「後鳥羽の意図としては頼経をそのままにしておいて北条氏に変わって三浦氏を北条氏の立場に置く」の続きです。(p69以下)
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その慈光寺本によりますと、胤義が義村に手紙を書きますが、その中では北条氏に変わる立場に兄弟二人で立とうではないかということを言っているんですね。おそらく後鳥羽の意図は最初そういうところにあった。
ところが、そういう意図で起こされた戦いにもかかわらず、それが鎌倉側では北条政子の大演説によって、北条義時相手の戦争が、幕府相手の戦争と意識されるようになってきた。後鳥羽側も、最初味方につけようとしていた寺社勢力、その他の権門が動いてくれなかった。結局、朝廷の中での後鳥羽が浮き上がってしまった。結果として鎌倉幕府との戦いになってしまった。そのように解釈できるのではないかなと思っています。
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うーむ。
高橋氏は慈光寺本を読んで、あの空想的義時追討計画を含む胤義の手紙の内容を史実と考え、かつそれが「後鳥羽の意図」を反映しているものとされている訳ですね。
ちょっとびっくりです。
また、高橋氏は「鎌倉側では北条政子の大演説によって、北条義時相手の戦争が、幕府相手の戦争と意識されるようになってきた」、要するに御家人たちは政子の演説に騙された、と言われる訳ですが、これは高橋氏だけでなく、義時追討説に立つ研究者がよく言われることですね。
例えば野口実氏は「序論 承久の乱の概要と評価」(野口編『承久の乱の構造と展開 転換する朝廷と幕府の権力』、戎光祥出版、2019)において、
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ここで政子は、義時追討を幕府追討にすり替えることによって彼らを説得してしまう。すなわち、義時が討たれれば、頼朝以来築き上げてきた幕府という組織とその機能が消滅し、御家人たちの既得権が失われてしまうことを、頼朝の後家、頼家・実朝の母、義時の姉という立場から情を交えて切々と語りかけたのである。
後鳥羽院は北条義時を追討することによって、幕府を完全にみずからのコントロールのもとに置こうとしたのであって、決して幕府を消滅させようと考えていたのではなかった。北条氏の専権に不満を持つ御家人たちが義時追討の宣旨を受けて立ち上がることを期待していたのである。しかし、この政子の説得によって、院の目算は水泡に帰してしまった。
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a0794550964b14bd7d1942d4594e3bc8
という具合いに、政子が「義時追討を幕府追討にすり替え」たと言われますが、これは幕府の有力御家人らに事態を正確に認識する能力がなく、彼らは政子の口先三寸に騙されるほど莫迦だった、と言うに等しい評価です。
果たして彼らは本当にそこまで莫迦だったのか。
私は、後鳥羽側に付くか幕府側に付くかの判断を誤れば命を失う状況に置かれていた当時の御家人たちの方が、現代の安楽椅子探偵の方々よりは遥かに切実に、遥かに正確に事態の本質を把握していたのではなかろうか、と考えます。
ま、それはともかく、シンポジウムに戻って、少し後の高橋氏の発言です。(p73)
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私の意見は先程言いましたとおり、承久の乱は後鳥羽が鎌倉幕府を倒そうという戦ではなかった。今、研究者の間では、幕府とか朝廷の関係をどうとらえるかという考え方で、いくつか色々な考え方があるんですが、その一つに権門体制、つまり、朝廷というのは一塊ではない。その中に、色々なものを担当する権門という固まりがあって、その頂点にたっているのが天皇であり上皇なりなんです。最初の武家権門として成立してきたのが鎌倉幕府だという考え方があるのです。ところが、鎌倉幕府の力があまりに強くなり過ぎてしまった。それで、後鳥羽としてはなんとかそれを弱体化させよう。一番力を持っているのは、北条義時と北条政子で、それを大江広元達が支えて政権を作っていると考えてもいいような当時の幕府ですから、その中で義時を倒して幕府を弱体化させて、後鳥羽の言いなりになる武家権門、後鳥羽の言うことを聞く武力に作りかえようというのが意図されていたんではないかと思います。そして、今鈴木さんのほうからもお話があった通りその切っ掛けになった長橋荘【ママ】、これは義時が地頭職として持っていた所なんですが、そこの問題にいちゃもんをつけると言いましょうか、そこから手始めに幕府というか義時に対して妥協をさせていこうとしたんですが、義時は妥協しない。それならば義時を力ずくで排除しようという方向に向かったのが承久の乱の切っ掛けではないのかなと思います。
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高橋氏が「長橋荘」と言われたはずはありませんが、この誤植は面白いですね。
それと、権門体制論との関係も興味深いところです。
私はかねてから慈光寺本を信頼する(私の立場からすれば「妄信」する)研究者には権門体制論者が多いと思っていたのですが、この点は野口実氏の発言も踏まえ、次の投稿で少しだけ検討してみたいと思います。