かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その7-2

2008-07-13 19:03:28 | 麗夢小説 短編集
こちらは今日更新の続きです。まだの方は、まずその7-1からご覧ください。


---------------------本文-------------------------

 まるで電気のスイッチを切り替えたみたいに豹変した朝倉に、榊は苦笑せざるを得なかった。そう言えば、捜査中に調べあげた朝倉の性格は、基本的に明るいお調子者だ。命を奪われかねない死地を乗り越えて、ようやくその本領を発揮するだけの余裕が出てきたということなのかもしれない。だが、仲間が三人も死んでいることを思えば、それは少々軽率な振る舞いにも見える。
「私、困ります」
「せっかくの機会なんだし、せめて今日一日だけでも」
 少ししつこすぎる朝倉の誘いをたしなめようとした榊の視線が、突然二人の男の視線に妨げられた。
「引かれよ。麗夢殿が嫌がっておられる」
「その辺で止めてもらおうか、朝倉君」
「何? あ、ひょっとして麗夢さんの元カレ? 良いよ、僕、過去のことは気にしないから」
「な、なんと?!」
「元カレじゃない!」
 ポーカーフェイスを装ってはいたが、朝倉に軽くつつかれ、二人はあっさりと面の皮一枚下の憤怒の形相を顔面に浮かべた。榊は苦笑しつつも、改めて男達三人の間に割って入った。
「円光さんも鬼童君も大人げないぞ。朝倉さんも少々不謹慎と言うべきだな」
「・・・ま、そうですね。ここでナンパなんてしてたら『彼女』に本当に殺されちゃうかもしれないし」
「き、貴様! 想い人が他にありながら何というふしだらな!」
「二度と麗夢さんには近づかないでもらおう!」
 円光と鬼童は一段と牙を剥いたが、当の朝倉はひらひらと手を振ると、榊の手から入場券を一枚受け取り、そのまま入り口の方へあっさりと歩いていった。
「まったく最近の若い連中ときたら!」
「うちの学生なら一から鍛え直してやるんですがね!」
 円光と鬼童がまだ憤りも納まらぬ横で、麗夢はただ一人首を傾げた。
「・・・なんなのかしら、あの変わり様」
「にゃあ」
「ぅ~ワン!」
 その足元で、アルファとベータも首を傾げている。
「生命の危機が去ったことで、ようやくほっとしたんでしょうな。まあ、大目に見てやりましょう」
 榊が、苦笑したまま麗夢をエスコートして資料館入り口へと向かうと、円光、鬼童も慌ててその後を追った。
 2004年にリニューアルオープンした鉄筋コンクリート造平屋建の建物に足を踏み入れると、まず巨大な銅像が見学者達を迎えてくれる。遭難した部隊の生き残りの一人で、最初に発見され、部隊遭難の一報をもたらした後藤伍長の銅像である。実物はここからもう少し上がっていった馬立場と言うところに建っており、これはそのレプリカになる。更にその周囲には、遺品の数々や事件の概要を伝えるミニチュア、行軍隊の服装を再現したマネキンなどが展示され、往事の事件の様子を伝えている。
 榊、麗夢、円光、鬼童は、しばらく展示物を眺めていたが、やがて、遭難者達の写真が展示されている一角で、おや? と鬼童が首をかしげた。
「どうしたの? 鬼童さん」
「え、いえ、この写真、なんとなくよく似ているような気がしたものですから」
 鬼童が指差した先にある一枚の古ぼけたモノクロ写真。そこに写る一人の男に、麗夢も、あ、と声を上げた。
「朝倉さんにそっくり・・・」
「やはり麗夢さんにもそう見えますか。さて、この方の名前は何でしょうね・・・」
 写真の人物の名前を探す鬼童の脇で、ふと麗夢は、先に入ったはずの朝倉の姿が見えないことに気が付いた。
「そう言えば、朝倉さんは?」
 麗夢の疑問に、背の高い三人の男達はきょろきょろと辺りを見回した。
「え? 先に入っていきましたから、奥の方にいるのでは?」
「厠ではないか?」
「おかしいな・・・。探してみよう」
 円光がトイレの表示を目ざとく見つけてそちらに向かう間に、榊が右へ、鬼童は写真をあきらめて左の奥へと大またで歩いていった。麗夢も、改めて辺りを見回し、銅像の周囲を巡ったが、全くその姿を見つけることが出来なかった。
「どう? 見つかった?」
「いいえ。円光さんは?」
「厠には誰もおりませんでした。いちいち扉も開けて確かめたのだが・・・」
 戻ってきた榊と円光が首を横にふるうちに、鬼童が麗夢の元に帰ってきた。
「こっちにはいませんでした。でも、ちょっと面白い話を聞きましたよ」
「何? 面白い話って」
「この資料館では、当時の軍隊が使っていた軍帽や外套などを貸してくれるんです。要するにコスプレですが、そこの係の人に聞いたら、朝倉とよく似た男が一式借りていったまま、まだ帰ってこないそうです」
「まさか、変装して出ていった、と?」
 目を剥いた榊に、麗夢は即座に反論した。
「そんな格好だとかえって目立つわ。でも、本当にどこに行ったのかしら?」
「もう一度、手分けして館内を探してみよう。見落としがあったのかも知れない」
 資料館の床面積は480平米、館内もそんなに複雑な設計にはなっていない。出入り口は正面ただ一つ。ベータが臭いを辿り、榊は身分を告げて特別に関係者以外立入禁止の区画にまで足を踏み入れたが、どちらも発見することは出来なかった。朝倉の姿は、まるで忽然と宙にかき消えたかのようにどこにもなく、麗夢も榊も、さすがに途方にくれてしまった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新作短編 その7-1

