残っているというのだ。
「い、一体どうしたんですか、麗夢さん」
ヴィクターがたまらず問いかけると、麗夢は腕組みをして右手を顎につけた。
「実は、シェリーちゃんがどっちに行ったか、判らなくなったの」
「なんですって?!」
「こっちかこっちかこっち、どれかのはずなんだけど……」
驚愕に固まったヴィクターに、ベータから教えてもらった通り三つの道を指さしてみせる。
「多分、ずっとまっすぐ歩いていって、戻ってくるときに間違え、その間違いに気づいて引き返したときに、また気づかずに違う方に歩いてしまったんだと思うのよ。でも確証はないわ」
なおも考える麗夢に、鬼童は急角度に折れ曲がる方を指さして言った。
「ではこうしましょう。僕は取りあえずこっちの方向に進み、目撃者を捜してみます。アルファとベータはこのまままっすぐ進んで、シェリーちゃんが確かに折り返してきたかどうか確かめてもらいましょう。麗夢さんとヴィクターは、こっちの恐らく最終的にシェリーちゃんが行ったと思われる方角に進んで下さい。アルファとベータはシェリーちゃんが折り返したことを確認してから、麗夢さん達と合流し、僕たちはシェリーちゃんの足取りが掴めたら携帯電話でお互いを呼びあうことにしてはどうですか?」
「そうね、判ったわ。そうしましょう」
鬼童としては、ピリピリしている麗夢の側が文字通り針のむしろだったがゆえの提案だったが、考えてみるとそう悪くない考えでもあった。三方向を調査しなければならないとなれば、分かれて探索するのは自然なことであるし、麗夢の推理は充分説得力のある合理的なものだったから、恐らくアルファとベータは程なくシェリーが引き返したことを探り当てることだろう。万一そっちでシェリーが見つかっても、アルファかベータどちらかが伝令役になることで連絡が付くし、麗夢と鬼童の間なら、携帯電話で状況の把握が可能だ。唯一の心配は、鬼童が見落とししかねない事である。麗夢の二人に対する信用は、シェリーを一人外に出したというその一点で既に地に落ちているのだ。とはいえ、ヴィクターを一人で不案内な日本の下町をうろつかせるわけにも行かない。
「それじゃあ、アルファ、ベータ、お願いね」
「ニャアウゥ」
「ワンワン!」
二匹が笑顔で麗夢を見上げ、盛んに尻尾を振って了解を伝えた。麗夢もにこっと笑顔を返すと、にわかに顔を引き締めてヴィクターに言った。
「じゃあ行きましょう。ヴィクター博士」
「う、うん」
鋭く踵を返した麗夢の背中を、慌ててヴィクターが追いかける。一方、一言もなくくるりと向こうに向いてしまった麗夢に、鬼童はまたもがっくり肩を落とし、自ら選んだ一人の道を、とぼとぼと歩き始めた。
「どう? まだ大丈夫?」
「ワン!」
ベータが真剣な面もちで鼻を地面すれすれに降ろしながら、大丈夫、と返事をした。工場を出て間もなく、ベータの鋭い鼻がシェリーの痕跡を捉えたのだ。地面は火傷しそうなほど加熱したアスファルト。ベータの、はあはあと苦しげに舌を出しながら頑張る姿に、麗夢はあなただけが頼りなの、と声援を送る。アルファもピッタリベータに寄り添って、何か遺留品の一つもないか、と目を皿のようにして周りに視線を送っている。鬼童、ヴィクターも、今はただ黙々と麗夢達の後に従っていた。どちらもあまり外に出て仕事するタイプではない。ことにヴィクターは、過ごしやすい高原の故郷から、突然この世界中でもっとも不快なんじゃないか、と自信を持って推薦できるほどな酷熱地獄を彷徨っている。体力的にも限界だろう。だが、それはシェリーにも言えることだ。ヴィクターを支えているのは、まさにシェリーへの愛情その物に違いなかった。
やがて、ずっと歩いてきた道に、浅い角度で交差する別の道が現れた。突然ベータの足が止まり、右左と忙しそうに首を振って地面をかぎ回った。
「ぅう~」
やがて難しい顔つきで、心配そうに覗き込む麗夢に告げる。
「え? シェリーちゃんの匂いが分かれた?」
「きゅぅう~、くぅーうん」
一つは、まっすぐ道なりに進む方角。もう一つはその道とVの字に分かれていく道、そしてもう一つ、そのVの字の反対側、逆方向に急角度に折れ曲がる方角。都合三方向にシェリーの匂いが残っているというのだ。
「い、一体どうしたんですか、麗夢さん」
ヴィクターがたまらず問いかけると、麗夢は腕組みをして右手を顎につけた。
「実は、シェリーちゃんがどっちに行ったか、判らなくなったの」
「なんですって?!」
「こっちかこっちかこっち、どれかのはずなんだけど……」
驚愕に固まったヴィクターに、ベータから教えてもらった通り三つの道を指さしてみせる。
「多分、ずっとまっすぐ歩いていって、戻ってくるときに間違え、その間違いに気づいて引き返したときに、また気づかずに違う方に歩いてしまったんだと思うのよ。でも確証はないわ」
なおも考える麗夢に、鬼童は急角度に折れ曲がる方を指さして言った。
「ではこうしましょう。僕は取りあえずこっちの方向に進み、目撃者を捜してみます。アルファとベータはこのまままっすぐ進んで、シェリーちゃんが確かに折り返してきたかどうか確かめてもらいましょう。麗夢さんとヴィクターは、こっちの恐らく最終的にシェリーちゃんが行ったと思われる方角に進んで下さい。アルファとベータはシェリーちゃんが折り返したことを確認してから、麗夢さん達と合流し、僕たちはシェリーちゃんの足取りが掴めたら携帯電話でお互いを呼びあうことにしてはどうですか?」
「そうね、判ったわ。そうしましょう」
鬼童としては、ピリピリしている麗夢の側が文字通り針のむしろだったがゆえの提案だったが、考えてみるとそう悪くない考えでもあった。三方向を調査しなければならないとなれば、分かれて探索するのは自然なことであるし、麗夢の推理は充分説得力のある合理的なものだったから、恐らくアルファとベータは程なくシェリーが引き返したことを探り当てることだろう。万一そっちでシェリーが見つかっても、アルファかベータどちらかが伝令役になることで連絡が付くし、麗夢と鬼童の間なら、携帯電話で状況の把握が可能だ。唯一の心配は、鬼童が見落とししかねない事である。麗夢の二人に対する信用は、シェリーを一人外に出したというその一点で既に地に落ちているのだ。とはいえ、ヴィクターを一人で不案内な日本の下町をうろつかせるわけにも行かない。
「それじゃあ、アルファ、ベータ、お願いね」
「ニャアウゥ」
「ワンワン!」
二匹が笑顔で麗夢を見上げ、盛んに尻尾を振って了解を伝えた。麗夢もにこっと笑顔を返すと、にわかに顔を引き締めてヴィクターに言った。
「じゃあ行きましょう。ヴィクター博士」
「う、うん」
鋭く踵を返した麗夢の背中を、慌ててヴィクターが追いかける。一方、一言もなくくるりと向こうに向いてしまった麗夢に、鬼童はまたもがっくり肩を落とし、自ら選んだ一人の道を、とぼとぼと歩き始めた。