投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 8月30日(木)09時46分23秒
>筆綾丸さん
昨日は早島大祐氏の『徳政令─なぜ借金は返さなければならないのか』(講談社現代新書)について、読みもしないのに少し否定的なことを書いてしまいましたが、これは以前、早島氏が脇田晴子氏について論じた「商業の発展を物語った人」という文章を読んで、早島氏を私の脳内ファイルの「雑な人」という分類に入れていたためでもあります。
『歴史学研究』969号の「小特集 脇田晴子の歴史学」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/fc7a6e01753a5a0a5851c44d0689d233
しかし、検索してみたら早島氏が執筆の経緯を書いている記事があり、同書はそれなりに興味深い内容のようですね。
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「歴史の大転換」を論じた『徳政令』執筆にいたるまで
なぜ「大風呂敷」を広げたのか
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/57144
今は頭が中世モードになっていないのですが、少し気持ちの余裕が出来たら読んでみたいと思います。
ところで、早島氏は上記記事で、
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桜井英治氏が担当編者だった『岩波講座 日本歴史 8』(中世3)で与えられた課題は、本書のテーマそのものずばりの「一揆と徳政」であり、またそのあとに依頼を受けた中林真幸氏が担当編者の『岩波講座 日本経済の歴史 1』では、中世の土地売買の制度的保証や金融業の変遷などをテーマに執筆を求められた。
【中略】
影響は学術的内容だけに止まらない。講座立ち上げの際の全体会合で、桜井氏は、「日本史はなめられている」と強い口調で、歴史学をめぐる状況の厳しさを指摘していた。中林氏も穏やかな口ぶりで「人文学の危機」にいかに向き合うかを会議後の懇親会などでいつも語っており、学問の未来について考えさせられる場でもあった。
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と書かれていますが、桜井英治氏の「日本史はなめられている」という発言は、これだけだとちょっと意味が分かりにくいですね。
ま、おそらく、「中世史への招待」(『岩波講座日本歴史第6巻 中世1』)の、
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社会史的傾向の後退ということを別にすれば、歴史学が網野とともに失った最大のものは一般の読者層であろう。それは通史物などの発行部数をみれば一目瞭然だが、とりわけ中世のような、現代には必ずしも直結してこない遠い過去のできごとに、一般読者層の(できれば娯楽的興味以上の)関心を向けさせるのはいまや至難の業となった。一方、これもまたいまにはじまったことでないとはいえ、歴史家の書くものは一般読者層のみならず、いわゆる知識人とよばれる人たちの関心もあまり引かなくなったようにみえる。それは戦後マルクス主義歴史学が傲慢に振る舞いすぎた報いなのか、それとも言語論的転回とよばれる好機に便乗した村八分なのか、いずれにしても歴史学が知の世界への貢献を期待されなくなって久しいのではあるまいか。
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/a3ee4a793f7e09aa29038a97dcb6629d
といった指摘と共通する危機意識なのだと思いますが。
桜井氏も歴史学界のリーダー格の一人としていろいろ苦労が多いのでしょうが、井原今朝男氏批判の文章などは些か大人気なくて、感心しませんでした。
「すでに鬱然たる大家でありながら」(by 桜井英治氏)
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/38449c940d4d08e23d99c75936d663ed
「小物界の大物」について
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/77352a5efd46d194b67509a1a7f7cf1e
※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
小太郎さん
早島氏が、教祖の不毛で無意味な呪縛から解放されて正気に戻ることを、切に祈りたいと思います。
旅先は、南イタリアとマルタ島です。
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