2008-07-13 18:57:35 | 麗夢小説 短編集
 今日はこれまでで一番の暑さだったんじゃないか、と感じた次第ですが、何とか熱中症とやらにもかかることなく、一日、物書きに興じておりました。あ、実際には撮り溜めして放置していた「仮面ライダーキバ」を3話ほど観て、ついでに「プリキュア5Go!Go!」を1話だけ観て、「たかじんのそこまで言って委員会」を観て、「コードギアスR2」を観て、その合間にボツボツと書いておりましたら、思ったより長くなってしまったので、思い切って2つに分割しました。
 まあやっとここまで話をもってこれましたけど、さて、次からが大変なんですよ、きっと(苦笑)。


------------------------以下本編-----------------------------

 幸畑墓苑は、総面積約3.5ヘクタールの敷地に、市の史跡にも指定されている陸軍墓地や、最近新築なった八甲田山雪中行軍遭難資料館の他、多目的広場、駐車場などが整備されている。車から降りた一行は、駐車場入り口の案内看板を頼りに、資料館の前を通り抜け、目的の墓地の方へと足を向けた。
 参道に沿って進むと、松林に囲まれた開けた芝生の広場の一番奥、少しテラス状に高くなったところに、整然と並ぶ石造りの墓標の一群が姿を現した。中央の石がもっとも大きく、その左右に一列となって、やや小ぶりのおよそ人の背丈ほどの石が、全部で10ほど並んでいる。その手前に、大きく左右に分かれ、綺麗に隊列を組んだ更に小振りな石の墓標が7列ずつ、全部で左が95、右に94基並べてあった。案内看板によれば、奥の大きな石が雪中行軍隊の指揮官などの上級士官達の墓、手前の小さな石が、下士官、兵達のものだそうである。小さな石も階級によって厳然と大きさが異なるところが、軍隊という組織のあり方を表しているようで、麗夢には興味深かった。
「で、君が粗相をした、と言うのは、どの辺りかね」
「ええと、あの時はほとんど雪で埋まっていたから・・・。あ、確か、あの一番奥だったような・・・」
 今朝からほとんどしゃべらないでいる朝倉が、ぼそりと呟くように奥まった一角を指さした。
「では、早いとこ片づけようか」
 榊が、途中で入手した日本酒の一升瓶を手に、これも途中で購った花束を手にした朝倉を促した。おぼつかなげに歩き出した朝倉に続き、アルファ、ベータがとことことついていく。その後を麗夢が歩き、半歩遅れて、麗夢を挟むように鬼童と円光が並んで続いた。本州最北端の地とはいえ、真夏の日中の日差しは強く、蝉時雨をBGMに歩くのはなかなかに暑い。鬼童は額の汗をぬぐいつつ、前を行く少女の豊かな髪がミニスカートと共に揺れる様に思わず目を細めていたが、隣から囁かれた不審気な声に、思わず我に返って振り返った。
「鬼童殿、今日はあの気を計るからくりは持参されていないか?」
「え? あ、携帯型を持っていますが、それが何か?」
「ここの気は何と出ている?」
「ここ? この墓地の精神波強度ですか?」
 鬼童は思わず腕時計に擬した装置をちらりと見たが、測定限界以下の安定した精神力場しか感知できなかった。
「別に、何も検知できないですが、円光さん、何か感じましたか?」
「いや、実は拙僧も何も感じない」
「なら良いじゃないですか。僕はまた、円光さんの超感覚に何かひっかかったのか、と思いましたよ」
 しかし円光は、相変わらずまっすぐ前を見つめたまま、厳しい表情で鬼童に言った。
「いや、実は、何も感じなさすぎるのだ、鬼童殿」
「感じなさすぎる?」
「拙僧の杞憂であれば良いのだが、この静けさ、どうも引っかかる・・・」
「・・・何かの罠、だとでも?」
 鬼童の目がきらりと光った。円光の勘は正直馬鹿にならないものがあることを、これまでの経験から鬼童は知っている。この旅は麗夢が行くからというだけの理由で付いてきたようなものだが、もし円光が言うように「何か」があるのなら、それはそれで貴重なデータを採取する機会が得られるかも知れない。
「拙僧も麗夢殿も、ことの最初から何か引っかかりを覚えていた。何もなければそれでよいのだが、念のための警戒は、怠らない方が良いと存ずる」
「なるほど。では、僕も僕なりに注意しておきましょう」
 一番後ろの二人の密談には露とも気づかず、朝倉と榊は、朝倉が引っかけたという墓石の前に花と清酒を供え、後に続いた麗夢と共に、並んで手を合わせていた。鬼童と円光も追いついてその参列に参加する。鬼童はややおざなりに、円光は口の中でぶつぶつと経を口づさみながら、それぞれに謝罪と哀悼の念を祈りに込めた。
 そんな参拝を一通り終えると、今まで陰鬱な表情でほとんどしゃべらなかった朝倉が、急に明るく一堂に呼びかけた。
「せっかくだから、資料館の方も見ていきませんか? スキーの時は時間が合わなくて、結局見られなかったんですよ」
「ん? あ、ああ。ここまで来たら付き合うよ。皆はどうする?」
 朝倉の急変に戸惑いつつも、榊は後ろの3人に声をかけた。
「私も行きます」
「あ、じゃ僕も」
「拙僧もお供いたす」
「じ、じゃあ行こうか」
 即答で同意した3人に榊は更に戸惑ったが、結局一堂連れ立って参道を引き返し、駐車場近くの八甲田山雪中行軍遭難資料館まで戻った。榊が入場券を購入しに窓口に向かう間、麗夢と並んで待っていた朝倉は、突然人なつっこい笑みを浮かべると、麗夢に言った。
「ところで綾小路さんは誰か付き合っている人はいますか?」
「え? い、いいえ。特にいませんけど・・・」
 その背後で、見るからに意気消沈した溜息が二つ聞こえたような気がしたが、入場券を手にした榊は、強いて聞かなかったことにして朝倉に言った。
「どうしたんだね? 藪から棒に」
 すると朝倉は、魅力的な笑顔を閃かせつつ、榊に答えた。
「いえ、これで禊ぎも終わったし、取りあえず悪夢も終わった、と言うことでしょう? なら、そろそろ謹慎も解いてもいいかなって。ね、麗夢さん、フリーなら僕と付き合ってもらえませんか?」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする